第106話 規格外? ……いえ、普通です。

 ギルドマスターに質問を促され黙考してみる。現状、聞きたいことといえば装備品のオススメ店くらいしかない。【無限収納】の肥やしになっているものを処分して、装備品や道具を買い揃えたいのが、現状の優先事項だ。


「もしよろしければ、オススメの武具屋とかありませんか? 装備を整えたいのと道具を揃えたいので」


「そのくらいおやすい御用だ。この前のクエストで装備品もメンテナンスしなきゃいけないだろうからな」


「いえ、装備品は持ってないんですよ。手ぶらで行きましたので」


「「は?」」


 突拍子もない返答に、ギルドマスターとサーシャはぽかんと口を開けたまま固まった。有能秘書的に後ろに立っていたサーシャも、あまりの出来事に釣られたようだ。


「手ぶらで行ったんですか!?」


 と、サーシャが言うと、ギルドマスターも後追いする。


「いやいやいや、手ぶらでどうやって魔物と戦うんだよ。剣の1つや2つくらい持っているだろう? 防具とかも」


「あっ、言葉が足りませんでした。魔法で倒したんです。魔法が使えますので。報告書とかで、てっきり知っているものだと思いましたので」


「そう言えば書いてあったな。だが、手ぶらで行ったとかは、書いてなかったぞ?」


「手ぶらなんて、私も今初めて知りましたから」


 サーシャがすかさず弁明すると、ギルドマスターも納得する。


「そりゃそうか。普通手ぶらで行くなんて、誰も思わないもんな。それじゃあ、魔法使い用の装備を買うわけか」


「いえ、近接用の装備類が欲しくて」


「……ますます意味がわからんな。お前も規格外の1人に、なりうるというわけか」


「どういう事ですか?」


「たまにいるんだよ、普通とは違う行動をする奴が。そういう奴は大抵Sランクで規格外だ。お前も将来はSランクになるんだろうな」


「いやいや、俺は普通ですよ。近接戦ができるから、近接用の武器が欲しいんです」


「冒険者なりたての普通なやつが、魔法だけで集団の魔物を倒すわけないだろ。そんなの死にに行くようなもんだ。後衛職は基本的に、前衛職のサポートがあって成り立つんだよ。後衛職のソロで、Cランククエストの集団戦を受けるやつは、規格外と言われても文句は言えねえぞ」


 ギルドマスターは、さも当然のように息巻いて言う。“ふんすっ!”と鼻息荒く聞こえてきそうだ。


「でも、登録の時に職種欄で前、中、後衛全般て、ちゃんと書きましたよ。それに規格外って言いますけど、いったいどんな人たちなんですか?」


「登録時の書類なんか見てねえよ。あれはあくまで、決まり事として書くもんだからな。登録後に職種が変わる奴もいるし」


 見てないのかよ! それなら登録用紙に、職種欄なんか作らなければいいのに。と、心の中でツッコミを入れるが口にはしない。


「それと一般的には知られてないが、Aランク以上には、ギルド内で密かに決めてある序列があるんだよ。同じランクでもピンキリだからな。パーティーとしての序列や、個人としての序列の2種類だな。大概頑張って才能があれば、Aランクまでは辿り着けることもある。そこから更に上がるには、パーティーメンバーに恵まれていないといけない。パーティー全員が粒ぞろいなら、Sランクに上がれる。パーティー単位でSランクっていう評価だな」


 パーティーとしてのSランクか……総合評価みたいな感じだな。


「パーティーとしてなら、個人としてはSランクではない人も、中にはいるってことですか?」


「そうだな。全員合わせたら、Sランクとしての戦力だろうという判断だな。基本的に、Sランクだけのパーティーメンバーは稀だ。その決め方の基準は、パーティーでドラゴンを討伐できるか否かだな。あとは、色々手続きはあるが、これはパーティー単位だから、別にそこまで問題はない。序列もだいたい横ばいだしな。そのうち積み重ねた功績が認められて、Sランクに個人で上がる奴もいるが、この事例だとSランクの中でも、序列は低い」


「そうなんですか……」


 ドラゴン討伐とか難易度高そうだなぁ。まぁ、ドラゴンもピンキリだとは思うけど。そんな事を考えていると、ギルドマスターが続きを話し始めた。


「そして問題なのは、ソロ活動でのSランク昇格者だ。これはさっき言ったドラゴン討伐を、1人で満たした場合の冒険者が該当する。Aランクの猛者たちが、パーティー組んで必死こいて討伐するドラゴンを、たった1人でやってしまうから、《規格外》と言われているんだ」


「それなら俺は、ドラゴンなんて討伐できないから、規格外には当てはまらないですよ。やっぱり普通じゃないですか」


 そう、俺は普通なんだ。決して規格外ではない。


「それがそうでもない。ソロでSランクに到達するやつは、大抵最初から頭角を現しているからな。周りから浮くんだよ、そういう奴は。お前だって、ギルド内だと浮いた存在だぞ。子供が日帰りで、ありえない数のクエストを達成しているんだからな」


 そう言われてみると、ちょっと自重してなかった自分が、恨めしく思えてしまう。異世界転生でキャッハーし過ぎたようだ。自重……これ大事。


「わかったか? 自分が規格外って言われた原因が」


「はい……ちなみにSランク以外で、規格外って言われている人っていますか?」


「Sランク以外か? ……今のところ、すぐに思い出せるような者はいないな。資料を見直せばわかるだろうが……」


「え? 規格外の資料があるんですか?」


「そんなものはないぞ。冒険者リストのことだ」


「よかった……そんなものに、自分の名前なんて載せて欲しくないですから」


「規格外なんて、個人の感想でしかないからな。記録には残らんさ。あぁでも、伝説とか残せば別だな。人々の記憶に残ってしまうから」


「伝説かぁ……それなら俺は大丈夫ですね。伝説なんて残す気はありませんから」


「そんなものは他人が決めるから、お前にその気がなくても無理だな」


「これからは、目立たないように行動するので大丈夫です」


 これからは目立たずにいこう。ひっそりと冒険を堪能するんだ。厄介事になんか巻き込まれたくないしな、面倒くさいのはごめんだ。


「あっ、伝説で思い出したが、そういえば、引退したSランク以外の規格外なら知っているぞ」


「規格外なのに引退したんですか?」


「あぁそうだ。寿引退だな。結婚するからって、あっさりと辞めちまったんだ。まぁ、自由な人だったからな、みんなビックリしたが、すぐに納得した。あの人ならありえるってな」


「へぇ、寿引退ってあるんですね」


「そうだな。相手が冒険者なら、そのまま続けることもあるが、それでも子供ができるまでだな。子供ができたらみんな辞めちまう。当然、子供が優先だからな」


「その人ってどんな人なんですか? 寿引退なら女性ですよね?」


「あぁその通りだ。この前の事件でたまたま出くわしてな。あの時はそこら中がパニックで、名前を聞くまで全然気づかなかったし、人ってしばらく見ないと変わるもんだなぁ。まぁ、相変わらず規格外だったが」


 懐かしそうに話すその顔は、昔のことでも思い出しているのであろうか、視線は遠くを見つめていた。


「パニックになるくらい、何か大きな事件でもあったのですか? ドラゴン襲来とか?」


「ははっ! ドラゴンが襲来したら、街は滅茶苦茶で今でも復興中だろ。まぁ、知らないでも仕方ないか。被害を受けた人は、大抵気絶するか気分不良を訴えてたからな。それに表向きは魔導具の暴走って、国が発表したから、真相を知るのは一部の人たちだけだ」


「えっ!? そんな話をここでバラしてもいいんですか? バレたら怒られるのでは?」


 国が表向きの発表をしたことの真相を、普通に話そうとするギルドマスターに、ちょっと引いてしまう。巻き込まないで欲しいのだが。


「人の口に戸は立てられないって言うだろ?」


 何故ことわざ? ここ日本じゃないよね? 異世界あるあるなの? そんな事を思いつつも、話の続きを聞く。


「まぁ、大した秘密でもない。詳細を語るわけでもないし、ただ単に範囲の広い威圧が放たれたってだけだ。その時に、冒険者服装に着替えて、救助活動している時に出くわしたんだ」


「へぇ、有事の際には、冒険者も救助活動するんですね」


 大抵は荒くれ者の集団だと思われているから、イメージアップに繋がりそうだな。


「そりゃするだろう。基本的に国に属さない独立組織で、国からの命令を受ける義務はないが、救助活動は別だ。で、その人は、元Aランク冒険者のソロ活動でありながら、片手間でドラゴンを討伐するような規格外だ。面倒くさがり屋で、クエストを受注せずにふらっと出掛けては、魔物を討伐して、買い取らせるためだけに、ギルドに顔を出すような変わり者だから、まともにクエストを受注したことなんて、あまりないらしい。そんな人だから今でも伝説として、冒険者たちの間では語り継がれているんだよ。女性冒険者の憧れらしいからな」


「片手間でドラゴン討伐ですか……確かに規格外ですね。Sランクに上がらず、Aランクのままでいたのが不思議です」


「それはよく所在不明になるし、面倒くさがりでギルドに顔を出さないしで、当時のギルドマスターが言うには、ランクアップの試験を受けさせるのも、一苦労だったらしい。クエストを受けなくても、買取報酬だけで生活ができていたらしいからな。そこら辺も規格外だな」


 それは凄い。買取報酬だけで生活していたのか。素材を買い取らせるときに捕まえて、ランクアップの試験を受けさせていたんだろうな。


「ちなみにその人の名前が【サラ】で、二つ名が【瞬光のサラ】だ。伝説の元Aランク冒険者だ」


(ズキン)


「サラ……瞬光のサ……ラ……」


(ズキズキズキ……)


「く……ぁ……」


 いきなり激しい頭痛に襲われ、頭を抱える仕草に、ギルドマスターやサーシャが慌てふためく。


「お、おい! 大丈夫か!? 頭が痛いのか?」


「ケン君!」


(ズキズキ……)


『ケビンはケビンの思うままに生きたら良いからね』


 そんな優しい声が頭の中を駆け巡る。朧気な人影にそう言われているような気がするが、はっきりと姿は見えない。唯一わかるとすれば、声質からして女性であるということだろう。


 やがて体を起こし元の体勢へと戻ると、不安そうに見つめる2人の姿があった。若干頭痛の名残はあるが、心配をかけないよう声を出す。


「大丈夫です。ちょっと頭痛がしただけですから」


「本当に大丈夫か?」


「無理しちゃダメよ」


「頭痛持ちですので、いつもの事なんです。今日のはちょっと強めでしたが」


 これ以上、心配をかける訳にもいかないので、適当に誤魔化してこの場を乗り切るしかない。


「頭痛持ちか。俺も腰痛が酷い時があるからな、辛さはわかるぞ」


「ギルドマスターのは、歳のせいじゃないんですか?」


 すかさずサーシャさんがツッコむと、負けじとギルドマスターが言い返す。


「何を言う! それに俺はまだ若いぞ!」


 ギルドマスターの反論に、先程までの重い空気はなく、場は和やかな空気に切り替わった。


「では、オススメの武具屋の紹介の件は、お願いしますね」


「あぁわかってる。あと、保養所も教えておこう。俺も定期的に通っているところだからな。頭痛の頻度も少しは良くなるだろう」


「保養所ですか?」


「そうだ。温泉が名物になっている、スイード伯爵領の街だ。保養地として有名なんだ。ここからだと、遠いから馬車に乗らないといけないが、行く価値はあると思うぞ。そこへ行って疲れを癒してこい。初日からの報酬で、結構な稼ぎになってるんだから、しばらく休んどけ」


「お気遣いありがとうございます」


 頭痛持ちは咄嗟についた嘘だが、ギルドマスターの気遣いがとても嬉しかった。


 それに何よりも温泉だ。異世界に温泉があるとは朗報である。是非とも満喫しなければ。


「紹介する店関係と保養地は、サーシャにメモを渡しておくから、それを受け取って帰れよ。それじゃあ、用事も済んだし行っていいぞ」


「ありがとうございます。それでは失礼します」


 そう言ってギルド長室を後にした。サーシャさんは、メモを受け取るために中に残るようだ。受付付近のテーブルで、くつろいで待ってるとしよう。


 ケンが去った後のギルド長室では、残った2人が会話をしていた。


「行ったか……サーシャ、あの子に目をかけててくれ。慢心はなさそうだが、年相応に危なかっしい面がある。才能があるやつを失いたくないしな」


「わかりました。しばらくは保養地でしょうし、戻ってきたらまた、ギルドに顔を出すかも知れませんので、気にかけておきます」


「頼んだ」


 それからギルドマスターは、紹介する店や保養地への行き方など、紙に書いていき、出来上がった物をサーシャへと渡した。


 ケンがしばらくテーブルでくつろいでいたら、サーシャが近寄ってきて、メモと新しくなったギルドカードを渡す。


 カードは銀色になっていた。光っていてちょっとテンションが上がったのは内緒である。


 サーシャさんからは、温かい目で見られていたので、バレていたかもしれないが。


 その後は受け取ったメモを頼りに武具屋へ行き、【無限収納】の肥やしを売った。


 大量の武具を出した時に、店長は驚いていたが、ギルドカードを見せて、ギルドマスターの紹介だと言うと納得してくれた。


 装備品を買い揃えたあとは、道具屋を訪れて旅の準備を整えると、宿屋へと帰った。


 目指すは保養地である。異世界の温泉街がどれほどのものか、是非とも堪能しなければ。


 それにしても、ギルド長室での出来事は何だったのだろうか。女神様には記憶喪失になっていると言われたけど、前世の記憶を引き継いでいるし、特に気にしてはなかった。


 でももしかすると、それ関係かもしれない。あの声は安心出来る声だったし、【ケビン】という名前も言っていた。


 そういえば……ベッドで目が覚めて出会った少女は、俺のことを【ケビン】と呼んでいた気がする。


 あの子の言う通りに、俺は【ケビン】なのだろうか? その瞬間、ズキンとまた頭痛がした。


 今さら考えたところで仕方ないか。それに頭痛が酷くなるのはいただけない。


 異世界にバファ○ンがあるとも思えないし、痛いのはごめんこうむりたい。


 あの家の場所はもう覚えてないし、明日からは保養地に向けて出発だし、温泉が俺を待っているのだ。

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