第十一話 クラスメイトに合コンを誘われた俺は、妹に荒らされるのでした



 メニューに載っていない商品を聞き覚えのある声が答える。

 俺はその声に静止した。


「えっと……君は?」


 吾郎はその声の登場に困惑しつつも名前を聞いた。

 その者は明るい声音で答える。


「私はこの人の妹、金神マリーと申します。兄がいつもお世話になってます」

「そうなのか、藤麻お前こんな可愛い妹さん居たんだな?」

「……」


 マリーの完璧な対応に吾郎は俺の肩を叩く。

 すると次は女子二人が声をあげた。


「えー、金神っちにこんな可愛い妹さんいるとかちょー羨ましいんだけど!」

「ほ、ほんとだね。お人形さんみたい」


 女子二人からも絶賛されているマリーは、笑顔を二人に向ける。

 そしてそのまま――えげつない言葉を放つ。


「勝手にお兄ちゃんに色目使ってんじゃねぇぞ、雌豚どもが……お前らから絞ったラードで豚カツにしてやろうか?」


 声のトーンをものすごく下げて、発されたその言葉は想像もできない程のものだった。


 この場が一気に凍りつく。

 流石にそれを放置できないので、堪らずマリーに意見する。


「すみませんマリーさん、少し……いえかなり御言葉が御下品に感じられました」

「あ、いけない。マリーったらつい本音が!」


 口に手を当て驚きの顔をするマリー。

 いやこっちが驚きなんですけど……。


 そんなマリーに、三人は引き気味に反応していた。


「金神っちの妹さんは……その、面白い子だね?」

「あはは……」


 女子二人は苦笑する。

 あんなこと言われたのにまだ褒めるなんて凄いな轟さん……。


 しかし女子の話を無視して、マリーは話しかけてくる。


「お兄ちゃん、私をいつまで立たせたままでいるの?」

「あ、ああ……」


 座らせろと言われたので俺は席を譲ろうと立ち上がる。

 しかしマリーはそれに手を向けて静止させる。


「お兄ちゃんはそこに座ってて大丈夫だよ」

「は?」


 そういってマリーは、あの日のように俺に座ってきた。

 ――しかし今回は体制が違った。


「ま、マリーさん。この体勢は!?」

「え、いつもこうじゃないお兄ちゃん?」


 マリーは膝に、俺と向き合って座って来た。

 皆には背中を向けて俺だけを見ている。


 俺の両手をマリーは自分の太腿で踏み付け、身動きを取れない状態にさせる。


 俺の肩に手を置き、今にもキスしそうな雰囲気を出していた。


 この構図は色々とまずい。

 俺はマリーに退くように伝える。


「マリーさん、三人が見ています。お願いですから降りてください!」

「誰が見てようが関係ないでしょ? それに疲れちゃったし」

「だから退くので一旦降りてください!」

「お兄ちゃん、マリーと一緒じゃ嫌なの?」


 潤んだ瞳で俺を見つめてくる。

 その目に俺は少し鼓動が速くなる。


 そんな中、三人はそれを見てひそひそと話していた。


「ね、ねぇ田中っち。金神っちの妹さんて……ブラコンってやつ?」

「俺も初めて見たけど、多分そうだな……」

「はわわ……」


 轟さんと吾郎は顔を合わせて話す。


 桜井さんは真っ赤になりながら両手で顔を覆っているが、隙間からバッチリこちらを見ていた。


 誰かに助け舟を出そうにも、マリーを刺激するのは避けたい。

 ここは俺が収めなければこれは終わらないだろう。


「お兄ちゃん、お水飲む?」


 余所見しているとマリーは突然水分補給を提案してきた。

 特別渇きを感じてはいないが、今はYesマン精神でいこう。


「あ、ああ」

「わかった。それじゃあ」


 そういってマリーは器用に上半身だけ捻って水の入ったコップを手に取った。


 そして自身の口に近づける。

 お前が飲むんかい。


 マリーは可愛くこくりと水を口に含んだ。

 口一杯にして、頬を大きく膨らませている。


 ――そしてそのまま俺にゆっくり顔を近づけてきた。


「え、ちょ……ま、マリー様! それはダメです!」

「んー」


 ハムスターの様に頬を膨らませたマリーは、所謂『口移し』を行うつもりだ。


 水で潤った唇がとても魅力的で、その唇に魅了される。


 目を閉じて、頬を桜色に染めている。

 その表情に気を取られていると、マリーが俺の口に到達していた。


「んっ」


 俺の頬を両手で優しく包み、俺の顔を固定する。

 そして遂に俺の初キッスはマリーに奪われてしまった。


「んー!」

「んふっ……」


 抵抗するも効果が薄い。

 顔は固定され、手足はマリーに踏まれている。

 それでも抵抗を止めはしない。


 しかし口から流れ込んでくるそれを飲んだ瞬間に、俺の身体は硬直した。

 なんだこの味は。


 都会の水はとても清潔なのだが、塩素の味がしてあまり美味しいものではない。


 なので基本ファミレスなどにきても俺は水を飲まないし、無くなっても追加を頼むようなことはしないのだ。


 しかしこの水には何かが含まれている。

 ――何故なら味覚が甘味を感じているからだ。


「ん……」

「んふぅ……ふふ」


 マリーの口内にある水がどんどん流れ込んでくる。

 俺はそれを一滴残さず全て飲み込んだ。


 甘い。

 兎に角甘くて美味しいのだ。


 マリーの唾液が混ざり、ただの水に味をつけているのだろう。

 女の子は砂糖で出来ているというのは本当だったのか。


 俺は抵抗をやめて、だらし無い顔でマリーから必死に水分補給をした。


「ぷはぁ……ふぅ」

「はあ……はぁ」


 ゆっくりとマリーが唇を離す。

 俺は一瞬だがその唇に自分から顔を近づけてしまった。


 唾液が糸を引く程の濃厚なキスをした俺は、エサを欲しがる獣の様だった。


「あはっ、その顔いいねお兄ちゃん――とても愛おしいよ」

「はぁ、はぁ」


 興奮していた為、全身汗塗れだった。

 俺は乱れた呼吸が落ち着いた頃に、冷静さを取り戻す。

 やってしまった。


 三人がこの場にいることを思い出し、涙を流しそうになる。


 いっときの感情に流されて、またも醜態を晒した。

 三人は俺を見て硬直していた。


 吾郎は凄いものを見た顔で。

 轟さんは顔を赤く染めて。

 桜井さんは大きく開いた指の隙間から見ていた。


 要するに全員。

 頭から全て。

 余すことなく。

 バッチリ見ていた。


 俺らの行為が終わった後に、三人は立ち上がった。


「あ、あたし達帰るわ、またね金神っち?」

「お、俺も用事を思い出したわ……それじゃあな」


 そそくさと三人は店内を出て行く。

 まだ何も注文していなかったので、会計はせずに済んだ。


 しかしそんな事は今はどうでも良い。

 俺は身体中から力が抜けてしまう。


 そんな中マリーは先程からとても機嫌が良さそうであった。


「お兄ちゃん初めてを奪えた!」


 手を頬に当て、上半身をくねくねさせている。

 俺は未だ停止したままで現実を受け止めきれなかった。


 そんな俺をマリーは優しく抱擁する。


「ほら、お兄ちゃん……おいで?」


 両手で俺の頭を優しく包み、自身の胸に寄せた。


 マリーの体温を感じてとても安心する。

 鼻からはマリーの匂いで癒される。


 俺はその抗えない安心感に涙が出てきた。


「うう、マリィ!」

「よしよし、大丈夫だよお兄ちゃん」


 またマリーに壊された。

 折角ここまで逃げて、合コンを楽しもうと思ったのに。


 どんなに頑張ってもマリーからは逃れられないのか。

 さらには吾郎たちに見られたくなかったものを、見られた事がかなり効いた。


 そして今はそのマリーに、慈しむ様に優しく抱擁されていた。


「疲れたでしょう? マリーが側にいるから安心していいよ?」


 赤子をあやすように、穏やかなその声音を子守唄にして、マリーの胸の中で眠りにつく。

 ――口元をとても歪めて。


「計画は順調だよ、お兄ちゃん」

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