5-5
*
懐かしい記憶を思い出した。
まだ小学生中学年くらいの時のことだ。
テニスのレッスンが始めるまでの待ち時間にあたしが手持無沙汰で居ると、宗也くんが声をかけて来てくれた。
「美晴ちゃん、一緒にラリーの練習をしようよ」
「え、あたしと?」
「うん。あ、もし良ければだけど」
あたしは懸命に首を縦に振っていた。
コートに出て、一足先に準備運動をする。なかなか同じクラスの子と仲良くなれななかったあたしには、宗也くんの言葉は凄く嬉しかった。
「ご、ごめんなさい下手で。あたし、まっすぐ打つのもまだ苦手で」
「いいよ。ちゃんとした方向に打ち返すのは慣れてるし」
「でもそれじゃあ宗也くんが大変だよ。申し訳ないよ」
「大丈夫。ラリーっていうのは、どっちかがミスしても、ちゃんとカバーすればなんとかなるから!」
宗谷くんの言葉はいつも力強くて、輝いていた。
彼とテニスをしていると楽しかった。時間も忘れるくらいに。
下手くそなあたしにも笑顔で接してくれる。イヤな顔をせずに相手してくれる。
「一生懸命やってたらいつかできるから」
そう言ってくれた宗也くんの言葉を信じて、あたしはひたすらにテニスを続けた。そうして小学六年生になる頃には、それなりに大人の人と打てる程度には上達で来ていた。
これも全て、宗也くんのおかげだ。
諦めないことの大切さ。
やっぱり、彼は凄い人だ。
「宗也くんはいつもあたしを元気づけてくれる。だからお礼しないと」
「いいって、別にそんなの」
「さ、させて、ほしいの。なにか小さなことでも良いから」
珍しく食い下がるあたしに、宗也くんは目を丸くしながらも、いつも通りに笑ってくれた。
うーん、としばらく考え込み、
「じゃあさ。もし俺より上手くなったら、今度は美晴ちゃんが助けてよ」
「え?」
耳を疑った。
どんな冗談かと思った。
「そ、そんな。あたしが宗也くんを超えられる日なんてこないよ」
「わからないじゃんか。美晴ちゃんが急に上手くなるかもしれないし。俺だって、好きなゲームが出たらそれに熱中してテニスのやり方なんて忘れちゃうかもしれない」
「ふふっ。そんなことあるの?」
面白おかしく言う宗谷くんに、自然とあたしの顔も綻ぶ。
「でも、いい案だと思うんだ。どっちかが蹴躓いたらどっちかが助ける。そしてら、どっちが落ち込んでも引っ張ってあげられるでしょ」
ああ、それはなんて素敵なことなんだろう。
どうかな、と言われ、うん、とあたしは力強く答えていた。
幼い頃の、ままごとのような他愛の無い約束。
きっと宗也くんはそこに深い意味なんてなかったし、ただの同級生として仲良く練習していこうっていうのを言葉にしただけに過ぎない。
けれどあたしにとってそれは、テニスを上手くなるための大事なモチベーションになっていた。
「またラリーをしようよ」
「うん」
宗也くんがボールを打ってくる。手前でゆっくりと跳ねたボールをあたしは懸命に打ち返す。フレームに当たって明後日の方向に飛んでいってしまった。
ごめんなさい。いいよ。
宗也くんは、優しく言葉を返してくれる。
やっぱりまだまだ、上手くはいかない。宗谷くんには敵わない。けれど、前よりかは前進している。彼が引っ張ってくれているから。
また宗也くんがボールを打ってきてくれた。
今度こそ、ちゃんと返そうと思った。
*
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます