第107話 タミアの温泉でのひととき

 王都を出発して1ヶ月。途中で乗り継ぎをしながらも、俺は今、スイード伯爵領にある、温泉の街へとやって来ている。


 保養地として有名だったみたいで、人に聞けば迷うことなく乗り継ぎができた。


 さすがに遠すぎて途中の街で、一泊しなきゃいけない場面も多々あり、無事に到着することができても、新幹線みたいな高速移動手段があればとつくづく思った。


 街並みとしては、さすがに和風旅館の建物は一切見当たらないが、懐かしき独特の臭いに、感極まったのは言うまでもない。


 この街は【タミア】と言うらしい。


 ギルドマスターオススメの宿屋へ行き、チェックインを済ませると、早速風呂場へと向かった。


 日本みたいな風情は見受けられず殺風景だが、その分、広々とした造りになっている。


「あ"あ"ぁぁぁ……」


 風呂に浸かると、ついつい声が漏れてしまう。


「ははっ、見かけによらずおっさんみたいだな」


 おっと、先客がいたらしい。テンションが上がって、周りが見えてなかったようだ。


「すみません。久々のお風呂なので、つい声が出てしまいました」


「いいってことよ。風呂は命の洗濯って言うしな」


 茶髪の筋骨隆々とした、逞しい肉体の人が言う。所々傷跡があるので冒険者だろうか?


「この傷が気になるか? 俺は悪い冒険者じゃないぞ。この傷跡は男の勲章ってやつだ」


「いえ、体格がいいので、歴戦の冒険者だろうなぁと、思っていただけです」


「そうか、俺はガルフっていうんだ。坊主はなんていうんだ?」


「ケンといいます」


「ケンか。よろしくな」


「こちらこそよろしくお願いします」


 軽く会釈をしたところで、ガルフが驚いた顔をする。


「それにしても礼儀正しいな。俺は冒険者だから、礼儀なんてもんは身につけてねぇが、ケンは貴族の坊ちゃんか? 冒険者に礼を尽くす貴族なんて聞いたことないぞ。まぁ、ここは冒険者も利用するから、あまり貴族は来ないんだが」


「いえ、ガルフさんと同じ冒険者ですよ」


 ケンの返答に、また驚いた顔をするガルフ。


「親と来てるんじゃないのか? 大商人の倅とかでもなく? 言っちゃあなんだが、ここの宿屋は結構ランク高いぞ。そもそも冒険者って……」


「親は知りません。記憶がないんですよ。それでお金を得るために、冒険者になって、お金を貯めて来たんです。ここの宿屋は、知り合いにオススメされたからです。しばらく休んでこいと言われまして」


 普通に会ったならこんな事は言わないが、温泉効果だろうか? 口が軽くなっているような気がする。リラックスして、警戒心が薄れたのだろう。


「悪いな、嫌なこと聞いちまった。苦労してんだな」


 この年の子が冒険者をするのは、大抵スラムか孤児院出身が多く、勝手に勘違いしたガルフは、バツが悪そうに答えた。


「いえいえ、特に気にしてませんよ。覚えてないので、気にする感情もわかないというのが現状です」


「そうか、それならいいや。それにしても、よくここに泊まるほどの金を貯めれたな。オススメしてくれたやつが金でも支払ったのか? しばらく休んでこいって言われたんだろ?」


 ガルフが言うのもご最もで、本来ならここに泊まるのは、1泊で金貨1枚が必要になってくる。それ故に、先程の礼儀正しさも相まって、貴族の子息だと勘違いをしたのだ。


「しばらく休んでこいって言われたのはそうですが、お金は自分で払ってますよ。クエストと素材とモンスターの装備品を売ったら、纏まった額が手に入りまして。クエストを受けすぎてたので、休んでこいと言われたのです」


「その年で凄いな。生き急いでると早死するぞ」


「自分ではそう思わないのですが、客観的に見るとそうなるんでしょうね」


「じゃあ、しばらくはのんびりだな」


「そうですね。ガルフさんは、1人で来られたのですか?」


「俺はパーティーメンバーと来ているぞ。パーティー組んでる以上、休みは合わせないとクエストで苦労するからな」


「へぇ、パーティー組んでいるんですね」


「ケンは誰かと組んでないのか?」


「ソロで活動しています」


「ソロなら金が貯まるのも早いしな、報酬は全部独り占めできるし。纏まった額が貯まったのも納得だが、相当クエストを受けまくったんだな。ランクが低いと稼ぎも出ないしな」


 この時のガルフは、ケンのランクをEランクくらいにしか、考えていなかった。


「それにしても、もっと色々な温泉があると思ったのですが、宿屋にひとつしかないのは残念ですね」


 ケンとしては、前世みたいに、温泉巡りツアーでもしようと思ったのだが、宿屋にある風呂場はひとつしかなく、とても残念に思えた。


「色々な温泉なんてあってどうするんだ? 風呂はひとつあれば充分だろ?」


 そもそもこの世界では、満足にお風呂さえ入れない文化であるため、お風呂に入ることは、高級趣向のひとつであり、毎日お風呂に入るのは、貴族以上か裕福な者にしか許されない贅沢であったのだ。


「それもそうですね」


 ケンはカルチャーショックを受けながらも、文化の違いは仕方ないかと思い、話しを合わせることにした。


 適度に世間話をしたあとは、風呂場から出て自室へと帰ったが、まだ日は高く、夕食までは時間があったので、旅の疲れを癒すために、一眠りすることにした。

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