第86話 母、出動!

――カロトバウン家・別宅


 いつもの様にリビングで、紅茶を飲んで佇んでいる1人の女性……そう、カロトバウン男爵家夫人ことサラ・カロトバウンである。


「今日も平和ねぇ……ケビンが学院に行きだして暇な時間が増えたわね。所用も終わって王都にいることだし、久しぶりにマリーの所へお邪魔しようかしら」


 そんな優雅なひと時を過ごしていると、ドアを叩く音がした。


(コンコン)


「奥様」


「入りなさい」


「失礼します。春先にありました事件の唯一の生き残りである、魔術師の足取りは未だ掴めておりません」


 リビングへ入ってきたのは、執事のマイケルであった。


「そう……心残りではあるのだけれど、仕方ないわね」


「如何致しましょうか?」


「これだけ探して見つからないなら、もう王都近辺にはいないのでしょう。国外へ出ている可能性の方が高いわね。調査の優先順位を下げて構わないけれど、適度に情報収集はしておいて」


「かしこまりました。そのように手配いたします」


「それと、王宮に使者を出して、マリアンヌ王妃に面会が出来るか、お伺いを立ててもらえるかしら?」


「至急、取りかかりたいと思います」


「そんなに急がなくても大丈夫よ。まだ午前中ですから」


 サラとしては、もう少しこの優雅なひとときを満喫しようとしていた。


「それでは、失礼します」


 マイケルがリビングから退出しようとした時に、それは起こった。突如、誰かの威圧に包み込まれた。


(これは……ケビン様……?)


 マイケルが不審に思っていたら、サラの意味深に笑う声が聞こえた。


「ふふっ……」


「奥様?」


「マイケル、王宮への話は無しよ。今から、学院に向かうわ」


「ならば、馬車を用意しましょう。しばしお待ちを」


「必要ないわ。この状況だと馬もろくに使えないでしょうし。自分の足で行くわ」


「承知しました。使用人たちはどのように?」


「いつも通りで構わないわ。動ける人だけ動きなさい。動けない人は休ませてて問題ないわ。では、行ってくるわね。後のことは任せるわよ」


「御意に」


 それからサラは愛用の細剣を片手に邸宅を出て、貴族街から学院へと向かうのであった。


「酷い有様ね……これは少し急がないといけないかしら?」


 辺りには被害を受けたであろう、貴族の使用人たちが転がっていた。


(この様子だと大通りは悲惨な有り様ね。あの子を怒らせるなんて、いったい何をしたのかしら?)


 なおも進み続けるサラが大通りに差し掛かると、意識を保てていたのは上級冒険者と見受けられる者たちだった。


「おい、動けるやつは倒れているやつの救護にまわれ! 火事場を狙うヤツらにも目を光らせろよ!」


 指揮を取っているのはガタイのいい冒険者だった。彼を中心に動けている冒険者は、一般人の救助に当たっていた。


(ここら辺だと威圧も弱いから被害は一般人だけね)


「なぁ、あんた。動けるなら手を貸してくれないか? この状況で動けるなら、元冒険者だろ?」


「そうしてやりたいのは山々だけど、あいにく学院に行かないといけないのよ」


「学院に何かあるのか?」


「あら、わからないのかしら? 中心地は学院よ?」


「何だと!? これが学生の仕業とでも言うのか!?」


「そのまさかよ。だからこれから向かうの」


「あんただけで何とかなるのか? 手助けはいるか?」


「何とかするのが母親の愛よ。だから手助けは必要ないわ」


「母親だと……あんたの子供が、この状況を引き起こしているのか?」


 関係者だと知り、冒険者の纏う雰囲気が少しだけ変わった。


「そうよ。私の可愛いケビンの力よ。あなた、まさかケビンに何かする気じゃないでしょうね?」


 不穏な空気を纏った冒険者に対して、サラは威圧を放った。


「くっ!」


「何かしようものなら命はないわよ。まだ死にたくはないでしょ?」


「わ……わかった。今の話は墓場まで持っていく。だから、威圧を解いてくれ……」


 冒険者に放っていた威圧を解くとサラが尋ねる。


「男に二言はないのよね?」


「あぁ、二言はない。あと、あんたの名前を聞いてもいいか? これ程の威圧を受けたのは初めてだ」


「サラよ。それじゃあね、冒険者さん」


 それだけ言ってサラが、学院に向かって立ち去っていった。


(……サラ?……まさか、【瞬光のサラ】かっ!?)


 自分がとんでもない人物と会話していた事に気づき、サラが立ち去ったあとを呆然と見つめるのだった。


 それからサラが、漸く学院に到着すると、辺りには轟音が鳴り響いていた。


「あらあら、はしゃいでるわね」


 そのまま轟音が鳴り響いた方へ歩みを進めると、開けた場所で倒れている3人とケビンが目に入った。


「3人がかりでもケビンを止められなかったのね。ちょうどいいタイミングだし、ヒーローっぽくケビンを止めようかしら? アインも足を切られるのはさすがに痛いでしょうしね」


 そして、カインの叫び声が辺りに響き渡った。


「やめろーーっ!!」

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