妹の涙を見た俺は、漸く妹の気持ちを理解するのでした

 マリーの黄金の瞳から、一筋の涙が流れている。

 それは頬を伝って流れ落ち、俺の頬に着地した。


 今までマリーの泣く姿を見た事は一度も無かった。

 それ故に目の前のマリーの表情に俺は酷く驚いた。


「マリー怖かったよ。もしかしたらお兄ちゃんにもう逢えないんじゃないかって……」

「マリー……」

「あの日からずっとお兄ちゃんを探してたんだよ。それでも見つからないから、お兄ちゃんを知ってる奴全員の家を確認して漸く辿り着いたの」


 俺を知ってる奴と言うのが何処までの範囲なのかは分からない。

 しかし遠くの知り合いなどにも、マリーはきっと確認したのだろう。


 それはマリーの目の下に出来ている隈が物語っていた。


「そしたらあの雌豚に捕まっているのを見て、震えが止まらなかったよ」


 その言葉の直後、マリーは力が抜けたかのように俺の方に倒れ込んできた。

 仰向けになっていた俺の胸に、顔を埋めたマリーは強く抱き着き、話を続ける。


「あの雌豚は他の虫とは覇気が違った。だから怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて……怖くて!」


 その時の事を思い出したマリーは身体を小刻みに震わせている。


 俺に抱き着つくその力はとても弱く、普段のマリーからは考えられないものに思えた。


 怒号をあげたマリーは完全に力が抜けきり、全体重を俺に預けてくる。

 そして最後に消え入りそうな声で、ただ一言だけ口にした。


「でもお兄ちゃんが無事で……良かった」

「ま、マリー!」


 弱々しい笑顔で俺の身を案じてくれたマリーの表情を見た途端、目の奥から熱いものがこみ上げてきた。

 それと共に、様々な感情が溢れ出した。


 華奢なマリーの身体を強く抱きしめる。

 柔らかなその身体を壊してしまう程に抱き着き、俺は漸く悟った。


 マリーはずっと俺の事を心配してくれていた。

 いつも俺が他の女子と話すのを遮っていたのも、全部俺の為だったんだ。


 少し過剰な事も勿論あった。

 だけれどそれは俺の為にしてくれた事。

 今ならそれが全部理解できる。


「ごめん。もう離れないから――離さないからな!」

「お兄ちゃん……嬉しいよ」


 深夜の歩道で倒れこみながら俺たちは抱き合う。

 お互いの力が強まり、互いの存在を強く確かめ合った。


 今はもう愛しさしか感じない。

 例え周りからシスコンと呼ばれても構わない。

 今ならはっきりと言葉に出来る。


 ――俺はマリーが好きだ。


 そんなマリーが目の前で俺の腕の中にいる。

 今はそれがとても嬉しく、とても心地よかった。


「お兄ちゃん、ずっと一緒だよ?」

「ああ、約束だ」


 俺の言葉に安心したマリーは、ゆっくりと眠りについた。

 俺もその後を追う様に、静かに瞼を閉じる。


 明日からはマリーと共に夏休みを過ごそう。

 まだ始まったばかりの夏休みだ。

 なんだって出来る。


 初めは海かプールの二択だな。

 マリーの水着姿をきちんと見るのは、実はこれが初めてかもしれない。


 夏休み中盤には夏祭りもある。

 射的でマリーの欲しい物を取ってやりたい。

 金魚すくいも一緒にやりたいな。


 夏休み最後には花火大会に行こう。

 人気の無い所で、静かに二人で花火を見るんだ。

 きっと楽しい思い出になる。


 そんな事を考えながら俺は深い眠りについた。



 そして翌日。

 夏特有の焼き付ける太陽に照らされ、俺は目を覚ます。


「あっちぃな……」


 今日も鬱陶しい太陽に苛立ちを覚えながら、汗で湿った身体を無理矢理起こす。


「マリー、起きてるか?」


 一緒に寝ていたマリーに声をかける。

 しかしいつもなら返ってくる返事が、今回は返ってこなかった。


 背後をいるであろうマリーを起こすべく振り返る。





















 ――しかし周りには誰もおらず、歩道の上には俺独りだった。

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