無事に脱出した俺は、妹と共に夜の街を走るのでした

「あーあ、もう見つかっちゃったか」

「雌豚……」


 俺を挟んで二人は睨み合う。

 しかし花ちゃんの方はどこか余裕のある感じがした。


 一方のマリーは完全に敵意剥き出しだ。

 下手したら今日この場で死人が出ても可笑しく無い。


 それ程のプレッシャーを放っている。


「よく場所がわかったね」

「マリーの愛を舐めないで、何処だろうとお兄ちゃんを追いかけられるわ」


 流石にそれはお兄ちゃん困る。

 しかし今回ばかりは本当に助かった。


 あと少しで残りの生涯を塗料として過ごす羽目になる所だった。


「お兄ちゃんを渡して」

「奪ってみなよ、いつもみたいに」


 右手に握ったカッターを強く握り、マリーはゆっくりと距離を詰める。

 普段のマリーとは違い、かなり花ちゃんの事を警戒していた。


 反面花ちゃんは俺の首根っこを掴んだまま微動だにしない。

 まるで何か裏があるかのように、余裕の表情を見せていた。


 そしてマリーが後一メートル程の距離に近付いた瞬間、花ちゃんの手元からカッターが飛び出した。


「!」

「マリー!」


 ノーモーションで放たれたそれを、マリーはギリギリでかわす。

 そして今度はマリーがカッターを放った。


 しかし狙いが逸れたのか、カッターは花ちゃんの頭上を素通りする様な軌道を見せた。


 それを花ちゃんは会釈をする様に頭を下げてカッターを回避する。


 ――しかし回避した筈の花ちゃんは、片足から鮮血を流していた。


「二本飛ばしてたんだね」


 高めに放たれたカッターは囮。

 本命はその影に潜ませたカッターを命中させる事だった。


 花ちゃんは自身の脚に深く刺さった刃物を見て苦しむと思いきや、寧ろ関心している。


 その隙にマリーは俺を花ちゃんから引き離した。


「ここから出るよ、お兄ちゃん!」

「あ、ああ!」


 マリーに手を引かれ、玄関の方に走り出す。

 ドアが外れた玄関から外に出て、彼岸家を脱出した。


 脱出前に花ちゃんを見ると、俺たちを笑顔で見ていた。

 その様子が只々不気味で、俺は全速力で彼岸家を離れた。



 ◇



「ここまでくれば大丈夫かな」

「はあ……はあ」


 全速力で走り出して十分くらい経った。

 月夜に照らされた大通りを歩きながら、俺とマリーは漸く一息つく。


「た、助かったんだよな……」


 震える両手を抱き安堵する。

 こうして生き延びれたのはマリーのお陰だ。

 感謝しても仕切れない。


「ありがとうマリー……「ありがとうじゃ無いよ!」」


 感謝の言葉を贈ろうとしたが、マリーは俺の鳩尾に拳を放ってきた。

 内臓が揺れる感覚と、強烈な痛みにより俺はその場に倒れ込んだ。


「ま、マリ――!」


 痛みに耐えながら首だけ上に向けると、マリーは怒りを露わにしていた。

 拳は指が白くなる程強く握り、身体はふるふると震えている。


 今にも殴りかかりそうな雰囲気だ。

 しかしそれはあり得ないと思う。


 何故ならその黄金の瞳から――ひとすじの涙を流していたから。






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