第113話 心のかたち 人のかたち

 しばらく食堂で歓談したあとは、各々の部屋へと戻って行った。ケンはティナとの同室なので一緒に戻ったのだが、やはりどこか自分のせいで他の人の報酬が減っているのを気にしていた。


「ケン君、ここに座って」


 部屋着に着替えてベッド脇に座っていたティナが、自分の隣をポンポンと叩く。


 言われるがまま座ってみたのだが、特に話しかけられることもなく不思議に思っていたら、不意に頭を抱えられ引き寄せられる。


「ちょっ……」


「しっ、黙って……」


 柔らかな胸に包まれながらじっとしていたが、いくら子供でも中身は大人なので中々に落ち着けない。どうしたものかとケンが悶々としていたら、ポツリとティナから喋りかけられた。


「ね、聞こえる?」


「何がですか?」


「私の心臓の音」


 そう言われ意識して耳を済ませれば、トクン、トクンと心臓の音が聞こえてきだした。


「聞こえます」


「そのまま聞いててね。ケン君は自分のせいで、皆の報酬が減っているのをまだ気にしているでしょ?」


「……はい」


 ケンは、報酬の件でまだ気にしていることを、特に表には出してはいなかったはずだが、ティナから言い当てられたことに驚いた。


「ケン君は真面目だから、気にするなって言われても、自分のせいでって気にしちゃうわよね? でもね、私たちは本当に気にするなって思ってるのよ」


「何故ですか?」


「それはね、みんなケン君のことが好きだからよ」


「そうなんですか?」


 ケンの中ではあくまで信頼のおける、臨時パーティーという認識だったので、好きと言われてもピンとこなかった。


 前世で言うなら、ただのビジネスパートナーの関係という認識であった。


「やっぱりね」


「……?」


「ケン君はどこかチグハグなのよ」


「チグハグ?」


 チグハグと言われても思い当たることがなく、ただただ困惑するだけで、意味がわからなかった。


「私たちのことは、信頼してくれてるでしょ?」


「それはもちろん」


 冒険者という仕事柄、命を預けるパートナーとして信頼していたので、迷うことなく即答できた。


「私たちもケン君のことは信頼しているわ。信頼していなかったら戦闘に参加させられないもの。魔物との命のやり取りでもあるし、みんな自分の命は大事だからね。死にたくないもの」


「はぁ」


 何が問題点となっているのかわからずに、気のない返事をつい返してしまった。


「それでね、私が気づいたのはね、ケン君は他人からの好意を、どこか拒絶しているところがあるの。もしくは無意識に恐れているか」


「そうなんですか?」


 特に自分では、そんなことを考えたこともなかったので、皆目見当もつかなかったから、他人事のように返事をしてしまう。


「厚意とかならケン君も受け取るから、私たちと信頼関係は結べたりもするけど、それが好意になると、いきなり受け取らなくなるから、早い話がいい人止まりになるのよ」


「いい人止まり?」


「そう。例えるなら、好みの女性がケン君を助けてくれたら、無条件にいい人だと思うでしょ?」


「はい」


 自分の好みの女性から助けられるなんて、ラッキーとしか言いようがないだろう。何を助けられるのかはわからないが。


「そこから友達関係とかになったとしても、その人のことはいい人だと思うけど、きっと好きになることはないし、相手から好きだと言われても、どこか違う感じに受け取ってしまうのよ」


 自分の好みの女性が目の前にいて、好きにならない? 好きと言われても、額面通りに受け取らない? そんなことがあるのか?


「色々と混乱してきました」


「ごめんね。押し付けがましい言い方だけど、ちゃんとケン君のことを考えて言っているから」


「はい」


 多分、俺のことを思って、言ってくれてるのは間違いないと思うし、お世話になっている以上、邪険にするわけにもいかない。


「それでね、私が感じたのは、ケン君の中で人の愛を受け入れられない、信じられない、そんな出来事があったんじゃないかと思ったの。だから相手を好きになることや、親密になることを避けているんだと思う。本当の意味での、相手を信じることができないから」


「でも皆さんのことは、信じていますよ」


「本当にそう?」


「そうですよ。でなきゃ、所持スキルのこととか言わないですよ」


 信じているからこそ、スキルのことを話したんだし、間違っていないはずだ。


「……それなら、私たちの誰かに心の内を明かした? 全てとは言わずとも、ほんの少しだけでも打ち明けた?」


 その言葉に、ドクンと心臓が跳ね上がった。


「……」


「ね? 浅い関係しか築いてなかったでしょ?」


「……でも、知り合って間もないし……」


「そうね。それなら、今までにそういう人はいた? 何でも話し合えたり、少しだけでも話し合えたりする、そういう人が……」


「……」


 今までの人生を振り返ってみても、そういう人はいなかった……ティナさんが言っているのは、きっと現世のことで、記憶をなくしたあとからのことだろうが、俺には前世の記憶がある。前世から通じても、そんな人はいなかった。


 いくら思い出そうとしてもティナさんの指摘通り、性別関係なく親密になった相手などいなかった。


 今思えば友達すらいなかったのではなかろうか? 全てをただの知人という枠に当てはめ括り付けて、大した付き合いもしてなかったように思える。そう思うと前世で送った人生が途端に色褪せてくる。


 一体何の為に生きていたのだろうか?


 どうしてこうなったのだろうか?


 何がいけなかったのだろうか?


 何故おかしいと思わなかったのか?


 生まれてきた意味はあったのだろうか?


 原因を探ろうとしても、原因そのものがわからない。いくら考えても、思考が堂々巡りとなり袋小路へと追い詰められる。


 何もわからないが、わからないなりにも、記憶の中にぽっかりと抜け落ちた穴みたいに、思い出せない部分があることはわかった。


 これは【ケビン】として生きていた頃の記憶なんだろうか? 何故思い出せないんだ?


(ズキン)


 あぁ……頭が痛い……


 何故思い出そうとすると、頭が痛くなるんだよ。


 集中できない……


 他にも虚無のように真っ黒で何もない、思い出せない記憶がある。何の記憶なのか、どういった記憶なのかが一切わからない。


 記憶をなくしているのだから当然なんだが……だが大まかな予想ならできる。


(ズキン、ズキン)


 頭痛は酷くなる一方だ……


 養護施設にいた時の記憶はきちんとある。その後の記憶もだ。だが、それ以前の、両親と生活していたであろう記憶が一切無い。


 何故ないのか? 養護施設にいた時は、すでに小学生だったから生まれてから捨てられたわけではないはずだ……


 そもそも何故俺は養護施設にいたんだ? 両親が不慮の事故で亡くなったりでもしたのか?


 あの頃の俺はどんなだった? 確か、人形と言われてたような気がする。俺がじっとしてて動かなかったからか?


 わからない……


 過去を思い出そうとすると、自分自身がわからなくなる……


 俺は何者なんだ? 養護施設にいる前に何があった?


(ズキズキズキズキ……)


「くっ……痛みが……」


 とうとうありえないほどの痛みに襲われ、我慢しきれず頭を押さえてしまう。


「ケン君!? 万物を照らす光よ 痛みを負いし 彼の者に癒しを《リリースペイン》」


 ケンの身体を光が優しく包み込むと、次第に酷かった頭痛も治まり始めた。


「ケン君、大丈夫!? 痛みは治まった!?」


「まだ少し痛みますが問題ないです」


「一体何があったの?」


 ティナからの問いかけに、ケンは少しずつ口にし始めた。


「最初は話し合えるような人がいたのか、思い出していたんです」


「それで?」


 急かせるような真似はせず、ティナは優しく問いかける。


「いませんでした。ただの1人も……」


「そう。いなかったんだ……」


 そんな背景を想像してしまい、ティナが悲しく感じていると、ケンは続きを語り始めた。


「そうしたら世界の全てが色褪せて、何の為に生きていたのかわからなくなりました」


 ケンは先程のことを思い出し、また虚しさが込み上げてきた。


「わからないんです。原因も、理由も、何もかもが。思い出そうとしても穴が空いているんです。でもそれは、何となく予想はつくんです。きっとこの体の、記憶を失う前の思い出なんだろうと。この世界で生きてきた記憶なんじゃないかって。その時に頭痛がし始めたんです」


「……」


「でも、わからなかったのはそれだけじゃなかったんです。上手く表現できないんですが、もっと奥の方に思い出してはいけないような、虚無に包まれた闇があったんです。おかしいですよね? さっきはぽっかり空いた穴だったのに、今度は穴ですらない。俺が思い出そうとしたら体が拒絶しているみたいなんですよ。体の持ち主は俺のはずなのに……結果、その時に激しい頭痛に襲われたんです」


 ケンは一息つくと、最終的な結論を述べることにした。


「ティナさんが言っていた通りですね。上辺だけの付き合いしかしてなくて、親密な関係の人なんていない。そのままでも問題ないし、特に必要と感じることもない、その事に悩み揺れ動く心すらない……人間の皮を被った魔物なんですよ、俺は」


 自嘲気味に結論づけて締めくくるケンの頬に、何かが落ちてきた。それはそのまま頬をつたい下へと流れていく。


 手で拭うとそれは水気を帯びており、見上げた先には、自分の頬に落ちてきたものの答えがあった。


「……ない……そんなことないっ!」


 そう言ってくるティナの頬に、涙が流れていた。


「何故泣いているんです?」


「悲しいこと言わないでよ……ケン君は魔物なんかじゃない、ちゃんと人の心を持った人間よ……」


「そうなんですか? 今回考えさせられたことにより、記憶とは別でティナさんが言っていた通り、どうにも人として欠陥している部分があることがわかったんですが、それでも人と言えるんでしょうか?」     


「言えるわよ! みんなで過ごした時には、楽しければ笑ってたじゃない! 私が抱きついたら焦ってたじゃない! ケン君はちゃんと人として生きてるんだよ!」


 今まで我慢していたのか、ティナの涙腺は決壊して、ボロボロと泣き始めてしまった。


「泣かないでくださいよ。綺麗な顔が台無しですよ?」


「泣かせたのは……ケン君じゃない……」


 ケンは、客観的に自己分析した結果を伝えただけで、泣かせるつもりはなかったのだが、言っても余計に拗れると思い黙っておくことにした。


「それで、ティナさんからの話はもう終わりですか?」


「終わりじゃないよ……」


「まだ他にも話があるんですか?」


 ティナは強めにゴシゴシと涙を拭き取ると、しっかりとした口調で話し出す。


「ケン君の心が壊れるくらいの、何かがあったのはわかったわ。だから、これからは1歩進んで、少しずつ人を受け入れて欲しいの。1歩が無理なら半歩でもいい。それでも無理ならつま先を動かすだけでもいいの。少しずつでいいから歩み寄って欲しいの」


「自己分析が終わった現状、無理な気がするんですが。そういう気が起こらないというか、必要と感じていないのが表面化してしまったので」


「そんな事ない! ケン君は今はその考えしかできなくても、いつかきっと人を好きになることができる。私はそう信じてる!」


 果たしてそんな日が訪れるのだろうか? 俺が人を好きになる? うーん……そういえば、転生する前の俺は、女神様を口説いたんだったか。記憶にないが……


 でも、そう考えると無理でもないのか? 目覚める前は声しか聞こえなかったから、結婚した事実だけ言われても、好きも嫌いもなく何も感じなかったが。


 頭ごなしに否定するよりも、少しくらい頑張る努力をしてみてもいいのかもしれない。これだけ親身になって心配してくれる人は、然う然ういないだろうから。

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