ジャパリパークの記憶写真

史郎アンリアル

#1 なくしたもの

 ごきげんよう。ジャパリパーク大図書館で司書を務めています、書記官鳥ことヘビクイワシです。

 私の大図書館には、パークで起こったあらゆる記録が保管されていますが、時には記録に残らない、記憶の物語というのもあるもの。今回は、そんなお話です。

 ……ところで、私の出番はこれで終わりのようです。作者様の趣味に付き合うのもほどほどにしないといけませんね。


 それは、セルリアン女王事件から少し後のこと……


 ショウは、ジャパリパークにやって来た。

 フリーのカメラマンとして活動している彼には、これといって決まった仕事のパターンがない。だがつい最近、とある大企業の専属カメラマンとしての契約を取り決めたこともあり、それまでの最後の長期休暇をこのジャパリパークでささやかなお祝いついでに過ごすことにしたのだ。

 ジャパリパークでの滞在期間はちょうど一週間。その期間を彼は自らの趣味でもあるカメラを小脇に、ジャパリパークの観光を楽しむことにした。

 ショウ視点に限った話ではないのだが、フレンズとは不思議な存在だ。ある意味では動物園で展示している動物でありながら、彼女たちはそれぞれ感情を持ち、共通の言語でコミュニケーションをとっている。その点では、彼女たちの姿はごく普通のヒトと何も変わらなかった。

 ゆえに、彼の撮影旅行は捗っていた。フレンズ同士だけでなく、ヒトとフレンズが同じように肩を並べて同じ時間を共有している。その風景がカメラに収まっていくのが、彼は楽しくてならなかった。

 パークセントラルを軽く一周した彼は、道端でとある看板を目にする。それは、セントラルで開催されるジャパリパークフォトコンテストの宣伝だった。部門はフレンズを主役にした写真の『フレンズ部門』、そしてパーク内の景色を撮る『風景部門』の二つ。優秀な作品は、パークの宣伝広報に使われたり、のちに出版する予定のパーク写真集に掲載するとも書かれている。開催は一週間後。偶然にも、コンテスト本番の日は彼がパークに滞在する最後の日だった。

 自分の力試しだけではない。本格的に仕事を始める前に大きなタイトルを獲得するチャンスだ。彼は深く考えるまでもなく、コンテストに参加することを決意した。そしてそれまで撮った写真の中に使えそうなものはないか、良いスポットがあったか、すかさず持っていたデジカメを確認した。

 だが、写真に夢中になっている彼は気づかなかった。同じデジカメの画面を彼の後ろからのぞき込む一人の少女に。

「気になる、気になります……!」

「うわあっ!?」

 不意を突かれたショウは、思わず数歩飛んでしまった。そして彼がいたところには、茶色いセーラー服にピンクのリボンとスカートが目立つ少女が、画面をのぞき込む姿勢のまま、顔だけ不思議そうに彼を見つめていた。

「き、君は……?」

「ああ、驚かせちゃってごめんね。ボクはニホンオオカミ。お兄さん、フォトコンに興味があるの?」

 ニホンオオカミと名乗った少女は、よく見ると頭の上に茶色い一対の耳とスカートの下から大きな尻尾が生えている。どうやら彼女もこのパークのフレンズのようだ。

 ショウは一度呼吸を落ち着かせてから、あらためてニホンオオカミに向き直る。

「いや、いま初めて見たからどうしようかなーって思ってたところでね。たぶん参加するけど」

 そう言ったとたん、ニホンオオカミの黄色い瞳が嬉しそうに輝いた。尻尾も(無意識だろうが)左右に揺れている。

「そうなんだ! そしたらお兄さん、ボクと同じだね!」

「同じ、ってことは、君もコンテストに?」

 ニホンオオカミは大きくうなずいた。

「そうか。何部門に出るとか、決めてるの?」

「ううん、まだ決めてない。いまカメラを探してるとこ!」

 ニホンオオカミは曇りひとつない笑顔で、確かにそう言った。

「え……?」

「そんな時にお兄さんを見つけた! これはチャンスだ! ってことで、お兄さん、名前は?」

「え、あ、えっと、ショウ、だけど……」

 困惑しながら名乗ったショウを、ニホンオオカミは堂々と指さした。

「決めた。ボク、ショウに弟子入りするよ。ショウと一緒に、パークの一番を目指す!」

 状況を飲み込めず唖然とするショウは、いつの間にかニホンオオカミに手を取られていた。

「そうと決まれば、善は急げだ! 早速行こう!」

「あぁっ、ちょっと……」

 ニホンオオカミに連れられるまま、ショウは仕方なくセントラルをもう一周することになった。


 パークセントラルにある屋外大ステージ。そこでは日々様々なイベントが行われている。トークショーやヒーローショー、時にはパークのフレンズや飼育員たちによるパフォーマンスなどのスケジュールが週ごとに組まれている。

その週はフォトコンテストのこともあり、撮影関係のイベントがいくつか組まれていた。

「今日は来てくれてありがとう!」

 ステージ上から響くのは、ジャパリパークのアイドルユニットPIPのリーダー、コウテイペンギンのコウテイの声だ。

「この後の撮影会も、忘れるんじゃねーぞ!」

 続いて、イワトビペンギンのイワビーが声を張り上げる。

「ステージ前の売店で売ってるじゃぱりまんの包み紙が抽選券になっています。当たりの方は、ステージ上で私たちと集合写真を撮れますよ!」

 ジェンツーペンギンのジェーンがよく通る声で解説をする。

「当たり券、一枚しかないんだけどね~」

「フルル、余計なこと言うなよ……」

 何も考えていないような顔で口走ったのはフンボルトペンギンのフルル。すかさずイワビーが突っ込む。

「すっごーい! PIPのみんなと一緒に撮れるなんて、滅多にないよ!」

「そうですね。残念ながら、私とサーバルさんのははずれでしたが……。で、でも、PIPの皆さんに囲まれて赤面するフレンズさんを眺めるというのも、それはそれで、ぐへへ……」

 観客席で自分の持つ包み紙を残念そうに眺めるのは、サーバルキャットのサーバルと、彼女の担当飼育員兼パークガイドのミライだ。ミライにはサーバルの反対側にもう一人、担当のフレンズがいるのだが……

「ロール、そっちはどうだった?」

 サーバルが期待に満ちた表情で聞くと、ロールと呼ばれたフレンズは、恥ずかしそうに片手で顔を隠しながら、もう片方の手を震わせながら当たり券付きの包み紙を見せた。

「ロールすっごーい!」

 サーバルが驚きか喜んでか飛び跳ねる。

「まさか一枚しかない当たりがこんな身近に出るなんて……って、こうはしていられません! 早速ステージに!」

「で、でも、私なんかが……」

 サーバルとミライに背中を押され、ロールは半ば強引にステージ上に立ってしまった。彼女は緊張からか、まだ至近距離のPIPを直視できない。

「おめでとう、君が当選者だね。名前を聞かせてもらえるかな?」

 ステージ中央に誘導されたロールに、コウテイは優しい声と共にマイクを手渡す。ロールは目を逸らしながらもそれを受け取り、一度だけ深く深呼吸した。

「ろ、ロイヤルペンギンの、ロール……」

「いやー、まさか俺たちと同じペンギンのフレンズが当たっちまうとはな! 仲良くしようぜロール!」

「い、イワビーさん、余計緊張しちゃいますよ……」

「ロールちゃんよろしくねー」

 パークを代表するアイドルに囲まれて緊張するのは、ロールに限った話ではない。アイドルとしての自覚を持つPIPの面々は、それぞれの方法で少しずつロールとの距離を詰めていった。

 その様子を観客席から眺めるミライは、なぜかロール以上に呼吸を荒げていた。

「おぉ、PIPのセンターにロールさんが……これはまさに伝説のPIP五人時代のようで……」

「ごにんじだい?」

 サーバルが横で首をかしげる。

「そうです! PIPは現在四人のアイドルユニットですが、その昔、一度だけ『幻の五人目』がいたそうなんですよ。私も話にしか聞いたことがないのですが、まさに今のような感じだったのではないでしょうか? それにしてもペンギンさんが五人並ぶとそれはそれは壮観でぐへへ……」

 ミライは今にも鼻血かよだれが出てきそうな表情で、目の前の光景を忘れるまいと両手の指で四角を作る。

「それでは、写真を撮ってくれる方は、どうぞステージ前へ!」

 コウテイが再びマイクを握り、呼びかける。すかさずミライが手を挙げてステージ前に歩み出るのだが、そこで彼女は致命的なミスに気付いた。

「な、無い……」

「どうしたのミライさん?」

 震える手で体中を触って確認するミライを、サーバルが不思議そうに眺める。

「カメラを、忘れてきてしまいました……。おそらく先ほどフォトコンの事務所に置いてきたと……」

「えぇーっ!?」

「どうしましょう、私としたことが……」

 顔から血の気が引いていくミライの横で、サーバルは辺りを見渡す。その時、観客席の向こう側を歩く二人組が目に入った。なにやら話しているようだが、サーバルの鋭い聴覚は、その内容さえもはっきりと捉えた。

『ほら、ここだよ!』

『ここって、すごい人ごみじゃないか。いくら撮影会だからって、これはさすがに無理が……』

「見つけたーっ!」

 サーバルはそう宣言すると、大ジャンプで後ろの観客たちを飛び越え、二人組の手を取った。

「こ、今度はなんだ!?」

「ちょっとこっち来て! 私はサーバルキャットのサーバル!」

「そういうことじゃなくてだなー!」

 サーバルは二人組を連れたまま、人ごみをかき分けてミライのところへ戻った。

「連れてきたよ! カメラ持ってるヒト!」

 顔面蒼白でどこか石のように固まりかけたミライの瞳に、光が蘇った。

「あ、その、巻き込んでしまってすみません。もしよければ、そのカメラでステージの写真を撮っていただけると嬉しいのですが……」

 カメラを抱えたまま立ち尽くす青年に、ミライは申し訳なさそうに言う。青年はまだ唖然としていたが、その隣のフレンズは嬉しそうに尻尾を振っていた。

「ショウ! これはチャンスだよ! こんな間近でPIPの写真を撮れるなんて! これはもうフォトコン優勝も夢じゃないよ!」

「いやさすがにそれは……」

「その、駄目、でしょうか……?」

「いや、そういうわけでは……。あーもうわかりました! 撮りますよ! ほらみんな並んで!」

 青年が何か吹っ切れたように合図すると、さすがはアイドル、一瞬で配置につき、ポーズをとった。しかもゲストであるロールを中心に意識した完璧な配置だ。

「はい、チーズ!」

 シャッター音の瞬間だけだったが、その一瞬、ステージ上には確かに幻の五人目が存在した。


 パークセントラルのスタッフルーム。そこに置いてある印刷機が、一枚の写真を吐き出した。

「いやー助かりました……」

 ミライはショウから写真を受け取ると、安どのため息をついた。

「むう。せっかく貴重な写真が撮れたのに。もう一枚印刷すればいいじゃないか。どうしてデータごと……」

 ショウの後ろで、ニホンオオカミが不満そうな顔をする。

「いやいや。元はと言えばミライさんたちが引き当てた当たりだったんだ。僕が写真を持ち帰るのは失礼だよ」

 あの撮影会の後、ミライはショウにことの顛末を説明した。そしてショウは潔く印刷した写真とデータを渡したのだ。その際にデータやり取りのためショウはミライの名刺を受け取ったのだが……

「まさか、ミライさんのメルアドがmirai.mimisyabu@jp-staffだなんて……」

「ん? 何か言いました?」

「いやなんでも!」

 もしかしたら、自分はパークの触れてはいけない一面に触れてしまったのかもしれない。ショウの脳裏にそんな不安がよぎった。

「ところで、ショウさんとニホンオオカミさんは、フォトコンテストに参加されるのですか?」

「もちろん! ショウのカメラで、ボクは天下を……」

「僕一人で参加する予定です!」

 胸を張って前に出るニホンオオカミを押さえつけて、ショウが宣言する。

「そうですか。先ほどの写真もとてもよく撮れていましたし、きっといい賞がとれると思いますよ。私もスタッフとして運営に携わっていますので、またお会いできるのを楽しみにしています」

「ああ、頑張るよ」

 ミライの笑顔に自信に満ちた表情で返すと、ショウはニホンオオカミを連れて出て行った。

「……ロールさん、隠れてるの、ばれてますよ」

 少し間をおいてから、ミライは印刷機の陰に隠れていたロールに話しかける。実は初めからずっと黄色い飾り羽だけが印刷機から出ていたのだ。

「もう、帰った……?」

「はい。先ほど二人は部屋を出ましたよ」

 ロールはまだ緊張しているのか、顔の紅潮がまだ少し残っていた。

「ぷぷ、ロール恥ずかしがりなのに隠れるの下手っぴー」

「し、しょうがないじゃない! あんなの滅多にないんだし、あれじゃまるで私が幻の五人目みたいな……」

 ステージ上でのロールの緊張ぶりを思い出して、サーバルは思わず吹き出しそうになる。ロールはどうにか言い返そうとしたが、彼女も当時のことを思い出して顔が真っ赤になった。

「でも、いいんじゃないですか? ロールさんが幻の五人目で」

「え?」

 写真を眺めながら、ミライはそれ以上何も言わなかった。

「そうだ! ロール、私たちもフォトコンに出ようよ! 私がロールの写真撮ってあげる! タイトルは『PIP幻の五人目』で!」

 またもや予想外のサーバルの提案に、ロールはしだいに理解が追い付かなくなってきた。

「な、なに言ってるのよ。だいたいあなたカメラなんて触ったこともないじゃない。それに私だってPIPみたいにうまくできないし……」

 経験や慣れ、といった部分もあるだろうが、ステージ上でのPIPは完全に落ち着いていた。同じペンギンのフレンズでありながら、注目されるということに対して耐性があるかないか、それが自分とPIPの決定的な違いであることをロールは理解していた。

「だったら、今から練習すればいいんだよ!」

 その時、ロールの心にわずかだが希望の光が差した。もし万が一、このフォトコンテストで自分の写った写真が多くのフレンズの目に留まるようなことがあれば、もう一度、今度は堂々とPIPと肩を並べることができるのではないか。そうでなくても、PIPと同じくらい素敵なフレンズになれるのではないか。少しだけ、そんな自信が湧いてきた。

「ということで、ミライさん、何か使いやすいカメラってある?」

「そうですね。たしか倉庫にインスタントカメラがあったと思います。それなら撮った写真がすぐに印刷できるので、練習にちょうどいいのでは?」

 そう聞いた途端、サーバルの瞳にやる気の炎が灯った。

「よーっし! 頑張ってロールの素敵な写真を撮るぞー!」

 サーバルはロールの手を取り、勢いよくスタッフルームを出て行った。

「……なんだか、面白いことになってきましたね」

 部屋に一人残されたミライは、静かに微笑んだ。


「だーかーら! フォトコンには僕一人で参加する! このカメラは僕のカメラだ!」

「いいじゃないか少しくらい貸してくれてもー!」

 スタッフルームを出てから、しばらくこんなやり取りが続いていた。だが、このままでは終わらないことに気づき、先に白旗を上げたのはショウだった。

「……わかった。僕が君に写真の撮り方を教えてあげよう」

「やった!」

 粘り勝ちを確信したのか、ニホンオオカミは小さくガッツポーズをする。

「ただし、本番で使う写真は別のカメラで撮ること。いいね?」

「わかった!」

 他にあてがあるのだろうか。ニホンオオカミはすぐに了承した。

 そして、ショウの指導のもと、ニホンオオカミの撮影練習が始まった。彼女はその勘の良さからか、ショウの教えたことを次々と自分のものにしていった。

「いいか、いい写真を撮るには確かに技術も大事だけど、一番大切なのは気持ちがこもっているかだ。写真は嘘をつかないからね。撮った人が何を伝えたいか、見ればすぐにわかる」

「わかった!」

「今回はパークの宣伝にも使われる写真だから、パークのいいところを伝えるにはどうすればいいか、考えないといけない。自分の好きな物だけじゃなくて、どんなものがみんなに好かれるか、それも忘れないようにな」

「わかった!」

「……聞いてるのか?」

「わかった!」

「聞いてないよね?」

「わかった!」

 ショウは、ニホンオオカミが練習用の被写体として持って来たマヨネーズをテーブルから持ち上げた。自然とカメラのレンズもそれを追いかける。

「あのさあ……」

「ご、ごめんごめん。でもほら、ちゃんと撮れたよ」

 ニホンオオカミは自信満々の笑みと共に、デジカメの画面をショウに見せる。撮られていた写真はほとんどがマヨネーズ主役のものだったが、どれも綺麗に撮れていた。先ほどショウが取り上げた時も、ぶれることなくはっきりと(マヨネーズが)写っている。

「ま、まあいいだろう。そしたら次の話だけど……」

「ねえねえ、このボタン何?」

「あっ、それは……」

 ニホンオオカミがそれまで触っていなかったボタンを押すと、カメラ本体の上部分が展開した。そのまま彼女がシャッターボタンを押すと、展開したところから強い光が放たれた。

 ニホンオオカミは、フラッシュを起動してしまったのだ。

 一瞬の静寂の後、周りがざわつき始めた。練習を始めた時に周囲に人はいなかったので、おそらく付近の草木に隠れていたフレンズだろう。そもそも、このジャパリパークは認められた場所以外ではフラッシュ撮影は禁止なのだ。

 いくらヒトの姿をしていても、フレンズはもとは野生動物。その身体能力はヒトと大きく異なることが多い。そのため、フラッシュによる光や熱といった強い刺激が体に悪影響を及ぼすことも考えられるのだ。

 そして、それ以外の影響も。


 時は戻り、撮影会終了直後のこと。PIPは楽屋に戻った。

「皆さん、お疲れ様です」

 休憩用の飲み物を準備して彼女たちを待っていたのは、頭の左右についたオレンジの羽と、背丈以上はある巨大な尾羽が特徴のフレンズ、クジャクだった。

「クジャクさん、こんなところまで見に来てくれるなんて。ありがとうございます」

 まずコウテイが一礼して飲み物を受け取る。続いて他の三人もそれぞれの席について休憩に入った。

「まさか、こんなところなんてとんでもない。私にとっても皆さんはパークの一大看板なんですから」

 クジャクはパークの観光大使であり、同時に今回のフォトコンテスト運営委員長でもある。仕事熱心な彼女は、こうしてコンテストに関係するイベントに足を向け、陰からそれらを支えているのだ。

「きっと今回のコンテスト、特にフレンズ部門には皆さんの写真が多く寄せられることでしょう。運営として、誰かに肩入れするのはいけないことですが、私個人として、応援したいのです」

 フォトコン関係のイベントの多くは、クジャクが企画に携わっている。今回のPIPとのコラボもその一つであり、抽選での撮影会も彼女の発案だった。

「まっ、おかげで今日はおもしれー出会いもあったしな」

 イワビーが不意に口を挟む。

「何かあったのですか?」

 クジャクは多忙ゆえに、イベント本番には間に合わなかったようだ。

「ええ。今日は、あの子が来てくれたんです」

 最初に答えたのはジェーンだった。

「……まあ、私たちの記憶違いじゃなければいいんだがな」

「ふひんへふー」

「……それって、幻の五人目ですか?」

 クジャクが身を乗り出して聞く。

 PIPは、ジャパリパークの一般公開と同時に結成されたペンギンのフレンズたちによるアイドルユニットだ。だが、メンバーの出入りや増減がたびたび起こり、同時にファンの増減もある。

 その中でも、彼女たちが最も注目を集めていたとされるのが『伝説の五人時代』だ。

 PIPのメンバーは現在は四人なのだが、パークが一時閉鎖まで追いやられた『セルリアン女王事件』の直前、ほんのわずかな期間だけ『幻の五人目』が存在した。

 だが、女王事件によるフレンズたちの記憶障害やデータの破損は、彼女たちにも襲い掛かった。フレンズたちの記憶から五人目のメンバーは消え去り、残ったのは彼女がうすぼんやりと写った誰が撮ったかも知れない一枚の記録写真のみ。時間の経過も相まって、PIPに存在したはずの五人目のメンバーは都市伝説という形でパーク内に知れ渡ることとなった。

「でも、今まで誰も名乗り出なかったんですよね?」

「今日のはたまたま同じ種類のフレンズで、そもそもいなかったって説もあるぜ」

「女王事件に巻き込まれて、セルリアンに食べられたという話も聞きます……」

 まだ信じられないクジャクに、イワビーとジェーンも賛同する。

「それでも、私は信じたいんだ」

 コウテイは、パーカーのポケットから唯一の記録写真を取り出してじっと見つめた。

「彼女は、きっとどこかで生きている。そして五人そろった時、私たちは最高のアイドルになれると!」

 そして彼女は立ち上がった。

「私はもう一度、あのロールという子に会いたい。あの子が幻の五人目じゃなくても、なにかわかる気がするんだ」

 しかしこの時、コウテイにはまだ確信がなかった。


「わーい、全っ然駄目だー!」

 サーバルはカメラを放り投げ、背中から勢いよく倒れ込んだ。宙を舞うカメラを、ロールが慌ててキャッチする。

「だから言ったでしょ? 私に被写体なんて無理って……」

 それまでセントラル中の撮影スポットを撮って回った二人だったが、はっきり撮れた写真は一枚となかった。

 原因はどう考えてもサーバルにある。彼女がどういう構図が欲しいのかまったく不明だが、なぜか撮る瞬間だけ飛び跳ねたりスライディングしたりと、とにかく一度も止まって写真を撮ることがなかった。

 ロールにはすべてわかっていたのだが、そもそも自信のない彼女は、原因をすべて自分だと自らに言い聞かせた。サーバルが変わった撮影方法をするのは、自分にPIPのような華やかさがないから。自分がサーバルに合わせることができればうまく撮れるはずなのにと。当初ロールが抱いていた淡い期待は、この時すでに粉々に砕け散っていた。

「よーっし! もっともっと練習するぞー!」

 サーバルは勢いよく立ち上がり、ロールの顔を見た。

 しかし、ロールはうつむいたまま、カメラを返そうとしなかった。

「ロール?」

「……もう、やめよう?」

 カメラを卵のように抱きかかえるロールの瞳には少しだけ涙が浮かんでいた。

「やめようよ、こんなの。こんなこと続けて、何になるっていうのよ。だいたいなんで私が……」

「ロール、悔しくないの?」

 サーバルが嘘をつかないことはロールも知っている。だが、その声は特に真剣だった。

「悔しくないの? せっかくPIPと同じステージに立てたのに、顔も見れないなんて」

 ロールは歯を食いしばり、真っ赤な顔でサーバルを睨み返した。

「悔しいわよ! でも、あんなこときっと二度とないし、それに、私にあの子たちと同じステージに立つ資格なんて……」

「あるよ!」

 サーバルの顔は、いつもの柔らかな笑顔に戻っていた。

「どうして……どうしてそこまで言えるのよ!?」

「きっと会える、きっとできるよ。だって私たち、フレンズだもん!」

 この時、ロールにはサーバルの言葉の意味がよくわからなかった。実際のところ、サーバル自身にも彼女の言葉に根拠があったわけではない。だが、これだけははっきりと言えた。

「それに、最初に練習すればいいって言った時、ロール、最っ高にいい笑顔だった! 練習してる間だって、ずっと真剣だったじゃない」

「サーバル……」

 サーバルは持っていた数枚の写真をあらためて眺める。どれも盛大に失敗していて、とてもコンテストに出せる作品とは言えない。

「写真がうまく撮れないのは私のせいだから、練習すればきっとよくなる。その間ロールも撮られる方の練習すれば、私がちゃんと撮れるようになった時、一番素敵な写真が撮れると思うの」

「まったく……」

 ロールは手の甲で涙をぬぐうと、サーバルの持っていた写真を叩き落とし、空いた手にカメラを返した。

「サーバルの言うことはいつもめちゃくちゃなんだから。いいわよ。付き合ってあげる」

 二人は再び、次の撮影ポイントへと足を進めた。が、それと同時に二人の腹の虫が大音量で鳴きだした。

「……その前に、じゃぱりまん食べよっか?」

「仕方ないわね」

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