第80話 偶にある憂鬱

 あれから数日が経過し、誘拐されていた生徒たちも事情聴取が終わり学院へと戻ってきたが、事件に巻き込まれた心のケアのため、授業参加の免除が取り計らわれた。しばらくは、休養を取りつつカウンセリングを受けながら、通常の生活に戻していくそうだ。


 事件の黒幕たちは処刑が言い渡され、貴族の者は爵位剥奪に領地没収、一般市民へと落とされた。家族は事件に関与しておらず、罪に問われることはなかったが、最低限の私財以外は没収されており、これからの生活は180度変わったものになるだろう。


 伯爵の領地は、引き継げる者がいなかったために国の直轄地となり、その後の領地経営にも支障は出ないようだった。領民も安心して暮らせるというものだ。


「はぁ……」


「どうしたの? 溜息なんてついて。幸せが逃げちゃうよ?」


「お前がそんなメルヘンチックな事を言うなんて、世も末だな」


「人がせっかく心配してあげたのに、酷い言い草だね」


「どちらかと言うと現実主義者だろ? そんな奴から言われれば、そう返したくもなる」


「それで、何で溜息なんてついたの? 悩み事?」


「学院生活にも飽きてきたなと思ってな。いっその事辞めてしまうかと思ってたんだよ」


「飽きてきたって……まだ2年も経ってないんだよ? いくらなんでも早過ぎない?」


 そりゃ普通に考えれば2年だろうが、こちとら前世でも学校行ってたし、今更四則演算なんて真面目に受けてられるかよ。


「そういえば、専攻科ってないのか?」


「あるよ。中等部からだけど」


 あと2年以上も先になるじゃないか。早く初等部を終わらせたい……


「先は長いなぁ……」


「まぁ、今は学生気分を謳歌するしかないよ。ちなみに、そんなにつまらないんだったら、闘技大会でひと暴れしたら? 今年もあるんだし」


「相手が弱すぎて、逆にストレスが溜まる。手加減しなきゃいけないからな。お前だってそうだろうが?」


「それは分かるけど、上位クラスの生徒相手なら、手加減しなくてもいいんじゃない?」


「そいつら相手でも、手加減しなきゃいけないんだよ」


「ケビン君ってどこまで実力隠してるの? 上位クラスの生徒相手に手加減って中々ないと思うよ?」


「さあな。まともに本気出して戦った相手がいないからな。どの位強いのかなんて知らない」


「それがあるから、闘技大会にやる気を出さないのね」


「それは違う。ただ単に面倒くさいからだ。他意はない。はぁ……家でゴロゴロしていたのが懐かしい。あの頃に戻りたい……」


 ふと空を見ると今日も快晴だった。平和だなぁ……


「こりゃ、重症だね。ゴロゴロしてて親に怒られなかったの?」


「母さんは基本的に俺に甘いからな。父さんは領地経営で忙しくて偶にしか会話しないし、兄さんや姉さんも寮に住んでて、会うことなんてほとんどなかったしな」


「なんて言うか、その環境が今の君を生み出したんだね。ちゃんと指導してくれる人がいたら、少しは変わってたかも」


「それはないぞ。間違った事をすれば当然怒られる。俺は間違った事をしてなくて、怒られなかっただけだ」


「凄い暴論だね。ゴロゴロするのが間違った事とは見なされないんだ」


「子供は寝るのが仕事だろ。何の疑問がある?」


「そこに何かを学ぶというのは、含まれていないんだね」


「学ぶべきものは学んでるさ。それが少なすぎるだけだ」


 そこでチャイムが鳴った。


「お昼だね。今日もお姉さんと?」


「さあな。最近は控えめになってきているから、来るかはわからんぞ」


「でも、噂をすればなんとやらだね。あそこに立ってるのお姉さんとそのお友達でしょ?」


 教室の入口に姉さんとターニャさんが立っていた。以前のように、躍起になって捕まえに来ないあたり成長しているようだ。


「じゃーな、飯に行ってくる」


「またね」


 席から立ち上がり姉さん達の方へと向かう。


「ケビン、お昼を一緒にとりましょ?」


「姉さんも大分大人しくなったね。淑女に見えるよ」


「以前はどう見えてたの?」


「前にも言ったろ? お転婆を通り越して、獲物を見つけた野獣だよ」


「やっぱり野獣なのね……」


「さあさあ、時間は有限ですわよ。早くお食事に参りますわよ」


 シーラがこれ以上追い打ちをかけられないように、上手く話を逸らしていくターニャであった。


 カフェテラスで食事を摂っていると、話題は必然的に次の闘技大会についての事になった。


「もうすぐ闘技大会ですけど、ケビン君は勝ちに行きますの?」


「それはないと思いますよ。参加自体が面倒くさいですし、上位クラスにも興味ありませんから」


「それは残念ですわね。ケビン君の戦う姿が見てみたかったのですけど。前回は目で追えない速度で決着しましたし」


「ターニャさんが言うなら、少しくらいは戦ってみてもいいですよ」


「ターニャばっかりズルいわ。私の為にも戦ってよ」


「姉さんは戦う姿を見たことあるだろ?」


「数えるくらいにしかないわ」


「それでも、ターニャさんより多いだろ? それにいつも2人は一緒にいるんだから、どっちみち見れるよね?」


「それは……そうだけど……」


『マスターは女心がわかってないですね。鈍感系主人公でも狙ってるんですか?』


『そんなものは狙ってない。どっちみち一緒に見るんだから変わらないだろ』


『はぁ……』


 何故に呆れる? 効率的に一緒に見る方が楽だろ? 俺もわざわざ別で戦わなくて済むのだから楽だ。win-winじゃないか。

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