番外編 夢の中で楽しんでいた俺は、妹の登場で夢さえも壊されるのでした

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 風呂を終えた俺は、マリーのベッドに手錠で繋がれた。

 エプロンを身に付け、お玉を持ったマリーは部屋から出られない事を確認した後、キッチンに戻って行く。


 今は部屋に俺一人の状態だ。


「まあ何かされるよりはマシか」


 部屋から出られないとはいえ、ベッドで寝てれば機嫌を損ねないのなら寝ていよう。


 それよりも先程から、途轍とてつもなくい甘い香りがする。

 ――若い女の子特有の匂いだ。


「やっぱ女の子ってスゲーな……」


 嗅ぐ度に甘い香りが脳を刺激する。

 それと同時に安心感なども押し寄せ、永遠に嗅いでいたい気持ちにさせられる。


 特にマリーの匂いはとても好みだ。

 花の様に甘く、柔軟剤の様に優しい香りでとても安らぐ。


 しかし本人には絶対に知られたくない。

 何を言われるか分かったもんじゃないからな。


「ふあぁ……眠くなってきたな」


 何だかマリーに寝かし付けられている錯覚に陥り、睡魔が姿を現した。

 夕飯はまだ出来そうにないし仮眠でもするか。


 今なら凄く幸せな夢が見れそうだ。

 マリーの匂いが一番強い枕を抱いて、眠りについた。



 ◇



 気がつくと、俺は高校の自分の席に座っていた。

 窓際の一番後ろで、横には吾郎。


 いつもの風景だった。

 意識が飛んでいたのか、この状況に全く見覚えがない。


「藤麻、放課後何処行く?」

「は?」


 何処行くだと?

 行けるわけ無いだろ。

 マリーがそれを許すわけ……。


「今日妹さん熱で休んでるだろ?」

「え!?」


 マリーが熱?

 あのマリーが?


 マリーが体調を崩した事は一度もない。

 毎日家の家事をして、学業も怠らず、俺の恋路を邪魔してくる。


 そんな毎日を送って疲れもある筈だが、風邪一つひいている姿を見た事ない。

 しかし吾郎が嘘を言っているとも思えない。


 と言う事は今は家で寝ているのか。


「大丈夫か? この話をしたのはお前だぞ?」

「あ、ああ。そうだったな」


 どうにも腑に落ちないが、どうやらマリーが風邪をひいているらしい。


 可愛い妹が風邪で寝込んでいるなら、看病してやるのが普通の家庭だ。

 ――しかし俺は違う。


「じゃあ今日は女子誘ってカラオケでも行くか」

「……お前今スゲーゲスい顔してるぞ」


 まさか。

 普段自由が無いからって、風邪で寝込んでるマリーを放っておき、放課後に女子と遊べるぜなどと、そんな非人道的な事考えてるわけ無いだろ。

 この俺が。


「それより吾郎早く行こう。時間は有限だ」

「お前が明日妹さんに刺されてない事を、一応祈っておいてやるよ……」


 大丈夫だ。

 日本にはこんな言葉がある。

『バレなきゃ犯罪じゃない』



 ◇



「結構広いなー」

「ああ」

「ここならはしゃいでも大丈夫だね」

「私最初に歌いたいです!」


 カラオケに着いた俺たちは、部屋の中を見て驚いていた。

 男子は俺と吾郎。

 女子は花ちゃんと真里ちゃん。

 それから優曇華先輩だ。


 大人数用の部屋に興奮気味な俺たちだが、花ちゃんが少し緊張していた。

 あんまりカラオケとか来ないのかな?

 すこし外に出るか。


「みんな何飲む? 俺と花ちゃんで取ってくるからさ」

「え……?」


 驚いた顔をした花ちゃんに優しく微笑む。

 すると頬を桜色に染め、笑顔を返してくれた。


「俺は炭酸で」

「ミルクティーでお願いしようかな」

「私コーラにソフトクリーム乗せたやつでお願いします!」

「おっけー」


 みんなのオーダーをメモしてドリンクバーに向かう。

 着いた頃に花ちゃんが俺の袖を引っ張って来た。


「さっきはありがとう、藤麻君」

「気にしなくて良いよ。みんなで楽しみたいだけだから」

「でも凄く嬉しかった……」


 すると花ちゃんが俺との距離を少し詰める。


「は、花ちゃん?」

「本当に優しいね、藤麻君は……」


 濡れた瞳で俺を見つめてくる。

 その表情に心臓が跳ねた。


「花ちゃん……」

「藤麻君……」


 見つめ合い、良い雰囲気になる。

 ゆっくりと顔を近づけ――。


「見てよかずえさん、あそこの二人を」

「あらー、最近の若い子は大胆ねー」


 おばさん達の横槍によってムードが消失。

 俺らも我に帰った。


「い……行こうか」

「う、うん」


 冷静になると確かに大胆だったな。

 ――でもチューしたかったあああああ!



 ◇



 部屋に戻り、マイクを回しながら歌う。

 女子勢が全員上手くて、俺と吾郎は圧倒されていた。


「マジでみんなハイレベルだな!」

「俺もびっくりしてるわ」


 特に優曇華先輩。

 曲に合わせて歌い方を変えている。

 津軽海峡秋景色は惚れ惚れする歌いっぷりだった。


「ねえ、一緒に歌わない?」


 俺の番に優曇華先輩がデュエットの要望をしてきた。

 俺の歌唱力じゃ足を引っ張りそうだが。


「大丈夫、簡単なのにするから!」


 デンモクで曲を飛ばし二人でマイクを持つ。

 すると突然立ち上がった優曇華は、俺の隣に腰を下ろした。


「えと……」

「一緒に歌うんだから良いよね?」


 耳元で囁かれ、鼓動が少し早くなる。

 そして畳み掛ける様に――俺の手を優しく握ってきた。


「!」


 もう曲は始まっている。

 俺の番なのに、手に意識がいってしまう。

 そんな俺を見て優曇華先輩はニヤニヤしながら歌っている。


「どうしたの藤麻さん?」


 俺の不自然な挙動に真里ちゃんが心配してくれる。

 すると俺の手を優曇華先輩が握っている事に気がついた。


「あー! 銀杏さん、藤麻さんの手を握ってる!」

「あはは、バレちゃったか」

「ずるい! 私もー!」


 今度は真里ちゃんに手を繋がれる。

 再び両手に花の状態だ。

 やべー、今一番楽しい。



 ◇



「ねえ、君は誰のことが好きなの?」

「え」


 吾郎が流行の歌を熱唱して中、優曇華先輩が言う。

 いきなりそんな事を聞かれ、とぼけた顔になる。


「誰なの?」


 その質問に皆が俺を見てくる。

 女子三人の目は真剣そのものだ。

 誰って……。


 考えていると、ある一人の少女が現れた。

 その頭に浮かんだ子に、俺は酷く動揺した。

 ――どうしてだ。


 どうしてなんだ。

 全く解らない。

 理解できない。


「どうしたの?」

「お、俺は……」

「時間切れだよ――お兄ちゃん?」


 すると真っ暗なこの空間の出口に、一人の少女が現れた。


 一本一本光沢のある金髪。

 黄金に輝く金色の瞳。

 雪の様に白い肌。


 見間違えるわけない。

 ――マリーだった。


「どうしてここに!?」


 朝の段階では風邪で寝込んでるって話だった。

 なのに今いるマリーは健康体にしか見えない。


「楽しい夢の時間はこれでおしまいだよ」


 するとスタンガンを取り出し、バチバチと音を鳴らす。


「や、やめて下さい!」

「大丈夫、お兄ちゃんは最後だから」

「え……」


 ゆっくりと部屋の中に入り、最初に吾郎に近づいてく。

 目の前で止まったマリーは、笑顔で吾郎を見つめていた。


「先輩、おやすみなさい?」

「マリーちゃん、待っ……ぎゃああああああああああ!!!?」

「ご……吾郎おおお!!」


 吾郎の身体が光り、一瞬骨格が映る。

 どんな出力のスタンガンを使えば、人の内部が見えるのだろう。

 倒れている吾郎の身体は、雷に打たれた様に黒焦げになった。


「次は――お兄ちゃんに害をなす虫どもだね」

「い、いや!」


 花ちゃんは俺に捕まり、助けを求めてくる。

 しかしそんな花ちゃんをマリーは引き剥がし、スタンガンを当てた。


「女子ズうううう!」


 残りの二人も始末され、俺とマリーだけが残る。

 辺り一帯焼けた人になり、部屋中焦げ臭い。

 まるで戦場にいるかの様だった。


「今日は楽しかった?」

「マリーが出てくるまではな!」

「あはっ、お兄ちゃん冗談が上手いね!」

「冗談じゃ無いんだけど!?」


 自分に不利益な情報は絶対に信じない。

 堅実で良いと思うが俺の話は聞いてほしい。


「それじゃあお兄ちゃん、帰ったらお仕置きだよ?」


 バチバチと音を立てるスタンガン。

 そんな物騒な物を持ちながら、笑顔を絶やさないマリー。


「お巡りさん、助けて!」

「ふふ、お休みお兄ちゃん」


 南無三。

 人生初のスタンガンを受け、全身に電気が流れ込む。

 その衝撃に耐えきれず、俺は意識を失った。



 ◇



「うわあああああああ!」

「どうしたのお兄ちゃん?」

「ぎゃあああああああ!」


 飛び起きた俺はさらに飛び上がった。

 寝ていた俺を起こしにマリーが来ていたようだ。


「夕飯が出来たから食べよっか!」


 エプロン姿のマリーは、俺の拘束を解きながらいう。

 俺は今回の夢で一つ決めたことがあった。


「マリー、もし風邪を引いたらお兄ちゃんが全力で看病してあげるからな……」

「お兄ちゃん……マリー嬉しいよ!」


 気分が良いのか、鼻歌交じりに手錠を解錠する。

 そんなマリーを見て、これからは黙って居なくなるのはしないと決めるのだった。

 だってスタンガン怖いし。

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