第136話 魔物狩りデート
翌日、朝食を終えたケンたちはギルドへとやってきた。ちなみにティナは睡眠という名の留守番である。
「ここには、どんなクエストがあるんだろう?」
「面白そうなのがあるといいよね」
「このロックタートルというのはどうですか?」
「そいつは甲羅が岩で覆われて、身の危険を感じると甲羅に篭っちまうんだ。槌使いが必要な上、魔法使いがメインになるしで、うま味が少ない」
「こっちのリザードマンはどうですか?」
「トカゲが二足歩行で武器持ってる感じだな。集団行動するから討伐しがいはあるけどな、混戦にならないように気をつけるのが面倒だ」
「では、このフォレストタイガーはどうですか?」
「そいつは結構素早くて獰猛な魔物で、森で囲まれたら厄介だ」
「選り好みし過ぎ」
「そうだね。ガルフに合わせてたら、受けるクエストが全くないね」
ことごとく乗り気でないガルフは、ニーナとロイドから非難される。
「この際、片っ端から受けてみたらどうだい? しばらく滞在するんだろ?」
「しかしなぁ……なんかコレっていうのがないんだよなぁ」
「じゃあ、この街では、クエストはなしにするかい?」
「食べ歩きのみ?」
「こうなるとそれもありか?」
「今日は、とりあえずガルフの気分が乗らないってことで、クエストはなしで自由行動にしよう」
「わかった」
「あっ、それなら俺は、別でクエストを受けますので」
ここでもケンは平常運転で、魔物を狩りに行くと主張する。ガルフは気が乗らないので、そそくさと宿へと戻って行った。ロイドは魔導具店巡りをする為に、街中へと消えていった。
ゆえに、ここで残っているのはケンとニーナだけである。
「私も一緒に行っていい?」
「構いませんよ。ティナさんは起きないので、2人でクエストに行きましょう」
「魔物狩りデートだね」
パーティーメンバーは、各自自由行動に移り、ここにはケンとニーナの二人だけなので、久々にニーナの口調が素に戻った。
ニーナの口調は、とある朝に起きたひょんなことがきっかけで、ケンにだけ露呈してしまったことではあるが、ケンがその口調に反応して、ギャップ萌えを感じてしまい、色々と萌えに対して燃えてしまったことは、また別の話である。
「魔物狩りを、デートと呼べるのかは定かではないけど、久々のお姉ちゃんモードだね」
ニーナの口調に合わせて、ケンも砕けた感じの口調に戻した。これは、ニーナから頼まれたことであり、2人だけの時は、他人行儀な口調はやめていた。
「移動中は、あまり2人っきりになれなかったから」
「俺は、その口調の方が可愛くて好きなんだけどな」
「もぉ、お姉ちゃんをからかっちゃダメなんだよ?」
「ははっ。それじゃあ、クエストを受けようか? ロックタートルでいい?」
ケンは、先程ガルフが面倒だと避けた、ロックタートルを狩りに選んだ。
「それにするの?」
「うん。とりあえず1つずつ潰していこうかと思って。明日になって、ガルフさんがやる気になっているかわからないし」
「ケン君が受けたいなら、それでいいよ」
ケンは、受付で手続きを済ませると、ニーナと共に街の外へと出てきた。
「それでロックタートルは、どこにいるの?」
「北の岩山地帯にいるそうだよ」
「結構歩かなきゃだね。馬でも借りてくる?」
「その必要はないよ。ニーナさんも歩かなくていいから」
「どういうこと?」
ニーナが不思議に思って考えていると、ケンは、ニーナに近寄って背中と腿裏に腕を入れ、掬い上げながら抱きかかえた。
「ふえ?」
「しっかり掴まっててね。《ウインド》」
ケンが一言そう告げてニーナを抱えると、目的地である北の岩山地帯に向けて、風魔法で体を少し浮かせて移動を開始する。
風魔法によって、徐々にスピードが上がるケンとともに、ニーナが混乱したままの絶叫が辺りに木霊した。
「え……? ……い……いやあぁぁぁぁ――っ!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
しばらく移動したのち岩山地帯に到着すると、風魔法を解いて地面に着地する。
「ついたよ」
「……」
ニーナはケンの首に両手を回し、しがみついていた。最初は混乱してたが、いざ正気に戻ると、あまりの体験に怖くて、前を見れなかったのだ。
「落ち着くまでこうしてるね」
「……」
ニーナが答えることはなかったが、僅かに頷いたのをケンは確認した。その間にケンは【マップ】を使って、ロックタートルの居場所を探し始める。
ケンが、ロックタートルに向かってしばらく歩いていると、復活したニーナが言葉を発した。
「もう大丈夫だよ」
「そう? まだこのままでもいいけど?」
「それよりもケン君に、言わなきゃいけないことがあるの」
「何?」
「お姉ちゃん、怖かったんだよ?」
「ごめん」
「折角、初めてのお姫様抱っこを経験できたと思ったら、物凄いスピードで移動するんだもん」
「いつもの感覚で移動しちゃったから、スピードが乗っちゃって」
「やり直しを要求します」
「じゃあ、帰りはゆっくりにするね。景色を楽しめるように」
「それなら許してあげる」
「ありがと」
そのまま歩いていくと、ロックタートルが視認できる位置までやってきた。今から戦闘に入るので、ケンはニーナを降ろして作戦を練る。
「ニーナさんは、水魔法で牽制して。その間に俺が、斬り込みに行くから」
「わかった」
「それじゃあ、作戦開始だ」
ニーナが魔法の詠唱に入ると同時に、ケンは駆け出した。
目の前のロックタートルは全長5メートル程あり、甲羅が岩で覆われてる。身を守る際には、甲羅の中に体を引っ込めてやり過ごすのだろう。
どうやって甲羅に、岩が形成されているのか不思議でならないが、今はそんなことよりも、戦いに集中すべきだった。
いつもなら1人で狩りをするわけだが、今回は、ニーナさんを連れているため不測の事態は避けたい。
そんなことをケンが思いつつ、ロックタートルへ意識を向けると、ニーナからの援護魔法が命中する。
大したダメージにはなっていないが、ロックタートルを怒らせるには充分だったようだ。
大きな咆哮とともに身を仰け反り、そのまま落下する速度に合わせ前足を地面へと叩きつけた。その瞬間、大地が揺れ動き震源地は、クレーターとなっていた。
思わぬ反撃にたたらを踏んでしまい、持ち前の技術でなんとか体勢を立て直そうとするが、そんなケンを敵は待ってくれるでもなく、更なる攻撃が襲いかかる。
ロックタートルの周囲に魔法陣が複数浮かび上がると、ソフトボール大の岩石が、流星雨の如く無数に飛来した。
「魔法使えるのかよっ!」
ケンは回避のため風魔法を自分に当て、強引にその場から離脱した。ケンのいた場所は、岩石の被害を受けて地面がボコボコになっており、元の形が見るかげもない。
再びロックタートルの周囲に魔法陣が現れだした時、タイミングよくニーナからの魔法の援護が入り、ロックタートルの魔法はキャンセルされた。
その隙をついて、ケンは足元を斬りつけるが、元々の外皮が硬いのか、大したダメージには至ってなかった。
「拙いな」
そう思うとケンは、魔法を織り交ぜることにして、再度斬りつけるために、魔力を片手剣に集中させる。
「《風纏》」
片手剣に纏わせたのは、トロール戦で使った技だった。風が片手剣に纏わりつくと、一気に駆け出した。
先程と同様に足元を斬りつけてみると、深く切れ込みが入りロックタートルは、激痛に咆哮を上げる。
痛みのせいで暴れだしたロックタートルに、ニーナからの魔法が命中していく。
ニーナの魔法は、ケンの攻撃ほど痛痒さを感じないが、ちまちまとした攻撃にロックタートルは苛立ちを覚え、無数の魔法陣が浮かび上がると、ケンを狙うのではなく、距離を置いて戦っているニーナの方へ、一斉射撃された。
「ニーナッ!」
ケンの言葉にハッとするニーナだったが、視界いっぱいに広がる岩石の流星雨に、ニーナは、感じたことのない恐怖を抱いて、体を硬直させてしまう。
ニーナがその場から動けずにいると、ケンが颯爽と駆けつけてニーナを抱きかかえ、そのままそこから退避した。
岩石が撃ち込まれた地点では、もくもくと砂煙が舞い上がってしまい、一時的に視界が悪くなり仕切り直しの状態へと移行する。
「ニーナさん、怪我はない?」
「……」
自分のピンチに颯爽と駆けつけたケンに、ニーナは、心臓がバクバクしており、上手く言葉がでなかった。
死ぬ思いをしてドキドキしているのか、カッコよく助けられてドキドキしているのかは、ニーナにもわからなかった。
「どうしたの? どこか怪我した?」
「だ……大丈夫……」
ニーナは、またもやお姫様抱っこをされていて、助けられたことも相まってか、片言で答えるのが精一杯であり、ケンの顔を見れずに俯いてしまっている。
「さて、大事なニーナさんに手を出したあいつを、これ以上、生かしておく必要はないね」
そっとニーナを地面に降ろすと、収めていた片手剣を再度抜き放つ。
「ニーナさんはここで休んでてね。ちょっと片付けてくるから」
そう言ったケンは、散歩に行くような素振りで歩き出し、ニーナは、ケンの背中をただ見つめていた。
「《瞬迅》」
ニーナの目の前から姿を消したケンは、瞬く間にロックタートルの首元まで到達した。
ロックタートルはケンを見失い、その両眼で辺りを見回すが、頭部の下にいるその姿を捉えることはできず、灯台もと暗しの状態であった。
ケンは、攻撃態勢へと移行して左下段の構えを取ると、剣身は風を纏い始めて、荒ぶる気流がその身を包み込んだ。
気流の変化に気づいたロックタートルが、危険を察知して甲羅内へと避難をするために動き出したが、ケンがそれを易々と見逃すはずもなく、真上に向かい弧を描くように斬りあげた。
「《風纏・半月閃》」
ケンから放たれた剣閃は、弧を描いた半月状の形をしており、そのまま真上へと飛んでいき、頭部を収納し始めたロックタートルの首を、易々と斬り裂いた。そのまま首を両断すると、突き抜けた剣閃は、上空の彼方に消え去るのだった。
頭部が地面に落ちると同時に、ロックタートルの首から勢いよく血が噴き出したが、ケンは返り血を浴びないためにも、自身の周りに気流を発生させて難を逃れていた。
残心を終えたケンは、そのままニーナの元へ戻ると、ニーナは勢いよくケンに抱きついた。
「怖かった……けどケン君が助けに来てくれて、凄く嬉しかった。それに、カッコよすぎて、心臓がドキドキしているの」
「怪我がなくてよかったよ。次からは、ニーナさんの安全マージンを、もっと取らないといけないね」
その後2人は、ニーナの安全マージンをとった上で、ロックタートルを次々と狩っていった。
お昼過ぎまで狩りを続けていたが、帰宅の時間を考えて適度なところで、この日の狩りは切り上げた。
帰りはニーナをお姫様抱っこして、ゆっくりと景色を楽しみながら帰っていき、門前で降ろすと仲良く手を繋ぎギルドへと向かった。
ギルドでの手続きが終わると、2人は屋台を楽しみながら、宿屋への帰路に着いた。
その日は、朝からずっとケンと2人っきりで過ごしていたニーナは、寝るまで終始ご機嫌であったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます