Illusion paintings

廣田 司庵

君も、僕も、全てが幻

僕は絵描き。


名もない絵描きです。


僕は特定のモノしか描きません。


それは、あなたのような、"人"の一生です。


人によって長かったり短かったりする一生を、たった一枚の絵に閉じ込めるのです。


ある人はとても色鮮やかな人生でした。

僕の持っている絵の具の半分の色を使わないといけないくらい、カラフルな絵になりました。

色とりどりの花束の様でした。

薔薇にガーベラにカーネーション。

菫に霞草にチューリップ。

実に美しい一生でした。


ある人は、真っ暗な人生でした。

黒の絵の具と、水だけで描けるほど、色がありませんでした。

黒だらけの絵になりました。

雨が降りだす前の雲の様でした。

見ていて悲しくなる一生でした。


そんな絵を、ずっと描いてきました。

ずっとずっと昔から。

もう、何年やってきたかなんて分かりません。

何百年、もしくは何千年。

自分とは違う、せいぜい百年くらいの人の命に心惹かれたのです。

この地球が生まれて何十億年という月日が流れました。

その中のたった、それっぽっちの、幻のような命に惹かれたのです。


この短き命を持って生まれたあなたたちの"生きた証"を絵として残しておきたかったのです。


あなたたちがこれから生きていく時間が、長かれ短かれ、地球からすれば一瞬なのです。

その一瞬を、一生懸命、必死に生きているのが人間です。

そしてその一生は、全て幻想だったかのように消えていくのです。

小さな子供が砂浜で作った砂城が、風にさらわれ、波にのまれ、崩れ落ちていく様に。


でも、僕は、幻であるから、消えていくから、絵を描くのです。

そして何より、幻であることに意味があると思うのです。


幻にすがりつき、命をいとおしみ、生きていく。

だから、僕は人を絵で残したかった。


草原のように広い心を持ったあの人を。

大空のように大きな愛で包んでくれたあの人を。

小鳥のように軽やかに飛んだあの人を。


だけど、僕が絵を描く理由はもう一つあるのです。


沢山絵を描いて、示したかったのです。残したかったのです。

この絵達を描いたのが僕だということを。

皆幻だと分かっていても、僕の存在を知って欲しかったのです。


だから、僕はまだまだ描きます。

人が生きた証として残すため。

僕が存在したことを証明する物として。


僕のこの幻の命が消えるまで…


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Illusion paintings 廣田 司庵 @sian1133

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