第79話 模擬戦

 あれから騎士を呼んで後始末を頼むと、快く引き受けてくれた。母さんの前でかなり萎縮していたが、城で一体何があったのだろうか?


 次はローブの男だが、全くと言っていいほど情報がなかった。捕まえた連中も居場所は知らないらしく、使い物にならない。


 日頃の連絡はあの倉庫に目印を付けてやっていたそうだ。目印を付けると、いつの間にか現れて、用件が済めばまた消えるといった感じだったらしい。


 ローブの男が見つからない時点で、今回の誘拐事件は一旦の終息を迎えた。俺たちも居場所がわからないのであれば、する事はもちろんなく帰路へとついた。


「なんか煮えきりませんわね」


「仕方ないですよ。見つからないものはしょうがないですし」


「それなら空いた時間で、母様と模擬戦でもしたら? やりたかったのでしょ?」


「それはいい考えですわね。サラ様、模擬戦をして頂けるでしょうか?」


「別に構わないわよ? シーラの親友だし、ケビンもお世話になっているみたいだから」


「ターニャさん、止めておいた方がいいですよ」


「何事も経験ですわ。元Aランク冒険者と戦えるなんて、滅多にありませんもの」


 ターニャさんの向上心は見上げたものだが、今回は相手が悪い。確実に母さんに遊ばれるだろう。


 プルプル震えているのを見るのが好きって言ってたしな。やり過ぎて惨事にならなければいいのだが。


 そんな会話を続けていたら別宅へと着いたので、そのまま庭に移動することになった。


「では、サラ様。模擬戦のお相手をお願いしますわ」


「いつでもいいわよ? ターニャちゃんのタイミングで来なさい」


 2人は木刀を構え、ある程度の距離をとる。ターニャはジリジリと間合いを詰めていたが、サラは気にもしていなかった。


 次の瞬間、一気に駆け出したターニャが木刀を振るう。サラは意に介さず軽々とあしらい、暫くは打ち合いが続いた。


「母様はさすがね。ターニャは頑張っているけど、まだまだ母様を本気にはさせられないわね」


 俺と姉さんは邪魔にならない場所で、二人の模擬戦を観戦していた。


「仕方ないよ。母さんを本気にさせるには骨が折れるからね」


「でも、ケビンなら出来るでしょ?」


「本気でやれば出来なくはないけど、母さんに怪我して欲しくないし、慌てさせるだけで充分だよ」


「私がやっても慌てさせる事すら出来ないのだから、ケビンはやっぱり自慢の弟よ」


 姉さんと世間話をしつつも試合を見ているが、一向に事態が動くことはない。それでも、なんとか食らいつこうと、ターニャさんが頑張っているのを見ると、不思議と応援したくなってくる。


「ターニャさん、頑張って!」


 ターニャが思わず声に反応して、ケビンの方をチラッと見た隙を、サラは見逃さず、木刀を握る手に力を入れて少し強めに振るった。


 視線を戻したターニャは、すかさず木刀で防いだが、威力を殺しきれずに後退を余儀なくされた。


「今のはケビンが悪いわね。ターニャが隙を晒したわ」


「えっ!? 俺のせいなの?」


「そうよ。いきなり応援するんだもの。ビックリするわよ」


 えー、理不尽な……


「いや、これくらいで隙を晒した、ターニャさんにも非はあるでしょ」


「それもそうね! 応援くらいで隙を晒す方が悪いわね」


「結局どっちなんだよ……」


 一旦距離が離れたせいか、膠着状態へと移行した。サラは余裕なので相手待ちの状態ではあるが。


「ターニャちゃん、筋がいいわね。頑張って訓練を続けていれば、強くなるわよ」


「お褒めに預かり光栄ですわ。でも、サラ様が全然余裕なのを見ると、自分の筋がいいかなんてわかりませんわ」


「頑張ったターニャちゃんにご褒美をあげるわね」


 嫌な予感がする。あの笑顔はイタズラする時の笑顔と一緒だ。


「どこまで耐えれるか楽しみね」


 その言葉が終わるや否や、絶対零度の威圧が辺りを包み込んだ。手加減して放っているのか、ターニャは額に汗を滲ませる程度で耐えていた。


「くっ、凄いですわね。シーラ以上ですわ」


「当然よ、まだまだシーラに負けるつもりはないですから。どんどん上げていくわよ」


 母さんも容赦ないな。既に動ける状態にないのに、威圧の強さを上げていくつもりなのか。多分、プルプルしてる姿が見たいんだろうな。終始笑顔だし。


 そんな事を考えていると、ふと手を握られる感触があった。視線を向けると姉さんが俺の手を握っていた。


「どうしたの?」


「こうしていると落ち着くから、これからペースアップする母様の威圧にも耐えれるわ」


「姉さんなら普通に耐えられるでしょ? まだ序の口なんだし」


「久しぶりに浴びると、余裕がなくなるのよ」


 試合に視線を戻すと母さんと目が合った。うん、あれは確信犯だな。イタズラの対象に姉さんも追加されたようだ。


「少し強めにいくわよ。頑張りなさい」


 とうとうターニャさんがプルプルしだした。産まれたての子鹿だな。母さんも割と満足しているようだし、終わりかな?


「さらに強くするわよ」


 まだやるの!? ターニャさん立ってるのが辛そうなんだけど。あっ、姉さんの握ってる手が震えだした。


 止めるべきか、見守るべきか判断に迷うな。これ以上、強くなるなら殺気も上乗せさせてくるだろうし、というか、そこまでやりそうなんだよな。本人は至って楽しそうにしているから。


「くっ……」


 とうとうターニャさんが膝折れした。よく頑張った方だと思うよ。姉さんの方はまだ大丈夫みたいだな。


「ターニャちゃんはここまでかしら? シーラはまだ耐えているようだけど」


「頑張ってまだ耐えているようだよ。手は震えているけどね」


「どうせならシーラにもプルプルして欲しいわ」


「私は……プルプル……なんて……しないわよ」


「そう? そんなこと言ったら是が非でも見たくなっちゃうわ」


「程々にね、母さん」


「わかってるわよ。母さんも最近使う事が増えてきたから、手加減が上手くなったのよ。見ててね」


 そう言った母さんは、威圧の上に殺気を乗せてきた。これはダメだな。姉さんじゃ耐えれないだろう。


「くっ……」


 予想通り姉さんまでもがプルプルしだした。母さん相手に煽るからそういうことになるんだよ。嬉々としてノってくるから言葉は選ばないとね。


 姉さんを見ていたせいか、もう一人の事を完全に忘れていた。そして、止めるべきタイミングを見逃したせいで、惨事となってしまった。


「ぁ……」


 その声の主に視線を向けると、ターニャさんが湯気が出そうなくらい顔を赤くして俯いていた。うん、これは漏らしたね。流石に不味い。


「母さん、もう終わりだよ」


 ターニャさんの方へ歩きながら、母さんへ威圧を止めるように促す。その行動で、母さん自体も気付いたようだ。すぐさま威圧は解かれ、ターニャさんの方へ歩いてくる。


「ターニャさん、立てそう?」


「ターニャちゃんごめんね。シーラが意固地になるから、つい殺気を混ぜちゃったのよ」


 2人して声をかけるが、当の本人は俯いたままだった。


「母さん、タオルを持ってきて。あと、カレンさんに着替えと湯浴みの用意をさせておいて」


「わかったわ。ケビンはここをよろしくね」


 母さんが家の中に入っていくのを見送って、再びターニャさんに声を掛ける。


「ターニャさん、今回の事はすぐに忘れた方がいいよ」


「わ、忘れられませんわ。よりにもよって、ケビン君に見られたんですもの」


「俺は気にしないですけど?」


「気にしないのもどうかと思いますけど、私が気にするのですわ。年上としての威厳が地に落ちましたわ。汚いですし……」


 そう言ってまた俯いてしまった。それに少し涙ぐんでた気がする。


「汚くなんてないですよ。それに、漏らしたぐらいじゃ、ターニャさんを嫌いにはなりませんよ」


「ほ、本当ですの?」


「本当ですよ。ですから元気を出して下さい。元気いっぱいで年上のお姉さんみたいな、いつものターニャさんが好きですから」


「出来ればそういうことは、普通の時に言って欲しかったですわ。今だと恥ずかしさマシマシですわ」


 確かに人前でお漏らししたら恥ずかしいよな。まぁ、普通に喋れるようになっただけでも良しとしよう。


「ところで姉さん。少しづつ距離を取って、家の中に入ろうとしているのは何故かな?親友が大変な目に合ったんだから、声ぐらい掛けないとダメだよ」


「こ、声は掛けようとしたのよ? でもね、カレンの手伝いをした方が良いかもと思って」


「カレンさんはパーフェクトメイドだから、手伝わなくても大丈夫だよ。それより、こっちに来たら?」


「そ、それは遠慮しておくわ。それより母様の手伝いをしてくるわ」


「母さんはタオルを取りに行っただけだから、すぐに戻ってくるよ」


「そ、そうだ! 湯上りのお菓子の準備でもしておくわ」


「姉さん?」


 少し語尾を強めにすると、シーラは観念したようだった。


「だ、だって、ケビンの前でお漏らししたなんて、知られたくなかったんだもん。お姉ちゃんの威厳がなくなっちゃう」


 やっぱりか……ターニャさんに声を掛けた辺りでソワソワしだしたから、確実にやってると思ってたが。


「隠れて平然を装おうとしても無駄だよ。姉さんがお漏らししたのは気づいていたから」


「どうして!?」


「あからさまに、挙動不審になっていたからだよ」


「うぅ……恥ずかしい……」


 そんな会話をしていると、母さんがタオルを持って戻ってきた。


「あらあら、少し居ない間に、2人とも顔が真っ赤になっているわよ?」


「母さん、2人を揶揄うのは後にして。今は、湯浴み優先だよ」


「そうね。湯上りに揶揄うとしましょう」


 言った俺が言うのもアレだが、揶揄うのは確定事項なんだな。


 それから、2人は一緒に湯浴みをして、風呂上がりには予定(?)通り母さんに揶揄われ、顔を真っ赤にしていた。母さんも楽しいのか、終始笑顔が絶えなかった。

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