太陽の鼓動
あきちか
第1章
ハルトの五年二組で、一学期最後の理科の授業がはじまった。今日は小学校のグラウンドで、太陽黒点の観測をするのだ。
「班長さんは、みんなを、天体望遠鏡のところに連れて行ってください」
エミコ先生の、柔らかだけれど、メリハリの利いた声が響く。
「ハーイ!」
五班に分かれた生徒たちは、校庭に置かれた、五台の屈折式天体望遠鏡の前に集まった。
「今から、望遠鏡のサングラスを点検します」
エミコ先生が、すぐに、サングラスの確認をして回る。
「チェックが終わるまで、絶対に天体望遠鏡をのぞいてはいけません! 目が見えなくなりますよ!」
先生の口調が、より、強く太くなる。
すぐにサングラスの点検が終わった。
「さっそく、観測を始めましょう」
エミコ先生の合図で、みんな、いっせいに太陽の観測をはじめた。
さっきまでのざわめきがうそのように、みんな黙々と天体望遠鏡をのぞきこむ。
「先生、大変だ! 太陽にひびが入ってる!」
ハルトが急に声を上げた。
クラスメイトが、いっせいにハルトを注目した。
「ハルト君、あたしにも見せて!」
真っ先に駆けつけたのは、同じ団地に住むリカだ。
リカは、肩にかかる長い黒髪を軽く背中に払い、くりくりした大きな瞳で、接眼レンズをのぞきこんだ。
「ほんと! 太陽にひびが入っているわ!」
リカの手が震える。直感的にこれはただ事ではないと思った。
「おまえたち、バカじゃねぇの!」
背後から切りつけるような嫌な声がした。
ミタ君だ。小柄で丸っこく、パンダみたいだけど、口を開けば、成績優秀なのを鼻にかけ、みんなを小馬鹿にする嫌みなやつだ。
「ちょっと、見せてみろよ」
望遠鏡をリカから奪うようにミタ君が割り込んだ。
ハルトはそんなミタ君の態度に、いつも腹が立つ。
「どうなんだミタ」
今度はヤス君がきた。
ヤス君、身長は学年で一番高く、がっしりした体格だ。とても頼もしく見える。ところが、人を選んで言葉使いを変える、表と裏があるやつ。
「黒点が、たまたま縦一列に、並んでいるだけだ」
ミタ君はハルトを振り返り、さげすむような目でニタニタした。
「ハルトとリカの発見なんて、その程度のことだろう。だいたい、太陽はガス体だから、割れるはずがない」
ヤス君は、あわれむような目つきで、ハルトを見おろす。
「で、でも」
ハルトは自信がなくて、言い返せない。
「太陽に何か発見がありましたか?」
エミコ先生がニコニコしながらやってきた。
「あ、先生、あたしとハルト君は、太陽にひびが入っているように、見えるんです」
リカは見たままのイメージを、どうどうといった。
「先生、太陽はガス体で、水素同士がぶつかり合って核融合しているから、割れるということは絶対に起きませんよね」
ミタ君が得意げに知識をひろうする。
「おまえ四年生で習ったろう」
ヤス君がしつようにハルトをからかう。
「先生にも見せてくれる」
エミコ先生が、天体望遠鏡をのぞいた。
他の生徒たちも、集まってきて、先生を取り囲む。
「ほんとね、黒い縦筋が、太陽を割るように走っているわ。まるで太陽の裂け目のように」
「やっぱり、あたしたち間違ってなかったわ。ハルト君、すごい発見ね」
リカはうれしそうに、ハルトの両手をとって大はしゃぎ。
照れくさそうにハルトが頭をかく。
「確かにハルト君とリカちゃんが言うように、太陽が割れているように見えます。でもこれは、黒点が偶然一直線に並んだものですね」
先生は、そう言って、ハルトとリカを振り返り、にっこりほほ笑んだ。
「やっぱりね! ハハハ──」
ミタ君とヤス君が、ここぞとばかりに、声をあげた。
納得できないハルトは、もう一度、天体望遠鏡で太陽を観測した。
「先生、亀裂がさっきより広がってます」
ハルトは顔を上げ、先生を振り返った。
「もう一度、見せて」
リカがハルトとかわる。
「ぼくは、太陽のひび割れと、地球のシンクホールは、繋がりがあると思います」
ハルトは、最近、ネットで見た、太陽活動と地球のシンクホールの関係について書かれたブログの記事を思い出していた。
「こいつら馬鹿だな。太陽は割れるわけねーし、黒点とシンクホールは、何んもかんけいね──だろう」
ヤス君があわれむようにいう。
「アハハハ──」
ミタ君も、高い笑い声をあげ、のけぞった。
いやな空気がみんなをつつみこむ。
「あたりまえと思うことでも、疑問を持つことは大切なことです。科学はそこから始まるのです」
エミコ先生はそう言って、あらためて、ハルトとリカにほほ笑んだ。
その場の空気が一瞬でなごむ。
♪キンコンカンコン
校舎のチャイムが鳴った。
「みなさん、今日の太陽の観測はこれでおわりです」
ハルトとリカは、もう少し太陽を観測したかった。自分たちの正しさを証明したかったのだ。ほんとに悔しかった。
ちょうど同じ頃、小学校の裏山にある〝星降る天文台〟では、天文学者の木原博士が、太陽の異変をとらえていた。
「まさかこんなことが起きようとは!」
天文台の館長でもある木原博士は、長年太陽を研究してきた、太陽の専門家だ。小柄だが、お相撲さんのように、どっしりした体格なので、職員から親方とニックネームで呼ばれている。
「これはただ事ではない」
博士はイスから立ち上がり、両手の拳を握りしめた。
「親方、太陽に何が起きているのですか?」
若いスタッフ達が博士を取り囲んだ。
「理由はわからない、だが、このまま黒い部分が広がれば、太陽は死んでしまう」
木原博士は、額ににじむ汗をタオルで拭った。
「ど、どういう意味ですか?」
三島助手が、声を震わせた。
「太陽系の終わりが来たと言うことだ」
博士の言葉に、研究室が凍りついた。
「人類が助かる方法はないのですか?」
職員たちは取り乱し、博士に迫った。
「それを突き止めるのが、我々の仕事だ!」
腹に響くような太い声で、博士はこたえた。
「はい!」
博士の気迫で、職員全員に気合いが入った。
さっそく、スタッフたちは、太陽の異変について調べ始めた。小さな天文台に嵐が吹き荒れた。
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