第2章

 夏休みだというのに、ハルトの心は曇ったままだ。

「あれは絶対にひび割れだ」

 ハルトは〝太陽のひび割れ〟とネットで検索してみた。

「あった! やっぱりひび割れだ」

 NASAが『太陽の表面にひび割れ発見』と発表していた。だが、別のサイトには、太陽のひび割れはフェイク、だとも書かれている。

「何が真実だかわかんない」

 ハルトは大の字になって、ベッドに寝転がった。目を閉じた。太陽のひび割れがまぶたに浮かぶ。

(やっぱり太陽に恐ろしいことがおきているんだ!)

 ハルトはじっとしていられなくなり、ベッドから飛び出した。そして小型の天体望遠鏡をベランダに出した。

 ♪ピンポン

 その時チャイムが鳴った。お母さんが玄関を開ける音がする。

「ハルト! リカちゃんよ!」

 お母さんの甲高い声がしたかと思うと、

「ハルト君、あたしにも見せて」

 リカが、もう、望遠鏡をのぞいていた。

「やっぱり割れてるわ」

「絶対にそうだよ」

 二人は確信した。

「このニュースどう思う?」

 ハルトがネットで見つけた、NASAの記事をリカに見せた。

「あ、これ、あたしもスマホで見たわ!」

「ぼくたち間違ってないよね」

「もちろんよ!」

 二人は目を合わせ、うん、とうなずく。

「今から先生に知らせる?」

「先生に言っても、にこにこするだけで、相手にしてくれないよ」

「じゃ、どうすればいい」

「あたしにも分からないわ」

 ♪ピンポン

「あれ、誰だろう?」

「まあ、オサム君」

 玄関から、お母さんの声が響く。

「ハルト君、あっ、リカちゃんも」

 すぐにオサム君が部屋に入ってきた。

 オサム君のお父さんは、星々の山にある、あの、星降る天文台の所長、木原博士なのだ。

「どうしたの、そんなに慌てて」

 オサム君の息が荒い。たくさん走ったようだ。

「マリンちゃんは?」

 オサム君は、ぐるりと部屋を見回す。

「マリンならさっきまで台所にいたよ」

 ハルトは台所に届くように、大きな声をだした。

「小結ちゃん、こんにちは」

 マリンがいつのまにか現れ、オサム君のポッコリおなかを、ポンとたたいた。

 ポコン

 小太鼓のような音がおなかから響く。

「わぁ!」

 びっくりしたオサム君は、バランスを崩し尻餅をついた。

「やっぱり小結ね。親方はそのくらいじゃ倒れないもん」

「ぼくは、お父さんのように大きくないよ」

 オサム君は困り顔だ。

「キャキャ」

 マリンが無邪気に笑う。

「お父さんが言ってた『太陽に異変がおきているようだ』って」

 立ち上がったとたん、オサム君が急に真顔になった。

「そんなことをオサム君のお父さんが!」

 ブルッと、ハルトの背中が震えた。まるで電気が走るような感じだ。

「ハルト君の発見は、正しかったのよ」

 リカは腰に拳を当て、胸をはった。

「ネットで見たニュースはフェイクじゃなかったんだ」

 ハルトがパソコンでNASAの画面を開く。

「太陽がひび割れている」

 三人はパソコンを囲んで立った。

「お父さんは『緊急事態』とも言ってた」

 オサム君は、あらためて二人を見た。

「お兄ちゃん、あたしも望遠鏡見せて!」

 言い終わらないうちに、マリンが天体望遠鏡をのぞこうとする。

「マリン、危ないからダメだよ」

 ハルトは天体望遠鏡から妹をざけた。

「兄ちゃんのケチ」

 マリンはそう言い捨てて、ハルトの部屋から出て行った。

「マリンちゃん!」

 オサム君はすごく残念そうだ。

「サングラス、ついてるから、見せてあげればいいのに」

 リカも、どうしてハルトが、そんなにピリピリするのか理解できない。

「だって、万が一のことがあったら」

 やり過ぎだったと、ハルトは少し後悔する。

「みんなで星降る天文台行へこうよ。あそこの天体望遠鏡なら、マリンちゃんも安全に見ることができる」

「やった!」

 マリンは大はしゃぎ。

「あれ、おまえいつ戻ってきたんだ?」

 マリンの足音がしなかったから、ハルトは妹が猫か忍者のように思えた。

「あたし小結ちゃん大好き!」

 マリンに抱きつかれ、オサム君の顔がまっ赤になる。

「天文台に行きましょう!」

 リカがすぐに立ち上がり、玄関に向かった。

「行こう! 行こう!」

 みんなも後に続く。

「お母さん、みんなと天文台に行ってくる」

 お母さんが、台所でお肉をこねている。晩ご飯はハンバーグにちがいない。

「日が沈む前に帰ってくるのよ」

 お母さんの、いつものくちぐせだ。

「はぁ──い」

 ハルトは、適当に返事をした。

 お母さんとの約束を守ったことはない。

「星降る天文台まで二時間半くらいかな」

 オサム君がこともなげに言う。

「そりゃ、遠足みたいに、歩いたらそのくらいかかるよ」

 リカとハルトは、お互いをみて、深いため息をついた。

「AIサイクルで行こう。これなら三十分で着く」

 ハルトは学校から貸し出された、新型の人工知能自転車、AIサイクルにまたがった。

 AIサイクルは、自立式、人工知能搭載のアシスト自転車だ。三輪車タイプや二輪車タイプがあり、5KのGPSで目的地までの安全サイクルをサポートしてくれる。しかも自立式なので、自転車が苦手な人も絶対に倒れない。だから歩行者や、自転車同士、自動車との事故も安全機能で未然に防ぐ優れものだ。

「でもAIサイクルは、夏休み、一日、二時間の制限がかかってるわ」

「大丈夫、緊急時は制限が無くなるんだ」

 ハルトがハンドルポストのデジタル・タイマーを見た。

「わぁ、本当だ。スゲッ!」

 ハルトの言葉通り、タイマーフリになっている。

「ハルト君、よく気づいたわね」

「だって、さっきオサム君が『緊急事態』って、言ってたから」

「なーるほど」

 リカはハルトの機転に感心する。

 オサム君もリカも、ハルトの提案に感心しながら、AIサイクルにまたがった。

「おにいちゃん、あたしダイアンと一緒に行く」

 背後から、マリンの明るくのんきな声がした。しかも、飼い猫ダイアンを自転車の前カゴに乗せているではないか。

 ハルトは、困ったと、頭を抱えた。

「ダイアンちゃんも一緒に行きましょう」

 リカがマリンを手招きして、にっこりする。

「ぼくたちがいるから、大丈夫」

 オサム君もマリンの味方だ。

 ハルトは二人に言われて、しぶしぶダイアンを連れていくことにした。

「頑張って着いてこいよ」

 ハルトはきびしい。

「はぁ─い」

 マリンはむじゃきに返事する。

 AIサイクルのナビ画面をタッチする。ペダルを軽く踏みこむ。アシスト機能が働き、自転車が自動運転を始める。四台の自転車は、ハルトを先頭に縦一列、等間隔に走り、急な坂道でも楽々と登った。

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