第87話 ヒーロー(?)は遅れてくるもの

 大切な弟が大切な兄を殺すかもしれない。そう思った時には、カインは既に叫んでいた。


「やめろーーっ!!」


 叫ぶカインの声のあと、静かなフィールドで響いた音は、兄を弟が斬った音ではなく剣戟の音に似ていた。


 カインは不思議に思い逸らした目を元に戻すと、そこには1人の女性が立っていた。


「あらあらあら、危ないところで丁度いいタイミングだったわね。貴方たち仲がいいからってあまりヤンチャしちゃダメよ? そこら辺、ボコボコになってるじゃない」


 遅れてきたヒーローの如くベストタイミングで登場し、ケビンと相対していたのは何を隠そう母親のサラであった。


「か……母さん?」


「カイン? 惚けてないで、シーラを起こしてあげて?」


 返された言葉にハッとして、シーラの元へ拙いながらも駆けつける。傷は浅いようだが、魔力の消耗が多かったのか憔悴したままだった。


「《ヒール》」


 カインは、数少ない使える魔法の中に回復魔法があったので、すぐさまシーラに向けて行使する。


 この時ばかりは、回復魔法を覚えていて良かったと思った。あまり使う機会がなくて持ち腐れとなっていたが……


 シーラの傷口は徐々に塞がっていき、意識をハッキリと覚醒させていった。


「ぅ……ん……兄様?」


「あぁ、俺だ。すまないな拙い魔法で」


「そんなことないわ。ありがとう。それより、ケビンは?」


「今、母さんと対峙している」


「えっ?……母様!?」


 シーラの向けた視線の先には、いつも通りのサラの姿があった。ケビンはもう後退しており、2人の間には一定の距離が保たれていた。


「シーラ? 元気になったの? なったならアインを回収して欲しいのだけれど。このままじゃ、巻き添えをくってしまうわ」


「でも……まだ体の自由が効かなくて」


「水魔法を使えば、何とかなるでしょ?」


「魔力が……もう……」


「仕方のない子ね。ケビンと遊べるからってはしゃぎ過ぎよ」


「だって……ここまで強いとは思わなかったし……全力でぶつかっても勝てないのは、母様以来だし。少し楽しくて……つい……」


「まぁ、いいわ。カイン、受け取りなさい」


 サラは片手で軽々とアインを掴みあげると、あろう事か投げたのだった。


「「えっ……?えぇーっ!?」」


 シーラはあまりの出来事にオロオロし、カインは慌てて受け取ろうとするも失敗し、結果的に自らを下敷きとして体を張って受け止めたのだった。


「カインはまだまだね。私がいないからって、鍛錬サボってるんじゃないの? 男ならちゃんと受け止めなさい」


「いてて……サボってないよ。母さんが異常なんだよ。女なのに兄さんを片手で投げるって……母さんこそ全然女らしくないよ」


「あっ……」


 シーラは思った。『死んだな……』と。


 サラの絶対零度の威圧が周囲に放たれた。この時はケビンが動き出そうとしていたので、牽制の意味で使ったのだが、ちょうどいいと思ってあたかも先程の件で使った風を装った。


 当然、それに該当する人は見事に騙されるのである。


「……カイン? 少し会わない間に、口が悪くなったのね。不良になったのかしら? 母さん悲しいわ。これは、教育的指導が必要よね? シーラもそう思うでしょ?」


 いきなり飛び火してきて巻き込まれたシーラは、物凄い速さで首を縦に振り、頷くことしか出来なかった。


 その時カインは、自分の失言に気づき後悔するが、助けを求めてシーラへ視線で語りかけると、今度は全力で首を横に振るシーラの姿があった。


「あ……あのね、母さん。さっきのは言葉のあやというやつで、本気でそう思ってるわけじゃないよ。母さんは、いつも素晴らしくて素敵な女性だと思うよ」


 サラから直接しごき教育があると言われ、必死になってよいしょしだすのだが、サラ自体は遊び半分で揶揄っているだけなので、今の状況を楽しんでいた。残り半分が何なのかは定かではないが。


「そうなの? 女らしくないって言ったり、素晴らしくて素敵な女性って言ったり、カインは自分で落としておいてフォローするなんて、将来はジゴロでも目指しているのかしら? タラシなの!? コマシなの!?」


 ここぞとばかりに追い打ちをかけて、カインを揶揄うのだが、当のカインは揶揄われることよりも、しごきのことの方が重要であった。


 何としてでも回避したいと願う一方で、回避は無理だろうと諦めの境地も持ち合わせていた。


 そんなやり取りの中、我関せずのケビンが動き出した。空気を読まない瞬撃である。


 当然、サラもただ子供たちと語らっていただけではない。ケビンの動きを察知すると、それに合わせて自身も動く。


(キンッ)


 突如切り結ぶ音が響くと、カインとシーラは瞬く間に2人が動いていた事実を認識した。


 幾度となく響きわたる剣戟に、子供たちは遥か高みにある者たちの戦いを目にするのだった。


「腕を上げたわね、ケビン。お母さん嬉しいわ。貴方はダラダラ過ごすのが好きって言ってるけど、陰ながら努力しているのを知っているのよ?」


「……(ピクッ)」


 ケビンが距離を取り、放たれた魔法がサラに襲い掛かるが、難なく剣で斬り裂いていく。


 次はお返しと言わんばりに、サラから動き出しケビンの背後をとる。


 突き出された細剣に対し、ケビンの取った行動は同じく突きであった。寸分の狂いもなくサラの突きに併せ、先と先がぶつかり合う。


 拮抗する力の奔流ではあるが、ケビンは物理的な意味で剣を所持しておらず、魔法で創り出したものだ。


 対してサラは、細剣を所持していたが、ケビンの魔法剣に比べれば耐久力は決まっているようなものなので、魔力で覆ってカバーはしていたが、近接タイプのサラより、オールラウンダーのケビンの方が魔力量が上で、ジリ貧になると考えていた。


 一旦、距離を取り仕切り直すが、時間を掛ければ掛けるだけ自分の方が不利になるとサラは見込んでいた。

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