第105話 買取報酬だけのはずなのに……

 数日後、ギルドから買取報酬の準備ができたと、宿屋の女将さん経由で知らされて、報酬の受け取りにギルドへと赴いた。


「こんにちは、サーシャさん」


「あら、久しぶりですね。クエストの受注ですか?」


「いえ、買取報酬の受け取りに来ました」


「そうでしたね。今回は報酬が多いので、口座に入金しておきましょうか? それとも持ち歩きますか? あまりオススメは致しませんが」


「入金でお願いします」


「それでは口座に入金します。それとギルドカードを提出してください。更新する内容がありますので」


 特に訝しむこともなく、サーシャさんにギルドカードを手渡すと、そのまま奥へと入っていったので、しばらく待ちぼうけすることになりそうだ。


 サーシャさんがしばらくして戻ってくると、突拍子もないことを言ってきた。


「それでは面談の準備が整いましたので、ご案内致します」


「えっ!? 面談って何ですか? 何か悪いことしました?」


 買取報酬を受け取りに来ただけなのに、面談すると言われ混乱し、状況についていけないでいた。


「大丈夫ですよ。悪いことじゃなくて、むしろ良いことですから。とりあえずついてきてください」


 絶賛混乱中のまま、言われた通りにサーシャさんの後ろをついて行くと、通路の奥にある扉の前で立ち止まった。


(コンコン)


「サーシャです。面談相手をお連れしました」


「入ってくれ」


 サーシャさんがドアを開けて、中へ入るのを見ていたら、手招きされたので恐る恐る入室する。


 部屋の中へ入ると正面に机があり、書類の山ができていた。誰かが書類業務を行っているようだ。


 机の前には、応接用に対面式のソファとテーブルがあり、壁際には書庫が並んでいた。


「もう少しでキリのいいところまで片付くから、そこに座って待っていてくれ。サーシャ、飲み物を頼む」


「かしこまりました」


 サーシャさんは、部屋に備え付けてあるティーセットのところへと向かう。そして俺は、とりあえず待つように言われたので、ビクビクしながらもソファに座ったが、なんとも居心地の悪い感じがしてならない。


 なんだろうこの感じ……昔で言うなら学生時代に、職員室に呼び出されたあと、入室して待っている感じと似ている。悪いことはしてなくても、一定の居心地の悪さはまさにそれだ。


「ふぅ……待たせたな。俺は、このギルドのギルドマスターをしているカーバインだ。以後、よろしく頼む」


「!!」


 書類業務が終わってやってきたのは、ギルドマスターであった。歳は50代後半に見えて、引き締まった身体をしている。とても事務職とは思えない体格だ。しかも強面である。


「失礼します」


 サーシャさんがタイミングよく紅茶を置くと、その後はギルドマスターの背後に立ち待機している。


(なんか有能な秘書みたいだ……)


 それを確認したギルドマスターが、再び口を開いた。


「ここに呼んだのは他でもない、お前のランクアップの面談のためだ」


「ランクアップですか?」


「そうだ。初日にDランクへ昇格、翌日にはCランクのクエストを多数クリアしてしまったからな。クエストの中身はCランクではなかったが……」


 そういえばゴブリンの集落規模は、予想外な出来事みたいだったし、それに、うっかりキラーアントの巣の駆除もやっちゃったし。


 そもそもソロじゃなくて、パーティで挑むようなものだと言われてたのもあるか。


「それでだ、クエスト内容に不備があったのは申し訳ない。ギルドマスターとして謝罪する。すまなかった。危うく何人もの冒険者を失うところだった」


「いえ、今後気をつければいいんじゃないですか? 一応、クエストの内容で、サーシャさんが危険事項を事前に説明してくれましたから」


 あれがなければ、多分苦戦していたよな。いろんなゴブリンがいたわけだし。アントの巣も不用心に入っていっただろうし。


「いや、それはお前が冒険者になりたての子供だったからだろう。大人の冒険者だったらしていないはずだ。冒険者は基本的に自己責任だからな。Cランクの冒険者なら尚更だ。登録したての素人ではないからな」


「それならDランクの冒険者だったら、注意を説明していたのではないですか? 俺もDランクで受けましたし」


 ギルドマスターは口角を釣り上げて、ニヤリと笑う。


「そもそもの話だ、他の冒険者は、自分のランクより上のクエストはあまり受けない。仮に受けるとしても周到な準備をする。ソロで受けるなんてもってのほかだ。命を捨てるようなもんだしな。基本的にはパーティーを組んでクエストを受けるんだよ。何の準備もなく、当日受けてその日に終わらせてくるなんて前代未聞だ」


「そうでしたか……サーシャさんにも、パーティー推奨クエストと聞きましたし、そこら辺は情報不足でした。受けたのは我儘を言った俺ですので、サーシャさんを責めないでください」


「それはわかってる。それで最初の話に戻るんだが、お前をランクアップさせようと思ってな。面談するために、サーシャに連れてくるように言ったのさ。Cランクからは人柄を見るのも試験のうちなんでな。今は面談担当の者が他の用事でいなくてな、代行が可能な俺がやったわけだ。それに初日だと人柄もなにもないからな、Dランクまでで止めていたのさ」


「そうだったんですね。それで今日はいきなり面談だったんですね。報酬受けて帰るだけのはずだったのに、面談と言われたから、何か悪いことをしたのかとビクビクしていましたよ」


 ケンは話しているうちに、緊張もほぐれて何ともないのだが、それっぽくおどけてみせる。


「話してみた結果、お前の人柄は十分だ。ランクアップさせても問題ない」


「それはありがとうございます。でも、いいのですか? 短時間では人柄を、推し量るのは難しいと思うのですが。登録して間もないですし」


「そこは長年の経験による勘だな。それに他の奴らにも、それとなしに聞いて情報収集したからな。これでも元Aランク冒険者だから、人を見る目はある。既に引退して、毎日事務仕事に追われているがな」


 そうやって笑ってみせるギルドマスターに、俺は親近感がわいた。見かけによらず、意外と気さくな人なのかもしれない。


 体格がいいのは元冒険者だったからか。引退したあとも体がなまらないように、鍛錬とか続けているんだろう。


「それにな、こう言ってはなんだが……素行の悪い冒険者だと、クエスト内容に不備があったら、謝罪金を寄越せと突っかかってくるんだよ。あとは受注担当した受付嬢に言いよったりとかな。ギルドとしては、謝罪金を支払うのは当然なんだが、こちらの誠意に対して吹っ掛けてくるからな。その点、お前はそういう事を一切言わず、なおかつ受付嬢が罰せられないように庇っただろ? 文句なしの合格だ」


「サーシャさんには、お世話になっていますから。クエスト内容が若干間違っていても、特に問題なく解決出来ましたので」


「よし、俺からの話は以上だ。この際だ、何か聞きたいことはあるか?」


 ギルドマスターはそう言って、用件は終わったという感じで、こちらの質問を促すのだった。

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