英雄

「――――ハッ!お前、メルフィスを離せ!」


 絶望に飲み込まれる直前、俺は何とか正気を保ち、襲撃者たちに勝利の剣シアゲシュバートを向け、叫ぶ。

 同じく絶望に飲み込まれかけていたリザは俺の声で正気を取り戻す。


「そうです!メルを……メルフィスを離しなさい!」


 リザも腰に差していた細剣レイピアを抜き、襲撃者に向ける。

 そんな俺たちを見た襲撃者たちは互いに顔を見合わせた後、大剣を持った襲撃者が一歩前に踏み出した。


「武器をこちらに投げ捨てろ。そうすれば仲間を解放してやる」


 初めて口を開いた大剣の襲撃者は感情のこもっていない声でそう告げた。


「…………分かった」

「キョウヤ様⁉」


 俺が相手の要求をすぐにのんだことに、リザは慌てた様子で俺を見る。

 先ほど考えていた唯一の打開策は、勝利の剣を手にした状態でしか発動できない。

 それにもかかわらず、俺が剣を手放そうとしているのだからリザが慌てるのは当然だった。だが――


「大丈夫だ、信じろ」


 俺は力強い声で安心させるように言う。

 リザはそんな俺を見て一瞬躊躇するも、すぐに覚悟を決めた目をし、頷く。

 俺とリザはそれぞれ剣を放り投げる。

 リザの細剣は襲撃者たちの手前で落ちるが、俺の剣は襲撃者を飛び越え、草むらの中に落ちて見えなくなる。

 襲撃者たちは剣の落ちた方に視線を向けるが、一切の隙が生じない。

 

「さあ、メルを解放しろ!」


 襲撃者たちは俺たちが他に武器がないのを確認すると、メルフィスを俺たちの方へ突き飛ばす。


「――ッ!メル!」


 リザが前に飛び出し、倒れそうになるメルフィスを支える。

 俺はその間も襲撃者たちを警戒するが何もしてこない。まるで何かを待っているかのように。

 

(なんだ、この胸騒ぎは……)

「メル……今、治療してあげるから!」


 俺が謎の不安に襲われている間、リザは治癒魔法を詠唱しながらメルフィスの猿ぐつわを外す。

 異変が起きたのはその時だった。


「カッ……………………ァ?」

「――――――――――――えっ?」


 襲撃者と謎の不安に意識を裂かれていた俺が、その今にも消えてしまいそうな声を聞けたのは奇跡だった。

 視線をリザへと向ける。

 視界に映ったのは、何が起こったかわからない顔で首から血を吹き出すリザと、リザの首筋に喰らいつき血をすするメルフィスの姿だった。


「――――――――!リザァァァァァッ!」


 俺は渾身の力を込めてメルフィスを突き飛ばす。

 力なく倒れるリザを抱きかかえ、突き飛ばしたメルフィスを見る。

 いや、それは既にメルフィスではなかった。


蘇りし死体リビングデッド………………」


 俺は、エーデルガルドの図書室で見た魔物に関する書物に記されていた名前を呟く。


「正解です」


 横から聞こえてきた声で、俺の意識は再び襲撃者たちに向けられる。

 話していたのは大剣の襲撃者ではなくもう一人、魔法使いであろう襲撃者だった。


「綺麗に殺せたので使わせていただきました。どうでしょうか?」


 大剣の襲撃者とは違い、嘲笑するかのような声に俺の神経は逆撫でられる。


「――――ッ!勝利の剣!」


 俺は愛剣の名を呼び、その特殊能力アビリティの一つを開放する。

 草むらから金色に輝く一振りの剣が飛び出し、まるで意思を持っているかのように魔法使いの襲撃者に襲い掛かる。

 だがそれは、まるで予想していたかのように叩きつけられた大剣によって阻まれる。

 しかし、それだけでは終わらない。

 片方の大剣で勝利の剣を抑えつつ、大剣の襲撃者はもう片方の大剣で勝利の剣の中央を突き刺す。

 勝利の剣はその攻撃を耐えるが、それも一瞬のことだった。

 勝利の剣は大剣に貫かれ、真っ二つに折れる。


「あっ――――――――――――――――」


 二つになった勝利の剣はしばらくその場に残った後、光の粒子となってそれへと消えた。

 その光景を見た俺は言葉を失う。

 力を亡くした腕からは、もうとっくに動かなくなったリザが地に落ちる。

 呆然とする俺の目の前に大剣の襲撃者が立つ。


「…………お前は、お前たちは何者なんだ」


 俺は何とか声を振り絞って襲撃者に問う。

 大剣の襲撃者はその場でかがみ、俺と目線を合わせてこう告げた。


「……俺たちは英雄。この世界の守護者だ、転生者」


 英雄。俺はその言葉を知っていた。

 かつてこの異世界を守っていた守護者であり、転生者が現れて以降その役割を失った過去の遺物。

 

「さて、お前個人には何の恨みもないが。ここで消えてもらう」


 大剣の襲撃者はそう言うと、立ち上がり何かを呟く。すると、襲撃者の右手に持つ大剣が白色の魔法陣が現れ、そこから出現した白い炎が大剣を覆う。

 

「じゃあな、転生者、水鏡恭也」


 それからはあっという間だった。

 大剣の襲撃者が俺の胸を、白い炎をまとった大剣で突き刺す。

 痛みはなかった。ただ、体から力が抜けていく。

 白い炎は俺の体を焼く。

 だが、白い炎が焼いたのは体だけではなかった。

 俺の魂すらも焼いていく。

 燃える。燃える。

 消える。消える。

 この世界から俺の痕跡全てが消えていくように感じる。

 そして、最後に残った魂の破片すら燃やし尽くされ、俺の存在は世界から消えた。

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