第85話 壮大なる兄姉弟喧嘩

 ケビンが左手を前に出し窓側へ向けると、無詠唱で魔法を発動した。その瞬間、ケビンの左側の構造物は爆発を起こし、跡形もなく崩れ落ちた。


(パラパラ……)


 僅かに残る瓦礫は下へと落ちていき、煙が晴れた頃には何もない青空と敷地が見えた。


 ケビンはそこから外へと飛び出した。


「――っ! ケビンを追え! 何としてでも止めるんだ!」


 アインの叫びに我に返るカインとシーラ。アインはすかさず後を追い、二人もそれに続いた。


「ケビン、ごめんね。後でお姉ちゃんも一緒に逝くから。むこうで遊ぼうね。《氷河時代の顕現アイスエイジ》」


 ケビンの周りを冷気が包み込む。一面を凍りつかせケビンの足を捕らえた。


「兄様、今のうちに!」


 カインが斬りかかる瞬間、ケビンが顔を向けた。


「――!」


 大事な弟を斬るという行為に加え、無機質ながらも顔を向けられれば、当然の如く躊躇いが生まれる。それが仇となり大きな隙を生んでしまった。


「……」


 ケビンが自らの右手に風の刃を作り出し、カインの斬撃を受け、そのまま斬り返す。


「くっ!」


 カインとしては斬られた感触がないのだが、服は裂けうっすらと血が滲んでいた。


「兄さん、不味い……ケビンの手加減がない分、強すぎる。それにあんな魔法見たことがない。風の剣か? あれはさすがに破壊できないぞ」


「先程の爆発といい、風の剣といい、ケビンには魔法を創り出す技術があるようだね。少なくとも今の段階で、《火》と《風》の属性持ちだ。相性のいい属性だから、威力が跳ね上がる火魔法に気をつけるんだ」


「火魔法がきたら私の水魔法で抑えるわ。その隙を狙って兄様は攻撃して」


「僕も魔法で援護しよう。近接はカインに任せるよ」


「わかった。何とか隙を見つけながら、戦ってみる」


 視線を向けるとケビンは、既に氷の拘束から解き放たれていた。拘束された状態で斬り返されたのだから、今の状態がどれ程危ないものか想像に難くない。


「ケビン、久々に兄ちゃんと剣の稽古でもしようか?」


「……」


「本気でやり合うのは、これが初めてだな。行くぞっ!」


 カインは瞬時に間合いを詰め袈裟斬りにする。先程までの躊躇いはなく、本気で斬りつけていた。


 しかし、カインの斬撃は空を斬った。そこにケビンの姿はない。


「兄様、後ろっ!」


 本能からか危険を感知し、無様ながらも前に転がり難を逃れる。ケビンの斬った跡は、地面を容易く斬り裂いており、威力の違いをまざまざと見せつけられた。


「ハハッ……ヤバイなこりゃ。勝てる気がしねぇ」


「《アイスアロー》」「《ライトニングアロー》」


 すかさず援護射撃の魔法が飛ぶ。2人の詠唱省略でカインの隙をなるべく無くす作戦だった。


「……」


 ケビンが左手を翳すと、飛んできた魔法の矢がケビンに当たる前に形を失くして消えた。


「嘘でしょ……」


「これは……かなり不味いね」


 2人は今までにない経験をしていた。魔法で打ち返されて相殺されるのではなく、手を翳しただけで魔法を打ち消されたのだ。


「そう言えば、去年の闘技大会で、両陣営とも魔法の失敗が目立ってたけど、あれはケビンの仕業だったのかい?」


「私もその時は多分そうじゃないかなと思ってたんだけど、実際に目の当たりにすると、とても信じられないわ。新入生相手だったから出来たのだと思ってた」


「まぁ、事実を受け止めるしかないよね。僕たち相手にやってのけるんだからさ」


「なぁ兄さん、剣も通じない、魔法も通じないって、もう、詰んでないか?」


「それでも、何とかやるしかないよね。ケビンのためにも。それに、最初のシーラの魔法は打ち消してなかっただろ? 何かそこに突破口があるんじゃないかな?」


「それならお兄様、広範囲魔法で攻めてみては? 局所的に狙うのではなく、全域的に狙ってみるのはどう?」


「そうなると、カインにとばっちりがいかないようにしないとね」


「俺は適宜逃げながら攻めるから、気にせず好きなだけ放ってくれ」


「じゃ、そういうことで第2ラウンド開始といこうか!」


 3人とも最初はケビンを殺さなくてはいけない事に悲観していたが、今となっては、何をしても勝てそうにない相手へ、試行錯誤しながら戦うことに楽しみを感じていた。


 そもそも、同年代相手に全力でぶつかれず、適度に手加減をしなくてはいけなかったせいもあり、今の現状は全力でぶつかってもちゃんと受け止めて貰えるので、久々の高揚感に心が満ちていた。


「《ウォーターストーム》」「《ライトニングストーム》」


 水と雷で逃げ場のない感電地獄を作り出すと、カインは近づくに近づけず手持ち無沙汰になるのだった。


「これは、攻めあぐねる状況だな。こんなことなら、俺も魔法をもうちょっと頑張っておけば良かった。暫く見学だな」


 そんなカインだからか他の2人とは違い、視線の先にある違和感に気づくことが出来た。


(あれ? ケビンがいないような……?)


 視線の先には水雷の嵐が巻き起こっていたが、肝心のケビンの影が見えない様な気がした。


 気配を探っても探知することが出来ず、何とも言えない不安感が募っていく。


「兄さん、ケビンが探知出来ない! 恐らくそこにはいないぞ!」


「何っ!?」


 3人が猛威を振るう嵐に視線を向け、隙を晒してしまう。ケビンがそれを見逃すはずもなく奇襲をかける。


「……」


 魔力の高まりを感じた3人が、そこへ視線を向けると同時に、ケビンの魔法が発動した。


(キラッ)


 光を発したその刃は、数ある内の1つに過ぎなかった。3人が見上げた先には、無数の刃が宙に浮いており狙いを研ぎ澄ませていた。


「――っ! 《アースウォール》!」


 ケビンが左手を振り下ろすのと、アインが障壁を詠唱したのはほぼ同時だった。


「シーラ! 僕だけじゃ耐えられない。援護してくれ」


「《アイスウォール》!」


 土の壁を覆うように氷が張り付いていき、補強を施していく。それでも光剣の猛攻は収まらず、次々と迫る光剣に削られては、生成と補強をし直すというイタチごっこと化していた。


「ケビンは《光》属性も使えたんだね。これで3属性持ち。先が思いやられるね」


「お兄様、後先考えてはケビンに勝てないわ!」


「ハハッ、妹に苦言を言われる日が来るとは」


 今もなお、ガリガリと削られていく障壁。圧倒的物量の前には、如何に2人がかりの魔法といえど為す術もなく、次第に障壁は押され始めていた。


「もう、持ち堪えられないぞ」


「お兄様、頑張って耐えてっ!」


 次々と迫りくる光剣に、とうとう障壁が崩れ去った。残りの残弾が一気に押し寄せて辺り一面に突き刺さっていく。


 漸く光剣による猛威が去り、吹き荒れる土煙が次第に晴れていくと、3人とも倒れていた。


 唯一、2人と離れていたカインだけが、受けたダメージが少なくて、何とか先に身体を起こすことが出来ていた。


「くっ……ケビンは何処だ? 兄さんたちは無事なのか?」


 そこら辺を見てもケビンの姿を捉える事が出来ず、不安と焦燥が押し寄せる。


「う……うぅ……」


 声がした方へ視線を向けると、シーラが何とか体を起こそうとしていた。シーラの無事を確認したあとアインへ視線を向けると、そこには無機質な顔で佇むケビンがいた。


「兄さんっ!!」


 ケビンが風の剣で、今にも斬りつけようとしている中、何とかして動こうとカインは足掻いたが、先程のダメージが抜けきれておらず、上手く動けずにいた。


 ケビンの右手が振り下ろされ、最悪の事態を想像してしまい、カインは堪らずに叫んだ。


「やめろーーっ!!」

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