平日の自宅で俺は、妹と帰国した両親を迎えるのでした

 平日の夕方。

 マリー特製のホットケーキを食べた所で玄関の扉が開いた。


「「ただいまー」」


 玄関から久し振りに聞く声がする。

 海外出張で数ヶ月いなかった両親がリビングに現れた。


「久し振りだな。藤麻、マリー!」

「父さんもな」

「……お帰りなさい」


 父さんの帰国に不満げなマリー。

 それを見た父さんは、少し気まずい顔をしていた。


「マリー、私がいない間に藤麻の事――守ってくれた?」

「うん! ももさん!」

「いい子ねー。流石ウチのマリーだわ!」


 母さんの帰国にはとても喜びを示す。

 父さんの顔がさらに死んで行く。

 もうお父さんのライフはゼロよ!


「そ、それよりマリー。二人での生活は辛くなかったか?」

藤矢とうやさんわかってないなー。お兄ちゃんと二人っきりの方が嬉しいに決まってるでしょ?」

「そうよ、藤麻と一緒にいられないのがどれだけ寂しかったか……」


 悲しむ母さんをマリーがよしよしと宥める。


 一家の大黒柱である父親が、女性陣にボコボコにされてるのを目の当たりにすると、流石に同情してしまう。


 海外出張で身体的疲労が蓄積されている中、自宅に帰ると今度は精神的ダメージ。

 父さんが休まる場所はどこにあるのか……。


「俺は……ただみんなでいたかっただけなんだ!」


 悲鳴をあげて本音を赤裸々に語る父さん。

 その姿に心打たれたのか、マリー達も本音を語った。


「藤矢さん……マリー達の言い方が悪かったよ」

「そうね、やっぱりお父さんがいないと」

「ああ、俺もだよ! マリー、桃!」

「「――嬉しいな、って」」


 その言葉に父さんの口から魂が出てきた。

 ゆっくりと天に向かって行くが、二人とも止めるそぶりは無かった。


「それじゃあ夕飯にしましょうか、マリー。手伝ってね?」

「うん、桃さん!」


 父さん。

 俺は味方だからね?



 ◇



 一家揃っての夕食は本当に久し振りに感じた。

 実際久し振りなだけあって、皆で囲む食卓は楽しいものだ。

 一応補足として、父さんも同席している。


「マリー、また腕をあげたわね」

「えへへ、桃さんのをアレンジしてみたの!」

「これなら藤麻と結婚させても大丈夫そうね」

「そんな……子供は二人欲しいな、お兄ちゃん」


 母親の冗談を本気で受け止めている。

 ――冗談だよね?


「そ、それよりもさ。明日放課後夏休み前の打ち上げがあるんだけど……「それって虫は来るの?」」


 普段ならマリーが言う台詞だが、今日は違う。

 母親が黒い眼を向けてくる。

 背後から漏れ出てるそれは、マリーよりも深く、濃厚な闇だった。


 この話を聞けば薄々感づいている者もいるだろう。

 うちの母さんは病的なまでに――俺を溺愛している。


 自分の目の届かない所への移動は絶対禁止。

 プライベートでの県をまたぐお出かけ、旅行は当然禁止。

 学校の移動教室や修学旅行という、行事すら反対だ。


 強烈な俺に対する束縛を目の当たりにマリーは、それがとても素敵なことだと勘違いして、ブラコンでヤンデレな妹になってしまった。

 全部母のせいである。


「そ、そりゃいるよ。知り合いでやるし」

「ふーん、知り合いに虫がいるんだ?」


 母さんの額に青筋がうかんでいる。

 今合わせたら相手を殺しそうな勢いだ。


「頼むよ! 母さんも帰ってきて、その後すぐに夏休み。どうせ俺は外に出られないんでしょ?」

「そうよ?」

「息子の高二の夏休みが、そんな灰色で可哀想だと思わないの!?」


 迫真の演技で同情を誘う。

 大好きな息子の頼みを断ったら、それは愛と呼べるだろうか。

 愛しているなら息子の願いを叶えてやりたい筈。


 しかしそんな淡い期待は、すぐ様消え失せた。


「私の愛より大切なものなんてあるわけないでしょ?」


 流石マリーの元祖にあたる人だ。


 マリーなら自分に意識を向けるだけで済ます。

 しかし母さんは、対象のものに価値は無いとまで言う。

 そこがマリーと母さんの決定的な違いだ。

 桃の花言葉『天下無敵』を、正に体現した人だ。


「まあでも、一つ条件を飲んでくれたら行ってもいいわよ?」


 そんな母さんの一言に、俺は条件を聞かずにお願いした。

 そして当日地獄を見るのだった。

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