5-6
扉を開けると、部屋の中には宗也くんが立っていた。
他に誰もいない。
中央に置かれた長机に向かって、宗也くんは壊れたカメラを手にしていた。
菜摘ちゃんは居ないみたいだけど、構わない。用があるのは宗也くんだ。
一度、静かに深呼吸をし、あたしは宗也くんをまっすぐに見つめた。宗也くんも目を見開くようにしてあたしへと振り向く。
瞳に映った宗也くんは、あたしの知っているものよりもひどく弱々しく、なにより人間味を帯びていた。ちょっと足を踏み出して手を伸ばせば、すぐに触れてしまえそうだった。
――あたしの知っている宗也くんは、もう居ないんだ。
焦燥にも似た感情があたしの胸を埋め尽くす。
過去に縋るあまり、過去の宗也くんを今の宗也に重ねようとしていただけなのかもしれない。
あたしはただ、自分の理想を宗也くんに押し付けようとしてただけなのだ。
こうあってほしい、自分の好きな人にはこうで居てほしい、と。
だけど実際の宗也くんはその通りでは居てくれない。
わかっている。
それはもうわかっているはずのに、まだ、僅かな希望にすがろうとしている自分がいた。智幸さんの言っている事は間違いで、あたしの見続けていた宗也くんが、本当の宗也くんなのではないか。あたしは今のままでもいいのではないか、と。
すがろうとしてしまう。
宗也くんは、追いつく事の出来ない憧れだって。
仕方がない。
彼に届かなくても仕方がない。
あたしは彼の後ろを走っているのだから。彼はあたしのはるか前を走り続けているのだから。だからあたしは、出来損ないでも仕方がない。
悲しいほどの、自分への言い訳。
絶対に手の届かない存在を置くことで、自分が至らない時の逃げ道を作っていた。
宗也くんはまさに理想的だった。
あたしよりもテニスがうまく、友達も多く、みんなから慕われていた。
あたしにある全てがあって、アタシに無いものも全てあった。
羨ましさ、憧れがあたしを無意識に宗也くんへと惹きつける。
結局あたしはその瞬間に、自分自身を諦めさせてしまったのかもしれない。
彼を好きだと想う感情は醜い挫折の言葉に変わり、自分を立ち止まらせてしまっていたのだ。
目の前で足を止めている宗也くんのすぐ後ろで、あたしはずっと足踏みしていた。追い越すことができなかった。
だけど、それではダメだ。
終わらせないといけない。
自分の現状に気付いてしまった以上、あたしは前に進まないといけないのだ。
一歩を、踏み出そう。
想いを伝えてしまおう。
過去にすがる自分と別れを告げるのだ。
自分に言い訳を与えてしまう前に、この心が確かに抱いていた想いを届ける。
それで全て終わり。
これからは高校生のあたしになる。
積み重ねた幻想を取り壊した、あるがままの姿に還るのだ。
あたしの瞳には小学生の宗也くんじゃなくて、高校生の宗也くんが映るだろう。ちょっと愛想が悪くて、だけど優しい、天文部の部長の姿が。
そうなると、あたしは彼の事を好きで居るのだろうか。あたしの知らない宗也くんになった姿を見て、もう興味も失くしてしまうのだろうか。
わからない。
だけど、恐くはなかった。
「あの、宗也くん」
普通の恋をしよう。
ちゃんと好きな人と見つめあって、ありのままの姿で話しあえるような、そんな普通の恋を。
もし宗也くんに嫌われても。
それでも彼を好きで居続けられたなら。
あたしはやっと、本当の恋をすることができるかもしれない。
「ちょっと話があるの――」
これは、あたしがイマを見つめるための、大きな第一歩なのだ。
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