第3章
それからおよそ三十分後、四人は天文台に着いた。
「お父さん、帰ったよ!」
オサム君が、ゲートのインターホンから、みんなの到着を告げた。
天文台のゲートがすぐに開く。
「門が開いたよ」
オサム君の合図で、AIサイクルは、天文台の駐輪場へ自動でむかい、停車した。
「やあ、よく来たね」
小柄だが、まるでお相撲さんのような人が、天文台の入り口で、手を振っている。
「親方だ!」
ハルトは、思わず声を上げた。
「ワーイ」
いつのまにか、マリンが親方に抱きかかえられている。
「こんにちは」
リカもうれしそうだ。
「みんなに会ったのは、たしか、去年の冬休みだったね」
博士がにっこりする。
「はぁ─ーい!」
オサム君をはじめ、みんな一斉に、手をあげた。
「オサムは、毎日、会ってるじゃないか」
ニコニコしながら、博士は、息子の頭をなでる。
「最近、天文台に泊まり込みが多いから寂しいよ」
「地球の一大事なのだ。わかってくれ」
「おとうさん、学校の天体望遠鏡で、真っ先に、太陽の異変に気づいた、ハルト君とリカちゃんだよ」
「君たちは、太陽異変の第一発見者になれるかもしれないよ」
「すごい! ぼくとリカちゃんが!」
二人は手を取り合って喜んだが、すぐに、真顔になった。
「太陽が割れ始めています。太陽や地球はどうなるのですか?」
みんな真剣なまなざしだ。
「太陽を見せよう」
博士は、太陽を観測している奥の研究室に、四人を招いた。
「わっ……」
何台ものPCや、複雑な装置、無数の配線が部屋中に張り巡らされている。ところが、天体望遠鏡はどこを見てもみつからない。
「天体望遠鏡はどこにあるのですか?」
ハルトは周囲をキョロキョロした。
「この建物は、ドームレス太陽望遠鏡といって、望遠鏡は建物の外にあるのだよ」
博士は天井を見上げ、最も高いところを指さした。
「へーっ」
みんな同時に首を上げる。
「あれ、オサム君は、ここ初めてなの?」
リカは不思議に思った。
「ぼく、お父さんの仕事に、あんまり関心がなかったから、この部屋はじめてなんだ」
オサム君はかっこ悪そうに頭を掻く。
「今日はおまえが来てくれて、お父さんはうれしいぞ」
博士が息子の頭を、にこにこしながらなでる。
「さっそく見せよう」
博士が、指示を出すと、スタッフたちが複雑な装置を、テキパキと操作する。すると、壁にはめ込まれた、一五〇インチの大きな液晶モニターに太陽の映像が浮かび上がった。
「ひび割れが更にひどくなってる!」
その姿はあまりにも痛々しく、ハルトは言葉につまった。
「太陽さんが苦しんでる」
繊細なマリンは目に大粒の涙を浮かべた。
「ほんとね、太陽さんつらそうだわ」
「うん」
リカの言葉に、ハルトも心がキリキリする。
「表面に広がる切り傷のような黒い部分が、どんどん拡大しているのだよ」
博士は、画面の右脇に立って、太陽の黒い帯状の箇所を指差した。
「太陽はガス体だから、絶対に割れたりしないって、クラスメイトや先生から言われました。でも、ぼくはどうしても、割れているようにしか見えません」
「あたしも、ハルト君と同じです。あれが黒点だなんて、納得できません」
「お父さん、本当はどうなの?」
オサム君が、父親を見上げた。
「あの真っ黒な帯は太陽の裂け目だ。そして太陽の心の傷でもあるのだ」
木原博士は厳しい表情で、画面を見つめた。
「心の傷!」
みんな声をあげた。
騒ぎをよそに、好奇心さかんなダイアンは、研究室の机の上を飛び回っている。
「ぼく」
ハルトは、ためらった。
「何だね?」
博士がにっこりほほ笑む。
「い、いえ、べつに」
ハルトの脳裏に、ミタ君やヤス君の軽蔑した目や顔が浮かぶ。
「ハルト君、思ったことをはっきり言わないと後悔するわ。自信を持って!」
リカの言葉がハルトの背中を押す。
「ぼくの思いつきなんですが、太陽は人間や動物と同じように、心をもつ生命体ではないかと思うんです」
ハルトは声を抑えめに言った。
「あ、あたしもそう思うときがあります」
一瞬の沈黙の後、
「実は、君たちの思っていることを、研究している、ある科学者がいるのだ」
博士は衝撃的なことを二人に伝えた。
「え、えっ――」
「彼の大胆な仮説は、太陽や地球が人間のように、考え感じ、心臓が鼓動しているというのだよ」
「じゃ、太陽も心臓があって、心を持つということですか!」
「その通りだ」
「太陽は生きているのね!」
「その理論から言えば、まさしく太陽は生物だ」
「お父さん、じゃ、黒点が広がっているのは?」
「あれは太陽の心の病が、日に日に重くなっているのだろう」
博士の言葉は科学を超越していた。
「太陽さんはひどく心が傷ついているよ。とても悲しんでる」
太陽の心に触れたのか、マリンの声に深い悲しみがこもる。
「エミコ先生は、太陽はガス体と言ってたし、教科書にもそう書いてあるよ」
オサム君の言葉にハルトもうなずく。
「我々も初めはそう考えていた、だが、さっきの科学者は、宇宙をつくる全てのものは、心をもつ光ではないかと、大胆な仮説を立てたのだ」
「太陽も地球も心をもつ光が、自分の意思で太陽や地球の姿をしているというのですか?」
さすがに理科好きのリカは鋭い。
「この宇宙のすべてが、いや、宇宙そのものでさえも、心をもつ光でできていると言うのだ」
博士の説明は、昔見たことのある、仮想現実を舞台にした映画、マトリックスの世界のようにハルトには思えた。
「何らかの原因で、太陽は傷つき、ひどく悲しんでいるのね」
「リカちゃん、すごいぞ。全くその通りだ」
博士がリカの頭を軽くなでる。
「ぼくたちは、太陽の悲しみにのみ込まれて滅亡してしまうの?」
オサム君の顔がみるみる青ざめた。
「悲しみの原因を探せば解決策が見つかるかもしれない」
ハルトはひらめいた。
「ハルト君、すごいわ!」
ハルトはいつもプラス思考だと、リカは感心する。
「その通り、君たちに来てもらったのは、正にそのことなのだ」
ハルトとリカに、博士の熱いまなざしが降り注ぐ。
「えぇ、ぼくたちが!」
ハルトは選ばれたことがうれしそうだ。
「人類のために協力してくれるかね?」
「もちろんです!」
二人は誇らしげに声をそろえた。
「オサム、早速、ハルト君とリカちゃんを作戦室へ」
「はい!」
「作戦しつ――う!」
少しハルトがおじ気づく。
オサム君に案内され、二人は隣の部屋に移動した。
「わぁ、すごく広い部屋だ。しかも壁には、鮮やかな紫のラベンダー畑が描かれている」
ハルトは大きく深呼吸する。
「心が安まるわ」
リカは胸の前で手を組んだ。
「ここは心を集中しやすい作りになっているのだよ」
博士は両手を後ろで組んで、天井を見あげた。
「集中?」
思考停止のハルトは、目をキョトンとさせた。
「君たちは真っ先に、太陽の異変に気づいた」
博士の声に力がこもった。
「いえ、そう思っただけです」
ハルトは及び腰になった。
「何も感じない人は、思うことすらないよ。しかも年齢を重ねるほどに、心のセンサーが鈍るものだ。だから、君たちに来てもらったのだ」
博士は腕組みをした。
「じゃ、はじめから私たちの参加、計画されていたのですね」
リカはとっさに気づいた。
「ご、ごめんね」
オサム君が、申し訳なさそうに頭を下げる。
「謝る必要なんかないよ」
すかさず、ハルトがフォローする。
「そうよ、それどころか、こんな重要なミッションに、参加させてもらえるのだから、あたし感謝したいほどよ」
リカが目を輝かせた。
「心を集中して何をするのですか?」
ハルトのもっともな質問に、
「太陽の意識と交信するのだ」
博士から、あり得ない返事がかえってきた。
「そんなむちゃくちゃな」
ハルトは目をぱちくりして、う──ん、とうなって、だまりこんだ。
「いや、簡単だよ。そのリクライニングチェアーに腰掛けて、太陽の鼓動を聞くだけで良いのだ」
博士の回答はあっけなかった。
「太陽の鼓動、ですか?」
ハルトは確認するように聞き返した。
「太陽は生きているから?」
リカの大きな黒い瞳が、より大きく開く。
「そう、太陽の心臓の鼓動は、とてもゆっくりだが、確かにあるのだ」
ハルトとリカは、ソファに腰掛けた。部屋の照明が薄暗くなる。
「あれ、オサム君は来ないの?」
リカが不思議そうに彼を見る。
「お父さんが、僕は感性が鈍いから、駄目なんだって」
オサム君は頭をかいた。
「マリンとダイアンは、どこに行ったのかな?」
「兄ちゃん」
ダイアンを抱いたマリンが、いつのまにか、ハルトとリカの間の、リクライニングシートに座っていた。
「君たち二人はマリンちゃんが、太陽の意識とコンタクトできるように、安心感パワーを与えてほしいのだ」
マリンは妖精が見えたり、虫や草花と話が出来たりする、不思議な超能力をもっているのだ。
「あれれ、もしかして、このミッションのメインはマリン?」
「実はそうなんだ」
申し訳なさそうに、博士が頭をかく。
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