第26話 謁見の間

 一方その頃、王城の謁見の間ではこれから来る者への対応で稀に見る緊張感に包まれていた。それもそのはず、今から来るのは機嫌を損ねると王家が終わる程の相手だったからだ。


 国王の座る玉座の左には王妃が、更にその左に第3王女のアリスが座っている。今回は特別に当事者であるアリスの同席が許された。


「お父様、本当にサラ夫人は来るのですか? 断る可能性もあったと聞きますが」


「それについては、先方から“今から行くから待ってるように”と連絡が入った」


「自国の王であるお父様にそんな態度を取るなんて、不敬罪も甚だしいです。そもそも待つのは謁見に来た者ではなくて?」


「アリス、言ったはずよ。それを許されるのがカロトバウン男爵家であるサラ夫人なのよ。くれぐれも粗相をしてはなりません」


「私にはそこまで構えるような方には見えないのですが。噂話に誇張がついたのではないですか?」


「あなたも間近で相対すればわかるわ」


「それに、何故謁見者用の椅子が用意されているのですか? 普通は跪いて控えるはずですのに」


「それも相手がサラ夫人だからよ」


「色々と納得がいきません。おかしいですわ」


「アリスよ、あまり駄々を捏ねるようなら退席させるぞ」


(いつもはお優しいお父様からお叱りを受けるなんて、それもこれもサラ夫人のせいです。そこまで謙る必要がないことを証明してみせます! ここには騎士団長に加え騎士たちが控えているですから)


 のちに王女はこの時の気持ちを後悔するのであった。王族であるという下手なプライドは捨て、両親の言うことを聞くべきだったと……


「カロトバウン男爵家、サラ夫人ご入場」


 謁見の間へ続く大きな扉が開かれる……開き続ける大扉の先には紅いドレスに身を包んで、凛とした佇まいのサラが扉が開ききるのを待っていた。


 完全に開いたことを確認したら謁見の間へと入るべく歩みを進めて、静かに少しずつ玉座の前へと近づいてくる。


(やはり、噂は誇張ですね。幾ら強かろうと帯剣すらしていないのですから、臆することはないはずです)


 次第に近づいてくるサラが用意された椅子の横まで辿り着くと、静かに言葉を発した。


「ご機嫌麗しそうで何よりです陛下。本日は出頭命令につき馳せ参じました」


「久しいな、サラ夫人。先ずは座ってくれ」


「わかりました」


 サラは用意されていた椅子に腰掛けると、怪訝な表情を見せている王女を一瞥する。ほんの一瞬だったので王女自身が気づくことはなかったが。


「本日ここへ呼んだのは他でもない、先の襲撃事件について話を窺いたいからだ。あの晩、夫人もご自慢のご子息を連れて会場に参られたであろう?」


「確かにそうですわね。我が子が行きたくなさそうだったので参加しなくても良かったのですが……これもひとつの社会経験と思い、連れ出した次第です」


「体調でも悪くしていたのか?」


「いえいえ、ただ単にお披露目会に価値を見いだせなかっただけです。我が子のことながら中々聡明であるみたいですから。一体誰に似たのかしら?」


 王女はサラの態度にフラストレーションが少しづつ溜まっていく。まるで王族と旧知の仲であるような対応を取っていたからだ。


 更には国の恒例行事であるお披露目会に、価値がないとまで言われてしまったのだ。自分のことは棚に上げて。


「ははっ、これは手痛いな。確かに昨今のお披露目会は親が主役となっていて、子供はそっちのけになっておるからの。参加する前からそこに気づくとは中々の聡明ぶりであるのだろうな」


「そうですわね。一緒に過ごしていても本当に5歳なのか疑ってしまいます」


「それにしてもサラ夫人がそこまで褒めるなら、一度は会ってみたいものだが……今日は連れてきていないようだな」


「あまり王城にも興味を持っていなかったものですから、留守番して貰っているのです。普通なら王城に入れるだけではしゃぎそうなものですけど」


「確かに5歳児とは思えないな。ところで話は変わるが、襲撃の夜は気づいておったのか?」


 キリよくひとつの話題が終わりそうになると、ここぞとばかりに本題へ入るべく話題転換してきた手腕はさすが1国の王であると言えるだろう。


 サラもそれを理解しており何処から取り出したのか扇子を持ち出して、広げてみせては口元を隠す。


「当然、気づいておりましたよ」


「できればその時点で教えてもらいたかったのだがな。危うく我が娘を失うところであったしの」


「あの時はここの護衛騎士があそこまで使えない人材とは夢にも思いませんでしたので。練度が低過ぎて護衛騎士の意味がないのではなくて?」


 この言葉に玉座の近くに控えていた騎士団長がピクリと反応する。それに気づいてかサラが一瞥した。


「それは儂も思ったところだ。あの後に再度意識を高めるべく、訓練に励むように指示したからな。して、あの魔法を放ち我が娘を守ったのは夫人であるか?」


「違いますわ。魔法は得意ではありませんから、私なら直接叩きに向かいますわ。誰か他の方ではなくて?」


「やはりそうか。見事な対処だったから褒美を与えようと思ったのだが……夫人に心当たりはないのか? あの場であの魔法をしてのけた者を」


「存じ上げませんわ。私は我が子が危険に晒されないように傍についておりましたから」


「夫人でもわからぬようであれば探し出すのは諦めた方がよいな」


「そうですわね。騎士の訓練のひとつに人捜しでも入れてみてはどうですの?」


 サラがその発言を終えると、そこで思いもよらぬところから話に割り込んできた者がいた。


 王の許可なく発言することは基本認められていないのに。


「先程から黙って聞いていれば、不敬です! 大体、あの魔法を使ったのはケ――」


 そこで発言は終わったかのように思えたが、実際は強制的に終わらせられた。王ではなく1人の者によって……

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