玄関に走り出した俺は、動かぬ扉に絶望するのでした
部屋から出た俺は、一直線に玄関に向かう。
震える足をどうにか誤魔化し、階段を降りて玄関に到着する。
体感ではもうすぐ花ちゃんが動き出す。
そこまでに外に出れれば助けを呼べる。
俺は急いで二重構造の鍵付きドアを開こうとする。
――しかし扉は固く閉ざされたままだった。
解錠して再びドアを押すが、依然としてビクともしない。
まるで動く事のない壁を必死に押している様な感覚だ。
ドアの全体を離れて見渡す。
するとある事に気付いた。
「何だよこれ……」
ドアの側面と枠の間に、白い液体が固まった様なものが見える。
触ってみると、それは凝固された接着剤だった。
これでは開くものも開かない。
「どうする……」
もう時間がない。
外に出られなければ中に隠れるしかない。
だが何処に?
少し広い家内とは言え、
ましてや鬼はこの家を知り尽くしている。
どうやっても逃げ切れない。
殺される。
このままでは斬り殺される。
あの真っ白な空間と、あの純白のワンピースを俺の血で染めると花ちゃんは言っていた。
しかし俺の体液を限界まで使っても、全てを染めるのは不可能だ。
という事は――。
「染めるまで花ちゃんに監禁されたまま……」
部屋中染めるには人一人分では足りない。
その打開策はつまり『死なない程度に採血し、補充されたら再度採血する』という事。
そうすれば俺が死ぬまでの間は幾らでも血を取れるという訳だ。
「そんなの死んでいるのと一緒じゃ無いか……」
嫌だ。
そんなの嫌だ。
一生塗料として管理されてるのは、生きているとは呼べない。
ましてやあのサイコパスっぷりだ。
鮮血だけで済めばまだ良いだろう。
――下手したら至る箇所を奪われるかも知れない。
そう思うと血の気が一気に引いて行く。
心臓は激しく鼓動しているのに、俺の血液達は中心に集まろうと動いている。
そのせいで身体の力が抜けて行き、俺はその場で倒れ込んでしまった。
「あ、ああ……」
次に強烈な不安の波が押し寄せてくる。
今から起きること、そして捕まった後のこと。
何も思考しなくても、脳が勝手に最悪のビジョンを創り出す。
見たく無いものが見えてしまい、大声を上げて発狂しそうになる。
『カチッ、カチッ』
そんな中倒れ込んでいると、奥の階段上から何かをスライドする音が響いている。
階段を降りる足音よりも、大きく響くその音はゆっくりとこちらに近付いていた。
その音に俺は残っている力で必死に這いずる。
そして一番近いトイレのドアを開き、中に逃げ込んだ。
遠くでしていた音はどんどん近付いてきて、俺の身を潜めているドアの前で消えた。
『残念だなあ、安直に玄関から出ようとするなんて』
中に俺がいる事を確信して、外から声を掛けてくる。
俺が黙ったままでいると、向こうは勝手に話を始めた。
『私ね、藤麻君と出逢えたから変われたんだ』
「……」
『あの時助けてくれて――ありがとうね?』
その声音はとても優しいものだった。
慈愛に満ち溢れており、その声に今すぐ包まれたいと思わせる程だ。
本当に感謝しているのだろう。
あの出来事があったから変われた。
だから『ありがとう』なのだろう。
――しかしどうすればこんな間違った方に変わってしまうのか。
『じゃあ鬼ごっこも終わりにしようか、この後は部屋を楽しく模様替えだよ!』
その直後、穴の死角から足音が聞こえてきた。
その音はどんどん遠くなって行き、最後は消えた。
すると今度は誰もいないはずなのに、突如ドアの中心に綺麗な長方形の穴が空いた。
断面を見るあたり、かなり切れ味の良いもので斬られたようだ。
できた穴を恐る恐る覗く。
そこには反対側に位置している洗面所のドアが見えている。
先程会話していた花ちゃんの姿は見えない。
角度を変えて覗き込むが、何処にも見当たらなかった。
「いないよな……?」
この穴だけでは外の状況がわらかない。
外に出て確認するしかない。
そう決めた俺は、ゆっくりとドアノブを回す。
音を立てずにゆっくりと、慎重に。
ドアノブを回すだけなのに時間が長く感じられる。
いつまで回しても回り続けるが、焦らずじっくり最後を待つ。
するとようやく回りきったのか、ドアノブから何かにぶつかったような手応えが来た。
今度はゆっくりとドアを押す。
普段ならこんな作業は五秒も掛からない筈だが、今は一分以上掛かっている。
しかしそれもこれまでだ。
穴を見た限り、周りに花ちゃんの姿は見えなかった。
ここを出たら次は本格的に何処かに隠れなければ。
そう思いゆっくりとドアを押す。
今は音を立てぬように全神経を両腕に向けている。
だから気づかなかった。
――ドアを開けたすぐ横に、口元を綺麗な三日月の様に歪めた花ちゃんが立っていた事に。
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