第115話 恋はいつでもハリケーン①

~ ティナside ~


 今夜のケン君はどこか元気がないように見える。さっきまでは元気だったのにやっぱりあれが原因だろうか……?



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 初めてこの子と出会ったのは数日前のあの日だった。私たちはたまに長期クエストの疲れをとる時には、タミアに来て温泉に浸かるのだ。


 その日も疲れを癒すためにタミアに来ていた。温泉に入りみんなで夕食を楽しんでいると、ガルフが面白い子にお風呂で会ったという。


「最初はよ、『あ"あ"ぁぁぁ……』なんて聞こえてきたから、オッサンが来たかと思ったんだが、よく見たら子供だったんだよ」


 それは私も話に聞いたことがある。年老いた男性は、お風呂に浸かるとつい先程の声が出てしまうらしい。


「それで他に誰もいねぇから、その坊主と世間話でもしようかと思ってな、声をかけてみたんだが、それが凄い礼儀正しかったんだよ」


 どこかの貴族の子供だろうか? しかし、この宿はお金を持つ冒険者御用達で貴族はあまり利用しないはずだけど……


「それで俺が冒険者だと名乗っても、態度が変わらねぇんだ」


 余程親の教育がいいのかしら、冒険者相手でも態度を変えないとは。


「それで、貴族か大商人の子供かと思って聞いてみたんだが、何て言ったと思う?」


「僕の予想じゃ商人の子供かな。この宿で貴族を見るのは稀だからね」


「そう思うだろ? ところが実際は、俺たちと同じ冒険者だったんだ」


「それは本当かい!?」


「あぁ、多分年齢的に考えると、よくてEランク辺りじゃないか?」


 Eランク冒険者がこの宿に泊まれるわけない。誰かにお金でも借りたのだろうか?


「お金足りない」


 ニーナも私と同じ考えのようだ。相変わらず言葉数が少ないけど、今となってはもう慣れてしまったわね。


「まぁ普通はそう考えるよな。知人に薦められたみたいで、ここに来たんだとよ」


「それなら、その知人が代金を支払ったのかな?」


「いや、自分で稼いだ金で来たみたいだ」


「それって、どれだけクエストをこなしてるのよ? 並大抵の量じゃないわよ」


「相当無理したみたいだな。達成報酬と素材買取と魔物の武器売買で、荒稼ぎしたみたいだ。ここを薦められたのも、しばらく休めって理由らしい」


 それでもかなりの量のクエストを、こなさないといけない。まだ子供なのに働きすぎよ。親は何しているのかしら? もしかして借金まみれとか?


「お、噂をすればなんとやらだな」


 ガルフの視線の先には、キョロキョロと辺りを見回している子供がいた。あの子かしら?


「おぉ、ケンじゃねぇか。こっちで一緒に食わねえか?」


 ガルフの声に気づいたのか、こちらに近寄って来る。


「こんばんは、ガルフさん。ご一緒してもよろしいのですか?」


「な? 言った通り礼儀正しい子供だろ?」


 ガルフが一緒に食べようと誘ったのに、わざわざ私たちにまで了承を取ろうとするなんて、なんていい子なのかしら。


「あの……」


 あら、返答がないから困ってるのね。助け舟を出してあげないと。


「構わないわよ。ここで一緒に食べましょう」


 私は少し横にずれて、この子が座れるスペースを空けた。そこに座ったのはいいけど、こちらをずっと見ている。視線からして私の耳を見ているのかしら?


「どうしたの?」


「綺麗だなぁって思ったのと、不躾で申し訳ないのですが、耳が尖ってるなと思いまして」


 やっぱりそうだったのね。エルフを知らないのかしら? それにしても綺麗だなんて口が上手いわね。


 ナンパしてくる馬鹿どもとは違って下卑た顔もしてないし、純粋に褒めてくれてるのね。いい子だわ。


「ふふ、まだ子供なのにお口が上手なのね。エルフを見るのは初めて?」


「エルフなんですか? 見た目が違う人には初めて会いました」


「そうなのね。エルフは見た目が整っているせいで、奴隷にされたりもするの。酷いところだと差別扱いされるわ。奴隷狩りにあったりもするし」


「そうなんですか。人種差別に奴隷狩りとは酷いですね」


 この子に偏見とかないのかしら? エルフを見れば大抵はいかがわしい視線で見るのが普通なのに。


 この子とまだお話したかったけど、ガルフが自己紹介をするって事で一旦話は終わることにする。自己紹介はこの子から始めるのね。


「ただいまご紹介に与りました、ケンと申します。まだまだ若輩の身ではありますがよろしくお願いします。」


 礼儀正しいとは思っていたけど、丁寧過ぎない? 冒険者の自己紹介なのよ? えっ? 次は私がやるの!? ケン君の後だなんて恥ずかしすぎるんですけど。礼儀作法なんて習ってないのよ!


 その後は、冒険者流の自己紹介をケン君に見せてあげた。ケン君もそれを見て、冒険者流の自己紹介をしてみたいと言い出した。結構、可愛いところがあるのね。


「では……俺はケンと言います。Cランク冒険者で主に剣を使ってます。あと魔法も使えますので、今のところソロで活動しています。」


 えっ? えっ!? Cランク冒険者!? しかも剣と魔法が使えるからってソロ!? ガルフの言ってたEランクってのはどこに行ったのよ!


 ケン君がギルドカードを出したから、見てみたら本当にCランクだった。しかもソロ活動している理由が、大人が組んでくれないって……子供は危ないからって……それ、子供のケン君が言う?


 それにギルドマスターと知り合いだなんて。ギルドのトップだから、普通は近寄りがたくて敬遠するはずなのにね。


 ケン君は王都から来たのね。あんなに遠いところから1人で旅して、寂しくなかったのかしら? それにしても出身地がわからないってどういうこと?


「ケンは生まれた時の記憶がないんだとよ。それで両親も知らない。だから冒険者として金を稼いでいるわけだ」


 ガルフからの情報に言葉を失った。記憶がなくて両親がわからず、しかも生活するために冒険者になるなんて……


「そんなに気になさらないで下さい。食事は楽しく食べるべきですよ」


 私たちがしんみりしているのが、気になったんだろう。明るく振舞って私たちを気遣うなんて……


 とってもいい子じゃない! こんな子は可及的速やかに保護しなきゃダメよ! 私が愛をあげるわ!


「ケン君! うちの子になりなさい。私が養うから!」


 いても立ってもいられず、咄嗟に言葉にしていた。何よガルフ! 独身の子連れでもいいでしょ! ろくな男なんていやしないんだから。


 そんな男の嫁になるくらいなら、ケン君にお嫁さんにしてもらった方がいいわよ!


 ほらケン君だって嫌じゃないって言ってるし、もうこれはプロポーズも同然ね! あまりにも可愛すぎて膝の上に乗せちゃった。


 あら? 何かしらこの抱き心地……ヤバイわ、病みつきになりそう……


「ティナさん、下ろして頂けるとありがたいのですが……」


「それはダメよ」


「ハッハッハッ!まぁ、減るもんじゃねぇし、そのまま飯でも食べりゃいいだろ」


「あら、ガルフもたまには良いこと言うわね」


「ガルフは自重すべき」


 そうよ、ガルフの言う通りよ! ご飯ならこのまま食べればいいんだし、ガルフもたまには役に立つわね。あと、ニーナ余計なことは言わない!


 えっ? ケン君はここでしばらくまったり過ごすの? それなら私も一緒にいなきゃいけないわね。


「ガルフ! 私たちもまったりするわよ!」


 クエストが何よ! 今はケン君の方が最優先じゃない! 貸し1つで済むなら安いものね。ケン君、明日からは私と一緒よ。1人になんてさせないんだからね。


 翌日、私は有言実行とばかりに受付へ向かい、ケン君の使用部屋をキャンセルさせた。これで今日からは相部屋である。


 それにしても受付の係員はダメね。たかだか金貨1枚の収入が減るだけじゃない! どんだけがめついのよ! それよりも子供を1人にさせとく方が問題でしょ。


 パーティーメンバーには呆れられたが、私からしたらそんな事は瑣末事である。ケン君もビックリしてたけどいいよね? 今日からは一緒に寝れるわ。


 夜になるとケン君が床で寝るって言い出した時は、全力で拒否させてもらった。


 物凄く紳士的でクラっとしたけど、ケン君はまだ子供だから1つのベッドで寝ても全然狭くならない。


 それに抱いて寝るんだし、余計に狭く感じないわよね。なんでケン君ってこんなに抱き心地がいいんだろう。膝上に乗せた時もそうだったし。


 数日経ったある日、いつも通りケン君に起こされる。最初の頃は中々私が起きなくて呆れていたみたいだけど、それでも放っておかずに起こしてくれるところが好き。


 今日はクエストに行くみたいだ。私はまだ手持ちに余裕があるけど、他のメンバーはそうでもないのかな? まぁ、多分ガルフ辺りだろうけど。にしても、起きるのが億劫だな。


「やー……起こしてー」


 今日はちょっとケン君に甘えてみる。置いていかれるのは嫌だけど、それは本気じゃないのは知っている。ケン君は優しいもんね。


 今日はバカ牛を狩りに行くのね。ケン君が起こしてくれたから支度しないと。


「ちょっ……! いきなり何脱ぎ出してるんですか! しかも下着つけてないし!」


 私の着替えを見て慌てふためくケン君。ちゃんと下は履いているのよ? でもケン君はそんな事を言いつつも、バッチリ私の裸を見たわよね? しかも綺麗だって褒めてくれた。


 そんなケン君が可愛くて、私はそのまま後ろから抱きついた。ケン君がまた慌てふためく。


 今は何も付けてないから柔らかいでしょ? 服の上からとはまた違う感触をケン君にプレゼントする。


ぁん……あまり動かないで、感じちゃうから。そんなやり取りをしつつもケン君成分を補う。


 なんでこんなに抱き心地がいいんだろう? 病みつきになった私はもうケン君なしじゃ生きていけないかも……


 街の外に出てきた私たちは、バカ牛を探しに街道を外れて歩いて行く。ちなみに私はケン君と手を繋いだままだ。


 するとケン君がこの先に魔物がいると言う。直感系のスキルでも持ってるのかしら?


 私が気になってケン君に質問すると、ガルフが注意してくる。貴方だってさっき聞いてたじゃない。


 優しいケン君は嫌がらずに教えてくれた。しかも私たちを信用してくれてるんだって。そんな嬉しい事を言われたから思わず顔がニヤけちゃう。


 ようやく私の視界にバカ牛が入ったから、みんなに報告しておく。他の人にはまだ見えないみたいね。


 世間話をしていると将来の目標を言い合う感じになった。ねぇちょっと、何で私には何も聞かないのよ!


 そりゃあ食事の席で母親と嫁宣言したけどさぁ。というか、ケン君は冗談だと思ってたの!? 冗談で一緒に寝たり着替えを見せたりするわけないでしょ!


「そうだったんですか。てっきり子供相手だから、危機感なく接しているものとばかり……」


「鈍感」


 ニーナの言う通り、ケン君ってちょっと鈍感なところがあるよね。


「えぇ……なんか酷い言われような気が……それで話は戻しますが、母親にはなれないと思いますよ」


 そんな悲しいこと言わないでよ。泣きたくなっちゃう。


「多分、生死はわかりませんが、両親は何処かにいると思いますし、ティナさんは、どちらかと言うと綺麗なお姉さんって感じだから、母親とは思えないんですよ」


「え? それってつまり……」


 つまりそういうことよね? 母親としては見れないけど、女としてなら見てくれるのよね? 綺麗なお姉さんって褒めてくれてるし。


「天然ジゴロ」


 もう、ニーナの言う通りね! 無自覚にキュンキュンすること言ってくるんだから。それなら母親代わりにはならなくていいわ。お嫁さんの方がいいしね。


「話が纏まったなら、戦闘準備に入るぞ」


 ガルフが戦闘指示してるけど、あら? 私は見学でいいの? ケン君にカッコイイところ見せたかったのに……


 戦闘もいつも通り終わってしまった。ケン君はガルフの事を褒めてるし、私だっていいところ見せたいのになぁ……

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