第百八話 滅び行く国

 真っ赤な絨毯の敷き詰められた幅広の廊下を、フォードは一人進んでいた。アイスグリーンの木製の大扉を遥か正面に見据え、とある場所でぴたりと足を止めた。


「懐かしいな」


 足を止めたこの場所で十八年前の自分はレンの攻撃からアンナを守り、彼女の腕の中で息絶えたのだった。


 己に禁断魔術をかけて殺された後に甦り、秘密裏に復讐計画を完遂する為の演技。


 全てはこの国と王族達に復讐を果たす為──。


「さて、行くか」


 王の間へと続く扉のドアノブを固く握り締めると、フォードは静かにそれを引いた。





 先程からどうにも街の様子がおかしい。やけに騒がしいのだ。城下町の数ヵ所で点々と煙が上がり始めた頃になって漸く、ファイアランス軍の軍曹伝にクルヴェットへと報告が入った。


「申し上げます!」


 国王エドヴァルドと王妃ネヴィアスの正面で片膝を着くのは、ネヴィアス直属の臣下クルヴェット・グランヴィ──エドヴァルドの妹 カメリアの娘でマリーローラーン直属の臣下 エカルラートの姉である。燃えるような真っ赤な短髪に、妹とそっくりな目元。呼吸を整えながら彼女は報告を続ける。


「国内に侵入者です! 建物の破壊をしながら国民を殺害しているようです!」

「数は」

「一人です!」

「一人だと?」


 クルヴェットの報告に、エドヴァルドの脇に控えていたコラーユが不満げに声を荒らげた。


「軍の者達は一体何をやっているんだ」

「それが……敵は優先的に軍人を殺害しているようで」

「どういうことなんだ……」



「国王の考えに近い者から殺しているのですよ」



 ぎいっ、と音を立てながら王の間の扉が開かれた。そこに立つのは一人の男。ブロンドカラーの髪に、仕立ての良い黒いスーツ姿。室内の四人に憐れむような目線を送った男──フォード・レヴァランスは、溜め息を吐くと腰の刀に手を伸ばした。


「フォード……なのか」

「ご無沙汰しております、陛下」


 仰々しく頭を垂れたフォードは、顔を上げるとゆったりとした足取りでエドヴァルドとの距離を詰める。十メートル程手前で足を止めると、すかさずエドヴァルドは腰の刀に手を掛けた。


「お前は死んだものだと思っていたよ」

「仰る通り、死にました──が、私は魔術師でして。己の力で己の命を蘇らせる術をかけていたのです。この国とあなたに復讐をする為に」

「……ふうん」

「ご理解が早く、助かります」


 苛立った表情のエドヴァルドが玉座から立ち上がった。脇に控えるコラーユの制止の手を無視し、一歩──また一歩と距離を詰めていく。


「私がペダーシャルス王国の生まれだと言えばお分かり頂けるでしょうか」

「……それで?」

「無名という組織の長をしております。ああ、街で暴れているのは私のとっておきの部下です」

「無名……だと?」


 世界を滅ぼそうとしている組織──そしてそれはアンナ達が討ちに向かった組織の名だった。その長がここにいるということはつまり──。


「アンナは──」

「もうこの世におりません」

「ふざけるなよ」


 抜刀したエドヴァルドは、フォードに肉薄した。すかさず抜刀し片足を少しだけ後退させたフォードは、エドヴァルドの一撃を上に弾いた。


「お前のような奴にアンナが殺られるとでも?」

「レンブランティウス様も共に葬って参りました」


 攻撃を弾いた体勢から、フォードは後転して距離を取る。彼の体を飲み込むほどの炎の塊がエドヴァルドから放たれたが、瞬間的に現れた漆黒の壁に炎は阻まれる。


「ここであなた方四名を殺した後、城に火を放ちます。頭のおかしい国民達も部下が粗方始末をしてくれているようですしね。私も片付き次第そちらに──」



──ギイイイイイン!



「なんですか、いきなり」


 エドヴァルドの刃が撃ち込まれたが、フォードの黒壁に阻まれ異様な衝突音を上げた。二度目の攻撃でヒビが入り、三度目の攻撃で黒壁は砕け散った。


「国民を侮辱するな」

「何を言い出すかと思ったらそんなことですか」


 砕けた黒壁の破片は消散し、フォードに吸い寄せられた後、一塊になって彼の体に吸収された。


「この国の国民達は、どう考えても頭がおかしい! 王族が人を殺し、国を滅ぼし得た金で生活しているような国民など狂っている!」


 フォードの言う通り、ファイアランス王国には租税制度が無い。世界一と言われる殺し屋一族の治める国だ──彼等が仕事をして得る金銭は、国民達には計り知れない。国民達が納税せずとも国が豊かに運営出来るほどに、王族達は働いているのだ。世界が殺し屋を求めれば求めるほど、ファイアランス王国は潤った。



「黙れ!」

「黙りません。王族も、国民も……私の気の済むまで殺します。あなた方の勝手な都合で滅ぼされたペダーシャルス王国の為にも」


 再び刃同士が衝突する。相手を捉え損なった斬撃は空を切り、壁や柱に傷をつけた。


「兄上! 挑発に乗ってはいけません!」

「うるさい!」


 コラーユの口出しに舌を打ちながらも、エドヴァルドは至って冷静であった。娘と息子が殺されたという事実も受け入れ、この男をここで止めねば国が終わるのだということも理解していた。


「クルヴェット! ネヴィアスを連れてここを離れるんだ!」

「あなた、何を……! いざとなったら私も!」

「お前はもう戦っては駄目なんだ!」


 子を失い、悲しみに暮れる妻の姿を目の当たりにした十八年前、エドヴァルドは彼女に二度と剣を取らせまいと心に決めた。妻は優しすぎたのだ。だからなにがあっても、これから自分がどうなろうとも──自分が血を流す姿を彼女に見せてはならないのだ。


「早く行くんだ!」


 エドヴァルドの声に押され、クルヴェットはネヴィアスの手を取り駆け出した。すかさずフォードの攻撃の手は彼女達に伸び、ブラス神力ミースが襲いかかる。


 その攻撃を弾きながら、エドヴァルドは目を丸くする。弾いた刹那、コラーユ達を振り返ると、玉座脇の通路へと駆け込む彼女達を庇いながら、コラーユは少しずつ後退していた。


「言っておりませんでしたね。私、ブラス破壊者デストロイヤーなんですよ」

「魔術に加えてブラス神力ミースも使えるなんて、厄介な奴だな!」


 血の滲むフォードの右肩を、エドヴァルドの斬撃が捉えた──が、くるりと身を翻し躱される攻撃。


「逃がすものか!」


 言い放ったフォードの左腕から、黒い閃光が撃ち出された。標的を目掛けてまっすぐに猛進し──



──ドスッ……



「うっ……!」


「コラーユ!」


 コラーユの腹を貫くと、かくんと横に折れた。更にネヴィアスとクルヴェットを追従し──



──ドスドスッ!



「ぐぅっ……」


「うっ……あ……」



 続け様に二人の体も貫いた。フォードが腕を横に払うと、黒い閃光は三人を貫いたまま腕の動きにならって彼等三人の体を横に切り裂いた。


「────!!」


 王の間に敷かれた真っ赤な絨毯が、三人分の血を吸って一層濃さを増した。肉と骨、それに内臓を深くを抉った傷だ、誰も動けないだろうとフォードは攻撃の照準をエドヴァルドへと戻す──が。


「ぐっ…………ぅ……」


 コラーユが立ち上がった。裂かれた腹の中央から右脇腹にかけての肉は削ぎ落とされ、抉りとられた赤い穴からは臓器と骨が顔を覗かせている。這うようにネヴィアス達の元へ進むと、左肩に王妃を担ぎ上げ、左手でクルヴェットの手首を掴み引摺りながら歩き出す。


「何て奴……」


 呆れながらもフォードは逃走を謀る三人へと攻撃の手を伸ばす──が。


「ゔ…………」


 エドヴァルドの左拳が、フォードの左脇腹を貫いていた。その拳を手首の所で切り落とし、振り上げた足で国王の頭を踏みつける。


「やってくれるじゃないか……」


 脇腹を抑えながらフォードは言う。黒いスーツの裾から、ぼたぼたと鮮血が滴り落ちる。

 

「お前こそ、一体誰を踏みつけていると思っている、無礼者」

「……うるさいっ!」


 そうしている間にも二人を抱えたコラーユは、王の間から脱出していた。今にも倒れてしまいそうな彼は、一体何処へ向かおうというのか。城のあちらこちらで血が流れていることを、皮肉にも彼は知らないのだった。


 フォードはこれに気が付かない。足下で倒れる大男の長い髪を掴み上げ、首の後ろに刃を押し当てた。


「王も何もない。あなたはここで死に、跡継ぎも失ったこの国は今日滅びるのだから──!」


 そう言って振り上げた刃をは、エドヴァルドの首をめがけて真っ直ぐに振り下ろされた。

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