第27話 謁見の結末

 謁見の間を覆うほどの絶対零度の威圧が辺り一面を包み込み、整列していた騎士たちは腰を抜かし、騎士団長ですら体の震えを止められなかった。気丈にも腰を抜かすということがなかったのは団長故の矜恃か。


 そのような中で周りの者が次に目にしたのは驚愕の現場だった。王女の首に鞘付きではあるが、剣が当てられていたのだ。王女は自分の首に伝わる冷たい感触に恐怖する。


「ひっ……!」


 そんな王女の足元からは温かい湯気のようなものが立ち上がる。


「あらあら、はしたないわね。粗相をしてしまったのかしら? 後でお着替えをしないとね」


 先程の威圧は既になく、謁見の間にいる者全てが自由に動けるようにはなったのだが、誰1人として動こうとはしなかった。いや、できなかった。


 そのような中で、国王が気丈にも動いて言葉を発した。


「す、すまぬ、夫人よ。そなたが来る前にも粗相をしないように注意をしていたのだが。儂に免じて許しては貰えないだろうか?」


「ふふっ、粗相とは発言のことかしら? それともお漏らしのことかしら? それにあなたに免ずるならその首へ代わりに刃を向ければよろしくて?」


「もちろん、それで我が娘が助かるなら喜んで差し出そう」


「それとついでに申し上げるけど教育がなってなくてよ。この娘は私が入場した時点で敵意を向けていたのだから。あとはそこで今にも腰を抜かしそうな団長さんね。あなたも敵意を向けたわね?」


「それはまことかっ!?」


「私が嘘をつくとでも? 大体、騎士団のことを卑下されたくらいで感情が揺さぶられるなら精進が足りなくてよ? 団長さんを含めて誰が私の行動を阻止することができて? ちなみにこの剣は入口の甲冑から持ってきたものよ。あそこまで行って戻って来るのに誰も反応できていないんですもの」


 その言葉に皆が入口の甲冑を見ると、確かにサラが言う通りで片方の甲冑から剣がなくなっていたことに驚愕とするのである。


 一体いつの間に取りに行ったのか……騎士たちは目視することができないほどの実力差を改めて実感するのだった。


 そのような中で、沈黙を守っていた王妃がサラへ言葉をかける。


「ごめんなさいね、サラ夫人。貴女の強さをどうしても知って欲しくて、あえて娘の行動を止めなかったのよ。私にとって貴女は英雄みたいなものだから強さは知っているのだけれど、娘は貴女の現役時代を知らずに生まれてきたものだから下に見ていたのよ。私からしてみればそれは許されざる行為よ」


「今回はマリアンヌ王妃にしてやられたということね。貴女は貴族の時から護衛もつけずについて来ていたから……1度決めたら変えないのは昔のままね」


 そこで王女に突き付けていた剣を下ろすと、王女は自分の首から剣がなくなったことに胸をなで下ろすのである。


 そして王妃からの忠告があったのにも関わらず、失態を仕出かしてしまった自分への後悔が今更ながらに襲いかかってくるのであった。


「今となっては懐かしいわ。貴女に武勇伝を聞くのが日々の楽しみでしたもの。昔のよしみで今回は娘にお灸を据えて欲しかったのよ」


「お灸を据えるのに私を使ったらトラウマものよ? 大丈夫なの? まだ小さいのに」


「いいのよ。これもひとつの社会勉強だわ。権力がいくら強くても世の中にはどうしようもない力が存在するのだもの。貴女を筆頭に……」


「それは聞かなかったことにするわ。まるで私が国に逆らってるみたいじゃない。それとこの剣は返しておくわね」


 サラがそう言うと目の前から消えてまた現れた。


 ここにいる者たちには姿がブレた様にしか見えなかっただろう。現れた際には椅子に座りなおし扇子を持っていたのだから。


「用件は済んだのだし、私は帰って構わないかしら?」


 それに答えたのは、国王ではなく王妃だった。


「久しぶりに会えたのだし、お茶でもしたいのだけどダメかしら?」


「息子が家で待ってるのよ? それより優先すべき事項はないわ」


「後日お茶をしに来てくれるなら構わないわ。貴女は昔から面倒くさがりでしょう? 今を逃したら2度と来ないと思うのよ」


「確かに来ないわね。面倒くさいもの……息子といる方が楽しいわ」


「なら少しの時間だけお茶に付き合ってよ。最近の話も聞きたいし、聡明な息子さんの話も聞きたいわ。自慢の子なのでしょう?」


「……分かったわ。本当に貴女は1度決めたら変えないのね」


「ふふっ、それは褒め言葉として受け取っておくわ」


 国王や王女、それに騎士達を差し置いて、2人のお茶会の話は纏まり謁見の儀は終わったのであった。


 そのような中で、国王は思う。


(この儂の首を差し出すという覚悟は何処へ持っていったらいいんじゃ? マリアンヌも仲が良いなら教えてくれても良かったのに……ただの熱烈なファンなだけかと思ってたぞ。ちゃっかりお茶会に誘っておるし。それにしても娘を窘めるのに夫人を使うとは……一歩間違えてたら王家が終わってたではないか)


 こんな王の気苦労は誰も知るよしがなかった。


(はぁぁ……今日は仕事辞めて酒でも飲もうかな……)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る