番外編――彼岸 花

 ※第一話の前の話です。



 私の名前は彼岸花ひがんはな

 小柄で黒髪の地味な格好の私は、傍目では他の子より少し暗く見られている。


 しかしそれが何かの障害になっているわけでもなく、生活に支障は特にない。

 ――只、同性からの虐めは絶えなかった。


「花さーん、トイレの花子さーん! そんなにトイレが好きなのかな?」

「やばい、それうける」


 外から聞こえる声は同じクラスの女子生徒。

 私をトイレに閉じ込めた張本人達だ。


 放課後。

 二人から話があるといわれて校舎の離れにあるトイレに同行した。


 目的地についた直後。

 二人に押されてこのトイレに閉じ込められたのだった。


「お、お話があるって言ってたのに……」

「は? んなもんないよ。ただムカついたからこうしただけ」

「わかる。この子絶対自分の事可愛いとか思ってる子だよ」


 女子一の意見に女子二が同調する。

 この二人はいつもこうだ。


 先日、私はとある男子生徒から告白を受けた。

 その人の事を良くは知らない私は、断り相手を傷つけてしまった。


 そしてその男子生徒に好意を寄せている、女子一にその件を知られ、現在とばっちりを受けている。


 人間というのは本当に愚かだ。

 こんな事をしても好きな人の心は晴れないし、その人が振り向いてくれる訳でもない。


 そんなものは考えれば分かる事なのに、こうして私を虐めて楽しんでいる。

 こんな姿を見られたらどうするつもりなのだろうか。


 要らん心配をしてやると外から水が波打つ音がした。


「そんなにトイレが好きなら、これでも飲んでなさい!」

「きゃはは、それ便器のじゃん!」


 ドアの上から水の入ったバケツを投げ込まれる。

 私は頭から水を被り全身水浸しになった。

 そんな私を二人は嘲笑う。


「いい気味ね、タケルくんを振るからこうなるのよ」

「大体なんでこんな子に告白なんてしたんだろうね?」

「さあ、罰ゲームか何かじゃない?」


 現実を見ない者とYESマンはありもしない話を繰り広げていた。

 そんな二人に流石の私も怒りを覚え、強く睨み付ける。


 話があるからと呼びかけに応じたのに、人の厚意を踏みにじる様な奴ら。

 沸き立つ怒りと憎しみ、それと霰みの全ての感情を瞳にのせた。


「な、何こいつ……もういこ!」

「そうだね……」


 二人は濡れた私を放置してトイレから出ていった。

 勝手な奴らだ。

 二度と関わらない事にしよう。


 仕方ないので、そのまま外に出てカバンを取りに教室に戻ろうとする。

 すると横から声をかけられた。


「ずぶ濡れじゃねぇか、何かあったのか?」


 声の感じだと男子だろう。

 この小柄な姿が男共から興味を持たれるものなら、それは生活に支障をきたしているのかもしれない。


 自由な時間が取れず、くだらない理由で同性からの嫉妬を受ける。


 こんな事ならもう少し身長が欲しかったと願うばかりだった。

 そんな事を考えていると、男子生徒はカバンから自分のジャージを取り出した。


「そんな格好だと風邪引くぞ?」

「え……でも」

「気にすんなって」


 男子生徒の方を向き、渡されたジャージを受け取る。

 青色のそれは同級生の印。

 私はその人に感謝をした。


「あ、ありがとう」

「おう、それじゃあトイレで……ってあぶね!」

「え」


 男子生徒は私に飛びつき、その勢いでお互い地面に倒れ込む。


「んん、何が……」

「ち、見られたか……」


 先程まで私たちがいた場所には無数のカッターが刺さっていた。


 跡を見るにかなりの距離から放たれたものだと推測できる。

 そしてその内一本だけ――新鮮な赤い液体が付着していた。


「だ、大丈夫!?」

「はは、いつものことさ」

「いつもって……」


 頬から流血しているその男子生徒は、このような事は日常茶飯事と述べた。


 どんな生活をすれば、そのような赤い青春を送らねばならないのか理解できないが、その答えは目の前に出現した。


「お兄ちゃん、はやくその雌から離れて?」


 陽に照らされた金髪は輝きを放ち、黄金の瞳は髪と並ぶ程の存在感を放っている。


 しかしそれを上回る圧倒的な闇を、その瞳に宿していた。


「お兄ちゃん、二度も言わせないで。その雌から離れて」

「わ、わかったマリー。落ち着いて」


 私から離れる男子生徒の顔は、血の気が引いて真っ青になっていた。

 指示どうりに私から離れる。


 すると完全に離れる直前。

 傷口から垂れたその者の血液が、私の口内に着地した。


「!」

「あ、悪い!」


 口内に侵入したそれはとても濃厚な鉄の味がした。

 人によっては好ましい味ではないだろう。


 そもそもこれは飲み物ではない。

 従って美味い不味いを審議することが無駄な事で、この場合に感じるものは嫌悪感だ。


 しかし私はそれに――とても興味を惹かれた。


「こいつ……お兄ちゃんの鮮血を飲んだな?」

「マリー落ち着け。そんなものあげるから、頼むからこの場は俺の血だけで収めてくれ!」


 必死にこの場を収めようとする。

 しかし妹さんは止まらない。


「だめよ。私がお兄ちゃんの血を貰うのは至極当然、私以外がそれを摂取、使用はあまねく人々の禁忌なの」

「全人類の法!?」

「それもアウストラロピテクスの時からね」

「古より伝わっている!?」


 今すぐ私を亡き者にしようとする妹さん。

 それを必死に止める男子生徒。

 そんな中で私はその場を収める為に口を開いた。


「わ、私はその人からジャージを借りただけです……」

「お兄ちゃん――どういう事?」


 首だけが勢いよく私から兄に向く妹さんに恐怖するが言葉を続ける。


「ぬ、濡れてしまった格好を見て、その人は迷いなくカバンからジャージを取り出してくれました!」

「お兄ちゃん……どういう事?」


 妹さんの纏っていた闇が更に濃くなった。空気は凍りつき、足にはまるで釘でも打たれたかの様な錯覚に陥る。


 過ごし易い陽気から一転して、生活が困難な程の極寒の地に飛ばされた気分だ。


「マリーさん、いえマリー様!」


 妹を様付けで呼ぶ男子生徒は説明を始めた。


「そこに見える淑女は、理由はどうであれ濡れた衣服を纏っています。男たるもの、その様な格好で女性を放置するなどあってはならないと考え、自身のジャージをお渡ししたのです」


 片膝をつき、妹さんに頭を下げて経緯を説明した男子生徒はその体制で、審判の結果を待っていたのだった。

 私も手を抱き、ただ祈る。


「お兄ちゃん、残念だけど死け……「マリーゴールド様! 今夜はマリー様お手製の唐揚げが食べたい所存です! ささ、今すぐ我らの愛の巣に戻り、準備をしましょうではありませんか!」


 死刑判決を強引に捻じ曲げ、男子生徒は妹さんの肩を自身に抱き寄せその場を離れた。


 妹さんは納得のいかない顔だが、兄の為にと夕飯の準備に取り掛かる姿勢を見せていた。どうにかこの場は収まったらしい。


「こ、怖かった……」


 腰が抜けた私はその場に座り込んでしまう。

 足にも力が入らず数分はその場で震えていた。


「でも、あの人の血――美味しかったな」


 今でも忘れられないあの味に私は恍惚していた。

 もう一度機会があれば、浴びる様に飲みたい。


 そんな事を考えると、不思議とドキドキしてしまう。

 そしてその感情は、いつのまにか恋にすり替わっていた。


「恋人同士なら血を吸っても変じゃないよね……」


 歪んだ考えは歪んだ愛を生み、そのまま普遍から遠ざかる。

 しかしそれすらもわからない程に私は、たった一滴の紅い体液に惹かれていった。



 彼岸花ひがんばなとはヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草。


 墓地などに咲いておりあの世を連想されたりするもので、赤い花弁が放射状に広がる姿が特徴の毒を持つ花だ。


 その毒を使って、先祖の墓を荒らしたりするモグラなどを寄せ付けない様に墓地に植えられているのだ。


 不幸の象徴ではあるが、こうして先祖の遺体を守ってくれている役目があり、一概に悪いイメージばかりではない。


 花言葉はこれも色によって変わってくるが「情熱」「想うはあなた一人」など、一途な恋を彷彿とさせる。

 しかし少し怖い逸話もある。


 こんなにも美しい赤いなのは何故か――それは先祖が墓に埋められた直後の生き血を吸ってる為に美しく、血液の様に真っ赤なのだ。


 他にも様々な逸話があるが、この私、彼岸 花にはこの逸話が相応しいだろう。


 他の花言葉は「また会う日を楽しみに」とある――本当にで仕方なかった私は髪を短くし、彼に告白する為の準備を始めたのだった。

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