#2 さがしもの

「……ニホン、オオカミ……?」

 フラッシュの後、ニホンオオカミはしばらくカメラを抱えたまま動かなかった。

「……ああ、ごめんね。このボタンは押さない方がよかったね」

 先ほどまでの興味津々のそれとは違う、今にも消え入りそうな声で言いながら、彼女はそっとフラッシュの展開部分を元に戻した。

「ありがとう。カメラ、返すよ」

「あ、ああ。そうか」

 ショウはどこか魂の抜けたような手から、自分のカメラを受け取った。

「また会えたら、いろいろ教えてね」

 ショウの返事を待つまでもなく、ニホンオオカミはその場を立ち去った。ショウは彼女を追うことを一瞬考えたが、最後に彼女が見せた魂の抜けたような作り笑顔が、彼の足を止めた。

「……わかった」

 誰にも届かない声で、彼はそっと伝えた。


「お疲れ様です。ミライさん」

 夕方。フォトコンテストの開催予定地でクジャクとミライは合流した。クジャクは仕事終わりなのか、肩にかけたトートバッグには大量の書類が詰まっている。

「クジャクさん、こんな時間までお疲れ様です」

 ミライがそう言うと、クジャクは少し恥ずかしそうに頭を横に振った。

「いえいえ。どれも私が好きでやっていることなので。こうして皆さんの笑顔が見られるのが、私は幸せです」

「ふふっ、相変わらずですね」

 クジャクの人柄のよさは、パーク内のスタッフだけでなく、来園者や新しくセントラルに来るフレンズたちにも人気だ。彼女が観光大使に選ばれたのは選挙の結果だが、ある意味では初めから決まりきっていたのかもしれない。ミライは最近、そう思うようになった。

「それで、何か進展はありましたか?」

「ええ。今日一人、有望な候補者を見つけました」

 クジャクが尋ねると、ミライは制服のポケットから一枚の写真を取り出して見せる。それは、昼間ショウが撮ったPIPとロールの集合写真だった。

「これは……」

「はい。見ての通り、腕前は確かです。それにこの人、ニホンオオカミさんと組むみたいですよ」

 写真の内容も衝撃的だったが、ニホンオオカミがカメラに興味を持ったと知って、クジャクは少し考えた。

「そう、ですか。ニホンオオカミさんが写真を……。本当に大丈夫なのでしょうか?」

 クジャクは明らかに不安そうな表情をしていたが、ミライはそうではなかった。曇りのないその瞳は、眼鏡越しに夕焼けの空を見つめていた。

「きっと大丈夫ですよ。それに、これはあの子にしか解決できない問題です。私たちが踏み込むわけには……」

 振り向いたミライの視線の先に、クジャクの姿はなかった。

「まったく。心配性なんですから」


『見つけたぞ! そっちだな!』

 夜の森を、激しい光が行き交う。

『逃がすなよ。今日こそこらしめてやる』

 無数の足音と数発の銃声が木々に乱反射する。しかし振り向く余裕などない。

『くそっ。一匹仕留め損ねた!』

 その声を聴いた彼女は、一度だけ安どのため息をつく。

 しかし、それが最期の一息となった。

 太いロープが、後ろ足に絡みつく。逃げる暇はなかった。それに反応してか、次々とヒトが集まってきた。四方八方から強い光が当てられ、彼女の姿は明るみに晒された。

『お前で、最後だ……!』

 銃口が、はっきりと見えた。


 思い出してはいけない記憶、彼女が『最期』に見たもの。フラッシュの強い光が、それらを呼び起こした。

 彼女はすべてわかっていた。ヒトはそれだけの存在ではないことも、世界が変わったということも。

 だからこそ、残したい。遺したかったのだ。自分の見た景色、思い出、その輝きを……。


 ニホンオオカミは、あてもなくセントラルを徘徊していた。フラッシュに目をやられたわけでもないのに、耳鳴りがする。頭が重い。彼女は、ともすれば意識を手放してその場に倒れそうなほど疲弊していた。

 その時、彼女の意識を取り戻させたのは、どこかから聞こえたシャッター音だった。ショウのデジカメとは違うが、誰かが近くで写真を撮っていることはわかった。

 彼女が音のした方を見ると、その先には二人のフレンズがいた。姿までははっきりと見えないが、向こうもこちらに気付いたのか、一人が大きく手を振っている。

「おーい、ニホンオオカミー!」

 屈託のない元気な声で、ニホンオオカミは我を取り戻した。心なしか、疲労感もだいぶ吹き飛んだ気がする。彼女は声のした方に手を振り返し、走って向かった。

「サーバル!」

 彼女を見つけたのはサーバルとロール。どうやら撮影の練習中だったようだ。

「うわ~ん助けて~」

 ニホンオオカミが彼女たちのもとに着くや否や、サーバルが突然泣きついてきた。いや泣いてはいないのだが。

「えっ? どうしたの?」

「サーバルったら、フォトコンに出るぞーとか言ったくせに、いくら練習しても上達しないのよ。せっかく付き合ってあげてるのに、このままじゃ日が暮れちゃうわ」

 状況が飲めず慌てるニホンオオカミに、ロールが怒り交じりの声で説明する。

「サーバルがすぐ実行するのはいつものことだけど、キミは珍しく乗り気じゃないか」

 そう言うと、ロールの顔が一瞬で赤くなった。

「わ、私はサーバルの練習台になってあげてるだけよ! どうせPIPと違って暇なんだし……」

「そんなこと言って、だんだん乗ってきたんじゃないのー?」

 サーバルはニホンオオカミの胸に飛び込んだまま、意地悪そうな顔だけロールに見せた。そしてようやくニホンオオカミから離れて、続けた。

「そういうことだから、練習手伝って?」

「ちょっ、サーバル、さすがにこの子も巻き込むのは……」

 インスタントカメラを見せるサーバルと、彼女を止めようと説得するロール。その光景を見て、ニホンオオカミは少し考えた。

 だが、答えは初めから決まっていた。

「……いいよ。ボクがショウに教わったこと、サーバルにも教えてあげる」

「やったあ!」

 サーバルは飛び跳ねて喜んだ。その隣ではロールが恥ずかしさと申し訳なさが混ざり合ったような複雑な顔をしている。

「いいかい。まずカメラを持つ手は……」

 ショウのデジカメとサーバルのインスタントカメラ。道具は違えど、写真を撮ることに変わりはない。いい写真を撮るには、撮る側の気持ちを込めること。何を伝えたいか、はっきりと意識すること。写真は嘘をつかないということ……。ショウの教えを、ニホンオオカミはしっかりと覚えていた。

 そして、あっという間に時が過ぎた。

「そろそろ日が沈むわね。今日の練習はここまでにしましょう?」

「ちょっと待って。最後にひとつ試したいことがあるんだ」

 すっかり日の傾いたセントラルで、ニホンオオカミは逆光で見えにくくなったカメラの画面に食らいついていた。

「そうそう。この設定を……」

「……っ! ニホンオオカミ、後ろ!」

 カメラに夢中になっていたニホンオオカミは、この時まったく気がつかなかった。彼女たちに忍び寄る無機質な黒い影の存在に。


 思い出してはいけない記憶、彼女が『最期』に見たもの。フラッシュの強い光が、それらを呼び起こした。

 彼女はすべてわかっていた。ヒトはそれだけの存在ではないことも、世界が変わったということも。

 だからこそ、残したい。遺したかったのだ。自分の見た景色、思い出、その輝きを……。

 彼女の意識は、そこで途絶えた。


「セルリアンが!?」

 パークセントラルにセルリアン発生。その知らせは、内線を通じて瞬く間にミライたちスタッフのもとへ届いた。発生したセルリアンは付近にいたフレンズによってすでに駆除されているが、今後しばらくは注意が必要とのこと。

「発生規模は……。そうですか」

 パークの運営や来園者の受け入れには支障がないので、この情報はパーク内部の秘密。場合によっては工事と称して一部区間を閉鎖するとのことだった。

 ミライは考えた。ここしばらく火山の活動は安定していたし、女王事件も完全に収束したはず。その状況下で最も安全なはずのセントラルにセルリアンが発生する原因は、サンドスターを持つフレンズたちに大きな変化があったからとしか考えられない。何かが、自分に近いところで何かが変わろうとしている。ミライの胸中では、セルリアンへの不安と、わずかな期待が渦巻いていた。


 翌朝。コウテイは開園前のセントラルを散歩していた。パークを代表するアイドルである彼女は、人前を歩くだけで小さい騒ぎが起こる。そのため、開演前の来園者のいない時間は、彼女にとって貴重なプライベートタイムだった。

「んーっ。やはり朝の風は気持ちがいいなー」

 誰もいない芝生広場で、彼女は大きく伸びをした。全身の緊張がほどよくほぐれ、清々しい空気が肺いっぱいに満ちていく。

 昼になれば、この広場はフレンズや来園者の憩いの場となる。遠くにパークのシンボルのひとつである火山が見えることもあり、撮影スポットとしても人気だ。

「さて、次は、んぶぶっ!」

 次の行き先に足を向けたコウテイに向かって、風に乗って数枚の写真が飛んできた。それも見事にすべて彼女の顔面に命中した。まったくついてない。

「なんだぁ?」

 彼女は顔に張り付いた写真を取り払い、確かめた。それは普通のカメラのものではない、すぐに現像できるタイプの特殊な写真用紙だった。しかし、どれも盛大にピントがずれたり激しくぶれていて、何が写っているのかまったくわからない。素人、というよりこれは逆に天才的なまでに下手と言えるものばかりだった。

 だがその中に一枚だけ、何かの特徴をとらえようとしたと思わしきものがあった。

 黄色い羽根のような突起が三本束になったものが、左右に一つずつ。よく見ると、他の写真も黄色い部分が写っている。

 コウテイは、その特徴に見覚えがあった。そしてそれを確かめるべく、彼女は散歩の予定を中断し、急いで事務所に戻った。

「おっ、コウテイ。相変わらずはえーな」

 事務所でコウテイを迎えたのは、朝食中のイワビーだった。起きたばかりなのか、普段からロックにはねている髪がその時はどこかハードロックだった。

「おはようイワビー。いきなりだが、ジェーンとフルルはいるか?」

「ん? ジェーンならさっき自主練に行ったぜ。フルルは、まだ寝てんじゃねーか?」

 慌てるコウテイに、事情を知らないイワビーは素っ気ない返事をする。

「そうか。ならイワビー、君だけでも一緒に見てほしいんだ」

「ど、どうしたんだよそんな急いで」

 コウテイは震える手で先ほど拾った写真を見せる、そして自らのパーカーのポケットから別の写真を取り出す。

「この写真だ。私もいま初めて見比べたんだが、どこか、似て、な……」

 イワビーに二枚目の写真を見せる前に、コウテイの意識がもうろうとし始めた。

「ど、どうしたんだコウテイ? おい!」

 明らかに普通ではない。そう察したイワビーは、食べかけのじゃぱりまんを放り投げてコウテイの体を支えた。その目はどこか虚ろで、焦点が合っていない。

「し、知らない……私は、こんな記憶……」

「コウテイ!? しっかりしろ!」

「プ……セス……」

「コウテイーーーッ!!」

 イワビーが必死に体を揺さぶり声をかけるが、コウテイは返事をしなかった。

 この後、コウテイは無事目を覚ますのだが、大事をとって、午前中のスケジュールはすべてキャンセルとなった。

「みんな、本当に申し訳ない」

 他のメンバーに囲まれながら事務所のベッドから起き上がると、コウテイは最初に謝った。

「仕方ないですよ。最近はイベントが立て込んでましたし、コウテイさんはリーダーとして一番頑張ってくれていました。疲れが溜まっていてもおかしくありません」

 すかさずジェーンがフォローする。思いやりの強い彼女は、どこか自分を責めるような顔をしていた。

「体、大丈夫なの?」

 普段はあまり感情を表に出さないフルルも、この時ばかりは本気で心配そうな表情だった。

「あ、ああ。まったく問題ない。みんなには心配をかけてしまったな。本当にごめん」

「ですから、コウテイさんが謝ることは……」

 ジェーンの返事を聞く前に、コウテイはベッドから降りて部屋を出ようとした。

「おい、どこ行くんだよ」

 心配しているのをさとられないためか、イワビーが強めに聞く。

「私はあの写真の子を探す。次のイベントまでには必ず戻るから、心配しないでくれ。それと……」

 コウテイは、最後に振り向いてこう言った。

「みんなも、何か思い出したらすぐに伝えてくれ」

 それ以降、コウテイはイベントの隙間を見つけてはセントラル中を探し回った。当然他のフレンズや来園者に見つかることも多くあったが、彼らの声にコウテイが反応することはほとんどなかったという。


 ………ミ! ………カミ!

「ニホンオオカミ!」

「……ん、ああ、おはよう。みんな、どうしたんだい?」

 時は戻り、再び朝。ニホンオオカミが目を覚ましたのは、病院の個室。ベッドの上だった。その周りにはサーバルとロール、そしてなぜかクジャクも一緒にいる。

「覚えてないの? ニホンオオカミ、セルリアンに襲われて……」

 サーバルが涙声で伝えるが、ニホンオオカミはいまいちぴんとこないような顔をする。

「無理もないわよ。セルリアンに気付く前にやられちゃったんだから」

 ロールの説明で、ようやく事態の全容がわかった。

「それでね、クジャクさんが駆けつけてくれて、三人でここまで運んだんだよ!」

 そう聞いてニホンオオカミが振り向くと、クジャクは安心したような顔で静かにうなずいた。

「セルリアンは、私が着く前にお二人が退治してくれました。検査の結果、皆さんのお体にも異常はないそうです。本当に、無事でよかった……」

 ニホンオオカミとクジャクは面識こそあるものの、そこまで深い関わりがあるわけではない。だが、クジャクの表情は明らかに他人を心配する時のそれではなかった。なぜ自分のことをそこまで気にかけるのか、ニホンオオカミにはよくわからなかった。

「でも、本当にこのまま起きてくれないんじゃないかって、不安で……」

 極度の緊張から解放されたせいか、サーバルの瞳には涙が浮かび始めた。

「そのわりにはあなた、ニホンオオカミの体の上で寝てたじゃない」

「そ、それは心配して疲れたからで、そう言うロールこそ、本当は心配してたんじゃないのー?」

「べ、別に私は心配してなんかっ。検査では異常なしって言ってたし……」

「ならどうしてずっと一緒にいるのよー」

「それは……!」

「コホン、お二人とも、ここは病院ですよ」

「「ごめんなさい」」

 サーバルとロールがいつもの流れで言い争い始めるところを、クジャクが制止した。

「それで、ニホンオオカミさん。あなたはもう少し検査入院が必要とのことですが、この後はどうするおつもりですか?」

「決まってるさ。もう一度ショウに会って、また写真のこと教えてもらう。それでボク専用のカメラを見つけて、フォトコンに出るんだ!」

「そうですか。あなたがそのつもりなら、私からもご健闘をお祈りします」

 それだけ告げると、クジャクは個室のドアに手をかけた。そして再びニホンオオカミを見て一言。

「それでは、私は仕事があるのでお先に失礼します。次はコンテスト会場でお会いしましょう」

「またねー!」

 サーバルの声に振り向くことなく、クジャクは個室を出て行った。


 よく晴れた昼下がり。ショウはセントラルの一角にあるカフェで休憩ついでに紅茶を飲んでいた。彼の座るテラス席は程よく風が当たって心地よい。

「ご合席、よろしいでしょうか?」

 背後から聞きなれない声。ショウが振り向くと、そこには初めて会うフレンズがいた。だが、その特徴的な姿は彼がパークに来る前に広告で見たことがあった。たしか名前はクジャク。パークの観光大使だ。

「あ、ああ。どうぞ」

 ショウが答えると、彼女は軽く会釈してからテーブルの向かいの席に座った。続いて彼女が注文したのだろうか、鏡のような三段の皿に色とりどりの食べ物が乗った豪華なアフタヌーンティーセットが運ばれてきた。

 ショウは思わずそれと自分の紅茶を見比べ、育ちの差のようなものを感じてしまった。だがクジャクは気にすることなく自分の紅茶を手に取り、外の景色を眺めながら最初の一口を優雅に飲んだ。

「あなたが、ニホンオオカミさんと組んでいるヒト。ですよね?」

 突然の問いに、ショウは少し驚く。だがそれをさとられないよう、クジャクと同じ方角を見て答える。

「組むってほどじゃないけどね。どこで聞いたか知らないけど、あいつにカメラを教えたのは僕だ」

「あなたから見て、彼女はどんな子ですか?」

「どんな子って言われても、まだ会ったばかりなんだけど……でもそうだね。なんていうか、とにかく覚えが早い子だよ。教えたことはすぐにものにしていった。それになんだか、あいつは自分に正直な気がするんだ」

「自分に、正直……?」

 クジャクはショウの横顔を見た。

「あいつがマヨネーズの写真を撮ってた時、すごく楽しそうだった。こう言うのもなんだけど、写真より正直な気がしてさ。ちょっと笑っちゃったよ」

「そう、ですか」

「ま、さすがにマヨネーズの写真じゃフォトコンには出れないけどね。でもあいつは、僕ほどじゃないにしても、きっといいカメラマンになるよ」

 しばらく、二人はそれ以上何も言わなかった。

「素敵なコンビですね。お聞かせいただきありがとうございます。それでは……」

 いつの間にか紅茶を飲み終えたクジャクは、静かに立ち上がって翼を広げた。

「そちらのセットは、私からのプレゼントです。撮影、頑張ってくださいね」

 よく見ると、確かにアフタヌーンティーセットにはまったく手が付けられていない。ショウは少し慌てたが、無理やり状況を飲み込み、飛び立とうとするクジャクにこう伝えた。

「あいつに会ったら言っておいてくれ。フォトコンまでの間なら、またいつでも教えてやるってね」

 だが、クジャクは振り返らなかった。

「……私が言うまでもないと思いますよ」

 この時、クジャクはニホンオオカミがカメラを手放すことを願っていた。カメラについて知ることがあれば、必ずあの機能にたどり着く。それはニホンオオカミにとってただならぬ影響をもたらしてしまう。いや、あるいはもうたどり着いてしまったのかもしれない。だが、ショウに彼女を止めるような様子はない。これは彼女にしか解決できない問題。ミライの言葉を、クジャクはあらためて噛みしめることとなった。

「ところで、いま何時だっけ……?」

 飛び去るクジャクを見届けてから、ショウは腕時計で時間を見る。だがその時、彼は自分が妙に身軽なことに気づいた。

「あっ、やべ……」

 彼は朝起きてから今までの行動を思い返す。そして答えに至る。

 携帯電話を、ホテルに置いてきたということに。

 ショウは急いでクジャクからのプレゼントを平らげ、ホテルへと帰っていった。


 その夜、フォトコンテスト運営陣を集めての緊急会議が開かれた。

 会議の内容は、フォトコンテスト開催の可否についてだった。

原因は先日のセルリアンにさかのぼる。あの一件の後、セルリアン発生の知らせはない。だが、一部空気中のセルリウム濃度が高いエリアがあった。それがちょうどコンテスト会場付近だったのだ。

セルリウムが自然解消するか、現地のセルリアン討伐の知らせが来るまで、その一帯を封鎖する。それが、パーク危機管理側からの提案だ。

セントラルでは日々様々なイベントが開かれているため、会場の移動は不可能。よって、問題が解決するまでコンテストの開催を延期しなければならなくなった。

 コンテスト運営委員長であるクジャクの賛成もあり、開催延期案は問題なく可決となった。

 だが会議終了後、ミライはクジャクを呼び出した。

「どうしてですか?」

「何がです?」

「どうして、何も言わなかったんですか?」

 振り向かないクジャクの背中を、ミライは強く睨んだ。

「もしかして、あのオオカミとヒトのことですか? いけませんよミライさん、運営がいち参加者に肩入れするのは」

「ですが……」

 クジャクの言うことは、まったくもって事実だ。いくら有望な人材を見つけたと言っても、それを擁護してしまっては運営の信頼を失うことになる。

「まあ、彼らが降りてくれるのは、私としては助かるんですけどね」

 その言葉に、ミライは驚きを隠せなかった。

「このままフォトコンテストが延期になり、彼がパークを去ってくれれば、ニホンオオカミさんがカメラに触れることはなくなります。また彼女の平和な暮らしが戻ってくるのですよ」

「ですが」

「わかっています」

 ミライの反論を、クジャクはさえぎった。

「わかっていますよ。彼女の問題は、彼女にしか解決できない。それでも、私はもうあの子につらい思いをさせたくないのです!」

「クジャクさん……」

 顔は見えないが、クジャクの声は、何かを必死にこらえているようにも聞こえた。

「私個人としては、そもそもコンテストの開催自体に反対でした。あの子が写真やカメラに興味を持つ行事は、できればやりたくありませんでした。でも、パークの発展のためにはそれが必要でした。だから私は、あの子がカメラに触れないよう図ってきました。ですが、あの子は、出会ってしまいました……」

 ミライは、クジャクに何も言い返すことができなかった。

 そして、クジャクは初めて振り返る。街灯と星の光でうっすらと見えるその瞳は、ミライとは別のどこか遠くを見ているようにも感じられた。

「とにかく、安全が確認されるまでフォトコンテストは延期。これは決定事項です」

 そして、クジャクの姿は夜闇へと消えていった。

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ジャパリパークの記憶写真 史郎アンリアル @shiro_unreal

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