第114話 せめて、人間らしく

 色々と考えなおした結果、現状の素直な気持ちを伝えることにした。


「わかりました。ちょっと頑張ってみることにします。それに、ティナさんはどこか気になる存在ですから」


 いつも過剰なスキンシップをしてきたしな。どこか知人の人と言うよりも、もっと身近な感じがする。


「本当!? ありがと!」


「それにしても、どうしてそこまでお節介を焼くんですか?」


「それはケン君が好きだからよ」


「え? 知人として?」


「そんなわけないじゃない。異性としてよ!」


 どこでそんなフラグが立ったんだ? 特にこれといって何もしてないぞ。


「俺、子供なんですが」


「知ってるわよ」


 あれ? こっちの世界じゃ当たり前なのか?


「気にならないんですか?」


「どこに気にする要素があるの?」


「年齢とか」


「貴族とかだったら、早い子だと婚約しててもおかしくない年よ」


「ぶっ飛んでますね」


「そんなことないわ。20歳を過ぎれば行き遅れと囁かれ始め、30歳を過ぎれば売れ残りの不良物件扱いよ。そうなる前に、予め婚約する相手を決めて、政略結婚させるんだから」


「貴族も大変ですね。それはそうと、いつまで俺は抱きつかれたままなんでしょうか?」


 さっきまでの暗い話の時には、どことなく安心感があったから助かったが、世間話になった以上、離れたいのだが……


「明日の起きるまでよ」


「え?」


「さ、寝ましょうか。明日もクエストがあるし」


 ティナはそう言って立ち上がると、ベッドへと横たわった。


「はい、ここに寝る」


 ティナさんは隣の空きスペースをポンポンと叩く。このまま座っていても仕方ないので、素直に寝ることにした。


「ん~……ケン君成分補充」


 ティナさんに否応なく抱き寄せられ、俺の頭は大きな膨らみへと強制収容される。


「あの、胸が当たってるんですが」


「当たってるんじゃなくて、当ててるのよ」


 うん、なお悪い。


「解放して頂けると助かるのですが」


「それは無理よ。さっき異性として好きって宣言したから、これからは我慢しないわ」


「今まで我慢してたんですか?」


「してたわよ?」


 とてもそうは思えない……割と普通に抱きついてきてたし、今と変わらなかった気がする。


「それに、ケン君はおっぱい好きでしょ?」


「いや……それは……」


「ん? 嫌いなの?」


「……好きです」


「そうよね。普通に抱きついたら逃げようとするけど、おっぱいに挟んであげたら、あまり逃げずに言葉で抵抗するものね」


 え? そうなの? そんなあからさまな態度取ってたの? 何、その黒歴史……


「触りたければ触ってもいいのよ?」


「いえ、そういうわけには」


 何だか今日はやけにグイグイくるな。我慢しないってこういうことか?


「もう! ここはグイグイくるところでしょ」


「いやいやいや、子供相手に何言ってるんですか!」


「それもそうね……おやすみ」


「落ち着いていただけて何よりですよ。おやすみなさい」


 思いのほかあっさりと引き下がってくれたので、寝ようと思って目を閉じたあと、しばらくすると不意に手を掴まれた。


 むにっ、むにむに…


 急いで目を開けると、視線の先でイタズラが成功して、ドヤ顔をしているティナさんと目が合った。


 そのまま視線を下げると、ケンの手はティナの胸に沈みこんでいた。もちろんそうさせていたのは、ティナの手だ。


「ケン君のエッチ」


 え!? 何これ? 俺が悪いの? そんな色っぽい顔で見られたら、色々と我慢できなくなるんだけど! というか、ものすごく柔らかいんですけど!?


「……ティナさん?」


「何?」


「触って欲しかったんですか?」


「ケン君の事が好きすぎてムラムラしたの」


「それは子供にしていい話ではないですよね?」


「うっ……」


 努めて冷静に諭すが、俺の心臓はバクバクである。


 少なからずティナさんのことは一緒に過ごしていたこともあり、他の人たちよりも身近に感じていたのだ。


 だから、お仕置きの意味も兼ねてイタズラした。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「こんなはずじゃなかったのに……」


「ティナさんの中では、どうなる予定だったんですか?」


「私が恥ずかしがるケン君を揶揄う予定だったの。それなのに……」


「立場が逆転しましたね」


「それよ! どうしてあんなに上手いのよ!」


「それは、ティナさんに気持ちよくなってもらうため、一所懸命に頑張りましたから」


「変なところで頑張らなくてもいいのに……」


「でも、気持ちよかったのでしょう?」


「それは……そうだけど……もう! ケン君っていきなり意地悪になったよね。ちょっと前まで、そんなのおくびにも出さなかったのに」


「それは歩み寄るよう、俺の意識を変えたティナさんの責任ですよ」


「ズルいわよ。私ばっかりドキドキして」


 ケンは、拗ねたように言うティナの頭を優しく撫でる。


「そう言わないでくださいよ。俺だって前に進めたことを、感謝しているんですから」


「あぁーあ、折角ケン君を揶揄って楽しく寝てるはずだったのに。逆に手玉に取られて悔しいわ。私の可愛いケン君はどこに行ったのかしら?」


「目の前にいるじゃないですか」


「こんなに意地悪じゃなかったもん」


「それなら前のままの方が良かったですか?」


「それはいや。前のケン君も好きだけど、今のケン君の方がもっと好きだから。これからもっともっと好きになるんだから」


 新たな決意表明をしたティナに対して、何故そこまで人を好きになることができるのか、今はまだ理解するのが難しいが、そのうち自分にもその気持ちがわかるようになるのだろうか。


「汗かいちゃったし、明日は起きたらお風呂に行かないとね。汗臭いままなのは嫌だし」


「そうですか? ティナさんからは優しくて落ち着くいい香りがするから、俺は好きですけどね。」


「もう! どれだけ私をドキドキさせれば気が済むの?」


「思ったことを口にしただけなんですが」


 そう言った俺に対して、ティナさんは顔を近づけると、そっと耳元で囁いた。


「それにね、下着が濡れて汚れたままだから、替えなきゃいけないの。ケン君のせいだぞ」


 その言葉に心臓がドクンと跳ね上がった。今この時ほど子供でよかったと思ったことはない。大人だったら歯止めが効かなかっただろう。


「ふふっ、最後に一矢報いる事ができたみたいね。ケン君もちゃんとドキドキしてくれて嬉しいわ。それじゃあ、明日に備えて寝ましょう。おやすみ、ケン君」


 自分の感情を見透かされてしまい、とても恥ずかしい気持ちになった。以前ならこんなことはなかったのだが、これが人間らしく生きるということなのだろうか。


 それにどことなく悔しい気持ちもある。恥ずかしさを誤魔化すために起きた感情なのかはわからないが、何故か悔しい。


 このままでは終われないと思い、一矢報いられたことに対して一矢報い返すために行動に移す事にした。


 幸い抱きついている腕の拘束は緩い。本当にもう寝るつもりなんだろう。そこからスルッと上に移動して、顔を近づけ耳元で囁く。


「負けたままは嫌ですからね。おやすみなさい、ティナさん」


 モゾっと体を動かしたのがわかるが、まだ終わりではない。多分、同じことをやり返されただけと油断していることだろう。


 そのまま元の位置に戻る過程で、目的のものを見つける。そして、顔を近づけ優しく重ね合わせると、目的は達成したので元の位置へと戻る。


 明日からは、少しでも前に進めるように頑張っていこう。俺を変えようと頑張ってくれたティナさんの為にも――


 静かに眠りにつくケンは、今までの自分と決別するためにも、決意を新たにしたのだった。


 せめて、人間らしく――

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