後輩の思いを知った俺は、友人を押入れから引っ張り出したのでした

 ※今回は吾郎の視点だけです。





 マリーちゃんは押入れに手を当てて話し出す。


「先輩って愛とは何か知ってますか?」

「愛?」

「そうです、愛です」


 あれだろ、真心ってやつ。

 大切なものに抱く美しい感情。


「家族とか恋人、ペットとかにも想う気持ちだろ?」

「そうですね、あたりです!」


 小さく拍手をして俺を賞賛してくる。

 何が聞きたいのだろうと思うが、まだ話は終わってないようだ。


「では恋とは何でしょうか?」

「恋か……」


 恋も愛と同じで相手が好きな感情だろう。

 まあ恋は基本的には異性にしか持たないが……。


「恋人に抱く感情だよね」

「あたりです、流石ですね先輩!」


 またも拍手をいただく。

 先程から押入れの前で質問を投げてくるマリーちゃんの狙いが一向に分からない。

 謎だ。


「では最後に、恋と愛は何が違うか分かりますか?」


 恋と愛、恋愛か。

 同じような意味だが、違うものだから別に言葉が用意されている。

 しかしいざ違いを説明しろと言われると分からないな。


「んー、細かくは分からないな」

「あー残念です。ではお教えしましょう!」


 残念そうな顔をして俺の代わりに落ち込んでくれる。

 指を立ててマリーちゃんは俺に恋愛とは何か教えてくれた。


「恋は一時的なものなんです、でも愛は永遠。恋は自分本位で、愛は相手本位。愛は恋よりも深いもの、だから恋は次第に愛に変わる、だから恋愛と書くんです」


 成る程、恋は愛になるか。

 そう聞くと愛の方が素晴らしいな。


「マリーはお兄ちゃんをとても愛しています、本当にです。ですがお兄ちゃんはマリーから離れていきます、それはとても寂しいことです……」

「マリーちゃん……」

「お兄ちゃんに……逢いたいです」


 目頭に涙を溜めるマリーちゃんを見て、俺は漸くマリーちゃんの本性を知った。

 そうか、マリーちゃんは寂しかったのか。


 藤麻はそれはとても凶暴なモンスターで、束縛が激しいメンヘラ女だと説明していたが、中身は所詮高校一年生のか弱い女の子。


 両親は海外で出張中と聞く。

 いつまでも家に帰ってこない兄に、心配や寂しさを感じるのは当然。

 藤麻め、マリーちゃんを心配させやがって……。


「マリーちゃん、心配はいらないよ」

「先輩?」


 涙を拭うマリーちゃんの背後にある、押入れの扉を開く。

 突然光が差し込み、不思議に思った藤麻は阿保面あほづらをこちらに向けた。


「あれ、どうして明るくなった?」

「あ、お兄ちゃん……迎えに来たよ!」

「え! マリー!?」

「藤麻、お前は最低なクズだと理解した。マリーちゃんに心配かけやがって」


 マリーちゃんの言動は大好きな兄に対する『愛ゆえの行い』だった。

 最初は滅茶滅茶怖かったが、今は兄が大好きな可愛い後輩にしか見えない。


 お婆ちゃんが言っていた。

 女の子を悲しませるのは絶対にいけない事だと。

 俺はマリーちゃんを泣かした藤麻を外に出した。

 無理矢理押入れから出された藤麻は、地面に頭を打ってしまい涙目になる。


「吾郎、話が違うぞ!」

「お前はマリーちゃんを悲しませた」

「馬鹿野郎が! あれは嘘泣きだ!」

「馬鹿はお前だ、あれは愛する兄の為に流した涙だ」


 足にしがみついて泣き顔の藤麻に説教をする。

 そんな藤麻をマリーちゃんの前に蹴り飛ばした。


「お兄ちゃん……心配、したんだよ?」

「あわわ……マリー」

「さあ、先輩にも迷惑だから……早くお家に帰ろ?」

「た、助けて吾郎……吾郎様!」


 正面から藤麻を抱擁して漸く安堵の顔を見せたマリーちゃんと、蒼ざめた顔をした藤麻。

 素敵な兄弟愛を見せられて、俺も目頭が熱くなった。


「たく、美しいもの見せやがって……」

「やっぱりお前は阿呆だな!」

「マリーちゃん、怪我しないように帰るんだよ?」

「はい、お兄ちゃんを預かって頂きありがとうございました!」

「犬か俺は!?」


 ぎゃあぎゃあ言いながら首根っこを引っ張られて、藤麻はマリーちゃんと玄関の外へと消えた。


 お婆ちゃん、俺やったよ。

 言いつけ通り女の子を悲しませない様に頑張ったよ。

 まるで無くなっている様に言っているが、普通に田舎で健在のお婆ちゃんに今日の事を伝える。


 外からもの凄い悲鳴と、普段聞きなれない甲高い金属音がこちらまで届いたが、がそれはきっと気のせい。

 時計の針はもうすぐ十一時に重なりそうだ。

 明日は休日、きっといいことがあると信じて俺は床に着いた。

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