第五話 屋上に追い込まれた俺は、妹に自白剤を投与されるのでした
マリーとの鬼ごっこは授業開始まで続いた。
席に着く頃にはヘトヘトになり、疲労の所為で授業が頭に入ってこない。
お陰で苦手科目の教師に目をつけられてしまった。
朝から最悪のスタートだ。
そんなこんなで四限が終わり昼休み。
漸く昼飯だと喜んでいると、教室の後ろのに人影が現れた。
「ラウンドツーだよ、お兄ちゃん?」
「はは……は」
――鬼ごっこ再開である。
◇
結局あの後、上手いこと屋上に誘導された。
今は無人の屋上で向き合っている。
「それじゃあお兄ちゃん――覚悟はいい?」
世界の中心で愛を叫ぶ話もあれば、屋上の中心で死の宣告をされる話もある。
まあ後者は俺くらいだろうが。
晴天の中光輝く金髪に、全てを魅了する
愛らしいその容姿は正に鬼に金棒だな。
そんなトップクラスの美少女が、カッター片手にじりじりと距離を詰めてくる。
鬼も真っ青の状況だ。
「マリー、朝のことはもう大丈夫だ。そもそも寄生虫はいないんだよ」
「ダメだよお兄ちゃん、それは酔っ払ってる人が『酔っ払ってない』って言ってるのと同じだよ。お兄ちゃんは寄生虫に騙されてるんだよ?」
俺にメスを入れたいマリーは止まらない。
切り開いた所で出てくるのは真っ赤な鮮血だけだ。
うう、考えただけで寒気が……。
『ぐう〜』
そんな中、この緊迫した状況に気の抜けた音が腹から出る。
それを上手いこと使ってこの場を凌ぐ。
「と、とりあえず昼食にしないか?」
「――そうだね、お弁当にしよっか!」
そう言ってマリーは何処からか弁当を取り出した。
蓋を開けると、そこには夢のような景色が広がっていた。
「今日はお兄ちゃんの大好きな唐揚げだよ!」
可愛らしい弁当箱から現れたのは、色取り取りのおかずと小さめのおにぎりだった。
おかずは俺の大好物、唐揚げがメインで、栄養が偏らない様野菜やフルーツも入ってある。
「それじゃあお兄ちゃん食べよっか!」
「おう、いただきます」
合掌し、初手で唐揚げを頬張る。
マリー特製の唐揚げが、今日の疲れを忘れさせる。
俺は見事に胃袋を掴まれていた。
◇
弁当を食べ終えた俺たちは、お茶を啜りながら残りの時間を楽しんだ。
「はい、お兄ちゃん」
「お、ありがとう」
先程のお茶とは違うものを渡してきた。
ほうじ茶の様な色をしている。
「このお茶はネットで話題なんだよ!」
意外にもマリーはネットの評価を鵜呑みにしている。
そういった所は今時の子だな。
「確かに香りがいいな」
「味も美味しいよ!」
ベタ褒めするそのお茶を、啜ろうと口を付ける瞬間だった。
マリーの短いスカートのポケットから、大きく『じ』と書かれた白い薬が見えた。
「マリーさん、このお茶に……何か入れたりしてる?」
「――何かって?」
大きな瞳が更に大きく見開き俺を捉える。
変なことを言えばタダじゃおかないと語っている。
絶対入ってるな……。
「ご……ごめんマリー。お兄ちゃんもうお茶はいいや!」
「え?」
「だからお茶は……」
「え?」
ラノベの主人公の如く突然難聴になったマリーは、永遠と同じ言葉を発している。
仕方ない――実力行使にでるか。
「おっとー、手が滑っったああああ!」
俺は体を捻って背後にお茶を投げた。
滑るという次元を超えて、お茶は宙を舞う。
このままいけばお茶は地面に溢れてしまう。
仕方ない、手が滑ってしまったんだから。
「ごめんマリー、お茶が手から離れて……」
前に振り向くと、そこにはマリーが居なかった。
すると背後から背中を叩かれる。
「もー、手が滑るなんて――お兄ちゃんはおっちょこちょいだね」
背後に向くと、俺が投擲したお茶をマリーが持っていた。
あれ……どうして?
もしやあの空中にばら撒かれたお茶全てを、地面に着く前に、水筒の蓋に拾い直したと言うのか。
マリーの奥を見ると、屋上の地面に濡れている場所は、何処にも見当たらなかった。
「はい――お兄ちゃん?」
再びお茶を手渡させる。
するとお茶の表面が小刻みに波打っている。
地震かと思ったら、俺の手が恐怖によって揺れていた。
その振動がお茶に伝っていたわけだ。
逃げられない、逃げようにも逃がしてくれない。
このお茶を飲むしか道が無い。
俺はそのお茶にゆっくりと口をつけた。
「う……!」
強烈な痛みが俺を襲い、苦しくなる。
すると意識が朦朧としてふわふわした気分に陥った。
「お兄ちゃんに質問です、家にある成人向け雑誌はどこにありますか?」
「……国語辞典のカバーをかけて隠してあります」
俺の証言をメモして、マリーは続けて質問してくる。
「わかりました、今朝の質問です。校門で三年の雌と話していましたが、どんな気持ちでしたか?」
「……とても楽しかったです」
「――今度の休日監禁決定」
朦朧とする意識の中とんでもない言葉が聞こえたが、今は質問の回答を答えるだけの機械。
俺はただ、次の問いを待っていた。
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