監禁状態の俺は、妹の名を叫ぶのでした。

 薬の効力が切れ何とか正気に戻った。

 自白剤を投与された者は下手したら廃人、最悪死に至ると聞く。


 しかしきちんと調整しているのか、マリーの薬には副作用が全く見られない。

 そう言ったところに抜かりはないようだ。


「にしてもさっきの反応は意外だったな」


 普段明るい笑顔と怖い笑顔、真顔の三つ程しかマリーは表情を見せない。

 初めて見たあの顔に、とても興味が惹かれた。


 金剛真里ちゃんか……マリーとの関係をどうにかして知りたい。

 瓜二つな容姿に同じ聞き心地の良い声音。

 ――赤の他人とはとても思えない。




「……それにしても暑い!」


 完全に密閉された空間に数時間放置され、身体が水分を欲している。

 猛暑の日にエアコンがない場所で、数時間も監禁されれば喉が乾くのは必然。


「何か飲み物を……」


 なんでもいいから液体をくれ。

 水分を摂取したい、今ならおしっこでも飲めそうだ。

 出したては飲めるとテレビでやっていたし。

 ――飲みたいわけじゃないからね?


「限界だ……」


 遅かれ早かれこうする事は決まっていた。

 思い切り息を吸い、肺を空気で満たす。

 腹に力を入れたら、力一杯大声を上げた。


「マリー! 死んじゃう……お兄ちゃん死んじゃうよお!」


 情けなく、みっともなく、マリーの名を叫んだ。

 すると数秒後扉がゆっくりと開き、ひとつの人影が現れた。


「お待たせお兄ちゃん!」

「良かった……神が来たんだ!」

「マリーだよ?」


 外からきた救世主マリーの手には、スポーツドリンクのペットボトルが握られている。

 俺の声がどうやら届いていたようだ。

 数時間前の態度とは打って変わって、平常運転のマリーだった。


「マリー、喉が渇いたんだが」

「ええー、どうしよっかな」

「その為に持ってきてくれたんじゃないの!?」

「これは私が飲む為に持ってるだけだよ?」


 蓋を開き、こくこくとマリーはそれを飲む。

 猛暑の所為で汗をかいたマリーの身体が、陽の光に照らされてキラキラと輝いている。


 巨大な誘導雲と青い空をバックに、スポーツドリンクを飲むその姿は、美しいひとつの芸術に映った。


 しかしそれよりも、今はマリーの手にあるペットボトルが喉から手が出るほど欲しかった。


「お願いします、私めにもそれをお分けください!」

「ぷはぁ……だーめ」

「そんなぁ!」

「んふ、その顔……凄くゾクゾクするよぉ、お兄ちゃん」


 ここに来て意地悪マリーが炸裂する。

 俺の絶望顔に対して、マリーは顔を赤らめ身をよじる。

 天性のいじめっ子なんだろうなこの娘は。


「うぅ……」

「冗談だよお兄ちゃん。はいどうぞ?」


 先程飲んでいた物とは別のペットボトルの蓋をあける。

 そのペットボトルの飲み口に、マリーは自身の白く小さな指を湿らす。


 中身の液体によって濡れた指を、俺の目の前に差し出してくる。

 意地悪い笑顔でマリーは言ってきた。


「はい、舐めて?」


 指の先端を下に向けてひとつの雫をつくる。

 俺が舐めやすい様に口元に指を置いてきた。


「普通に飲ませてくれ!」

「飲むんじゃなくて、舐めるんだよ?」

「意味がわからん!」

「要らないの? それならマリー戻るけど?」


 くっ……今度は脅迫か。

 このまま帰られたら次がいつになるか解らない。

 ここは自宅、仕方ない――羞恥心を捨てるか。


「な、舐めます……」

「うわぁー、マリーの指を舐めるなんて相当マリーのことが好きなんだね!」

「なんとでも言って……」


 口元に差し出されたマリーの指を見る。

 濡れたその指はキラキラと光っており、とても魅力的だ。


 今からする事は、死ぬまでマリーに弄られるんだろうな。

 しかしそれでも俺はその指に舌を伸ばした。

 恥もプライドも捨てて。


「ぺろぺろ」

「犬みたいだね、はあぁ……可愛いよ!」


 スポーツドリンクに含まれる甘みや、塩っけが舌から感じられる。

 それとは別に、女子特有の甘い香りが口いっぱいに広がった。

 

 椅子に固定された状態の兄に、必死に自身の指を舐めさせる妹。

 これは世間には絶対に見せられない、金神兄妹の一部始終だ。


「美味しかった?」

「ああ、こんなんじゃ足りないけどな」

「可愛いお兄ちゃんが見れたから、残りは全部飲んでいいよ!」


 最初からそうしてください。

 俺の拘束を外して飲み物を渡してくる。

 それを受け取りガブガブと喉に流し込んだ。


 冷たい液体が喉を通る感覚がとても爽快だ。

 身体中の隅々まで水分が届き、血肉となったと実感が湧く。

 今日初の水分という事もあって、とても感動した。


「にしてもこのスポドリ、メーカーどこのだ? 見た事ないんだが?」

「それはマリー特製のスポドリだよ! 美味しかったでしょ?」

「癖はあるが……滅茶滅茶上手いんだよな」


 なんとなく市販のとは違う後味がする。

 それが何かと聞かれると、説明し辛いのだが。


「やっぱり決め手は塩だったんだね」

「何を使ったんだ?」

「さっき用意した特製塩だよ!」

「用意?」


 この数時間の間にマリーはスポーツドリンクを作っていた。

 それに使う材料で、足りないものを購入してきたという事だろうか。


「そう、まずお風呂に半身浴をして汗をかくの!」

「……は?」


 塩の話をしている筈が、マリーは突然自身の入浴方法を話し出した。


「かいた汗は近くに用意したタオルで拭き取って、吸った汗をビーカーに絞り出して汗を溜めるの!」


 まて、どうしてそこでビーカーが出てくる。

 ――何かおかしい。


「目的の分まで溜まったら、それを火にかけて水分を飛ばしてー」


 ――まさかこれは。


「はい、特製塩の出来上がり!」

「おえええええええええええ!」


 吐き気が一気に俺を襲う。

 しかし既に吸収されたらしく、嘔吐いたところで腹の奥からは何も出てこなかった。


「マリー嬉しかったよ、マリーの汗で作ったドリンクを美味しいって飲んでくれて……」


 頬を手で覆い、とても嬉しそうな表情のマリーに恐怖する。

 マッドサイエンティスト一歩手前のマリーにかなりドン引きだ。


「それより暑かったでしょ、戻ってお風呂入ろっか?」


 何事も無かったかのようにマリーは俺の手を握り風呂に引っ張る。

 今は何も考えられない。

 俺は、只々マリーに身を委ねたのだった。

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