忘れられし英雄

 強力な魔物が生息する魔の森に囲まれ、天を貫く切り立った山の中腹に建てられた巨大な古城。

 天然の要塞に守られているその古城はかつて、数百人の魔法使いによって長い年月をかけて建てられたものであり、二千年のときを経た今でも当時の姿を残している。

 古城周辺には、当時の魔法使いが残した結界が幾重にも張られており、神でさえもこの古城を見つけることはできない。

 本拠地とするにはこの上ない場所。

 ハルを含む英雄、『忘れられし英雄』はここを拠点に、異世界人狩りを行なっていた。




「アルンケファラー様、わざわざ俺を呼び出してなんの御用でしょうか」

「もう、ハルくん。私のことはアルンちゃんって呼んでって言ってるじゃないですか。貴方だけですよ、呼んでくれないの」


 古城の最上階に位置する、神が住まう部屋。そこには二つの人影があった。

 一つは、ハルと呼ばれた、この世界では少数である黒い髪、黒い瞳をした青年。

 もう一つは、アルンケファラーと呼ばれた、それ自体が黄金の輝きを放つ長い髪に、この世の全ての美を集めたような顔を持つ幼女だ。


「それで、一体なんの用ですか?先の任務の報告は既にしたはずですが」

「うん、いつもと変わらないクールなハルくんのこと、私好きで――ごめん、ごめん!もうふざけないから帰らないで!」


 会うたびに行われるやりとりを面倒くさいと思ったハルは、執務室の扉に手をかける。それを見て慌てて呼び止めるアルンケファラー。いつもの光景である。

 無言で元の位置に戻ったハルを確認してから、アルンケファラーは話し始める。


「要件は二つ。一つは、今週中にでも、ハルくんとこのエミリアちゃんに英雄化の儀式を行おうかということです」


 英雄化の儀式。

 名前の通り、英雄としてふさわしい人物を、神が真の英雄として認める儀式。

 もちろん、ただ認められるだけではない。

 身体的、精神的な能力が向上し、運命補正力が増加する。

 忘れられし英雄が、強大な力を持つ異世界人に対抗するために必要なものだった。しかし――


「俺は反対です。たしかに、エミリアの実力は英雄と認めるには充分です。しかし、英雄としての覚悟がまだ足りていません。このままでは、英雄となってもすぐに死にます」

「あはは、たしかに、ハルくんからしたらエミリアちゃんの覚悟は足りてないように見えるかもね。でもあの子は英雄として充分な覚悟を持ってる。君とは別の意味でだけどね。いや、ある意味同じかな?」


 アルンケファラーはニコニコと、親が子に向ける優しい笑みを浮かべながら、諦めた風に目を閉じ、俯くハルを見る。

 しばらくして、顔を上げたハルの顔にはいつもの無表情が貼張り付いていた。


「……わかりました。しかし、英雄化の儀式をしたところで現状、予備戦力が無いため新たな部隊を編成できません。エミリアが抜けるとなると俺の部隊も動かすのは困難かと」


 忘れられし英雄では、一人の英雄を隊長とし、五十人前後の部隊で活動を行なっている。

 しかし、ハルの部隊は以前、とある任務でその三分の一を失った。

 先の任務はなんとかなったが、ナンバーツーであるエミリアが抜けるとなれば、活動休止をするしかなかった。


「うん、二つ目の要件って言うのはそれについてなんだ。ハルくん、新人教育するつもりはない?」

「……は?」


 予想していなかった言葉に戸惑うハルを、アルンケファラーはニコニコと、親が子に試練を与えるような笑顔で見ていた。

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