第百一話 魔法使い、二人

 暗い、暗い洞窟の最奥。その暗闇の中、ぼうっ、と浮かび上がる白い短髪。


「見つけた」


 ベルリナは声をかける。白みを帯びた金色の長い髪──見るからに戦いにくそうなサンシャインイエローのロングドレスを身に纏った──裏切り者の妹弟子に。


「あら、御姉様」

「……ティファラ」


 カツン、というヒールの音と共に、彼女は振り返る。腰に巻いたアクアグリーンの帯と長い髪がふわりと揺れた。


「驚いたわ。まさか御姉様直々に私の所に来るなんてね」


 妖艶な目元を弛緩させ、手で口許を隠しながらティファラはくすくすと笑う。仮面を取り払っているので、額に埋め込んだ赤色の神石ミールがぎらりと光をを放つ様は不気味だ。


「当然でしょう。あなただけならまだしも、バネッサもいると聞いては、私が直接手を下さなければならない」


 ティファラの横に控える男女。向かって右側に立つ青年。栗色の髪に利発そうな顔立ちの彼は名をギルバート・ウライトという。二十年前にティファラが死んだ時──共に命を落としていた、マリカ王国の騎士。

 一方、向かって左側に立つ藤紫色の髪のティリス。名をバネッサ・ルアイトスという。十一年前、騎士団壊滅事件と共に姿を消した、当時ベルリナの部下──第二騎士団副団長だった女。


「バネッサ」

「あなたと話すことなどない」

「……そういうと思ってましたよ」


 肩の上で切り揃えられた髪を払いながら、バネッサは腰の刀に触れた。


「弱い騎士団など、殺し屋の姫に絆される騎士団長などと話すことはない」

「だ、そうよ」


 最後に一言付け加えたティファラが、ゆるりと微笑む。「ギルバート」と男の名を呼ぶと、彼は一歩後ろに下がり、目を伏せた。


「なんのつもりですか」

「ギルバートは戦わせないわ。この子は御姉様より弱いもの。折角生き返ったのだから、無駄死にさせたくないしね」

「ティファラ、あなた達を生き返らせたのは──」

「無名のボスよ」


 さあ、お喋りは終わり──と、ティファラは両腕を高らかに掲げた。


「使役」


 ティファラの頭上で鎌のように大量の風が渦巻く。渦巻いた鎌は洞窟の岩壁を切り裂き、無数の鋭利な岩の刃が生成された。


「行って」


 ティファラの言葉と共に、岩の刃がベルリナを襲う。同時に駆け出したバネッサは抜刀し刀に炎を纏わせると、それを低い位置で構えベルリナに肉薄した。


「……っ!?」


 バネッサの刃がベルリナに届く寸前、ベルリナの視線がバネッサを捉えた。刹那、バネッサの体は糸で引かれたように明後日の方角に向かって走り出し、停止してしまう。


「……相変わらず恐ろしい魔法使いだ」


 一方ベルリナは、振りかかる岩の刃に向けて左手を突き出す。左側に腕を軽く薙ぐと、岩の刃は彼女の前で急停止。ぐるん、と向きを変えると、それら全てはティファラに向かって降り注いだ。


「防御」


 呟いたティファラの周りに、半円球の光の壁が出現する。阻まれた岩の刃は、轟音を立てながら木っ端微塵に粉砕した。


「こんなの、想定内よ」

「その口ぶりだと、あなたとバネッサが私よりも強いように聞こえますね」

「ええ、そうね」

「ティファラ、あなたの目的を聞いてもいいですか?」


 飛行盤フービスを装着したベルリナは抜刀し、ゆったりと足を進める。身動きの取れないバネッサは、歯を鳴らしながら悪態をついた。


「無名のボスは私たちが彼の計画に協力すれば、私とあの人が結ばれると、そう言ったわ!」

「結ばれる? 断言できる意味がわかりませんね!」

「考えてよ。あの赤い女を殺せば、あの人は私の元に帰ってくる──そういう意味よ! 阿修羅様!」


 叫んだティファラの手の中に、一本の刀が現れる。刃の回りで赤い数珠が螺旋状に旋回する、奇怪な刀──阿修羅。


「さあ!」


 ティファラが阿修羅を前方に突き出すと、赤い数珠がするりと解けていく。じゃらり、と音を鳴らすと意思を持ったそれは、ベルリナを目がけて恐ろしい速度で彼女に襲いかかる──



──ジャリィンッ。



「弾くの! 流石ねッ!」



──ジャリィンッ! キンッ!



「このくらい、想定内です」


 言いながらも駆けるベルリナは、ティファラの頭上を一睨み。するとひとりでに天井が崩れ、岩の破片が大量に降り注いだ。


「鬱陶しいわね! 回避!」


 ティファラの乱暴な叫びに呼応して、風の波がそれらを拐う。


「邪魔な御姉様をさっさと消して、あの女を苦しめた後──私はあの人に会いに行く! 私ではなくあの女を追っていったあの人! 許さない! エリックは──エリックは私のものなんだから!」

「アンナさんの不幸を願うというのなら……あなたは必ず止める──いいえ、殺さなければなりませんね」


 大きく振りかぶったベルリナの右手から、鎌鼬が生成された。鞭のように振るった腕から放たれたそれは、徐々に大きさを増しティファラの肩を斬りつけた。


「うぐっ……」

御屋形おやかた様!」

「う……バネッサ!」


 刹那、バネッサの拘束が解除される。自由の身になったバネッサは駆ける──ベルリナに刃を突き立てんと、叫び、駆ける。


「うおおおおおぉぉッ!」


「邪魔をするな! 見苦しい!」


 振り向きもせず、怒号を放ったベルリナの背後から、先程と同様の鎌鼬が出現した。音もなくバネッサを襲ったそれは、彼女の首を斬り落とした。どさり、と落下した頭部の横に彼女が掛けていた眼鏡がカラン、と転がった。


「あら、使えないわね」

「部下が死んだというのに、言うことはそれだけか!」

「あなたも元部下をあっさりと殺すなんて、似たようなものじゃない」


 飛行盤フービスで距離を詰めたベルリナは、ティファラに刀を振り下ろす。瞬間、伸びてきた赤い数珠がそれを阻む。


「こざかしい!」


 刹那、ぎらりと光るベルリナの蒼い瞳。数珠の群れはかくん、と動きを止めるや否や──



──ドスドスッ!



 ティファラの腹を貫いた。


「お……御屋形様!」


 屈み込むティファラを飛び越え、抜刀したギルバートがベルリナに飛びかかる。


「止めなさい! ギルバート!」


 振り下ろすもギルバートの刃は空を切る。ベルリナによって首根っこを掴まれ、地面に頭を叩きつけられた。


「さあ、これで邪魔者はいなくなった」

「…………」


 首を跳ねられたバネッサ、気を失ったギルバート。二人の姿を見やり、ティファラはふらりと立ち上がる。


「ふふふ……あははははは」

「気でも振れたか」

「愚かな御姉様」


 腹から──肩から血を流しながらも、ティファラは哄笑し、両腕を広げ高らかに掲げた。


「破壊」


「……ッ! ティファラッ!!」


 洞窟の天井が──岩壁が──がらがらと音を立てながら崩落していく。


「私が後天的な魔法使いだと、甘く見ているからこうなるのよ! さっさと殺してしまえばよかったものを!」


「この程度、何の問題もない!」


 ベルリナも同様に両手を高らかに掲げる。彼女が一声叫ぶと、バラバラに散らばっていた岩の礫が一塊に集約して────




「え」




────再び散らばり、地に降り注がんと、急降下を始めた。



「な……誰です!?」


 只ならぬ気配にベルリナは振り返る。その瞬間、彼女の体はびたん、と目に見えぬ何かに拘束されてしまう。


「拘束……魔術……ッ!」


 その間にも岩の塊は、地に降り注がんと降下を続けている。



(このままでは──皆が!)



「あら、ボス。ちょっと遅いんじゃない?」



 歌うようなティファラの口調に、ベルリナは無理矢理振り返ろうと、首に魔力を集中させた。


「ボス、ですって……?」

「ええ、ボスよ。見えないでしょう? あまり無理に動かないほうがいいわよ御姉様。四肢が千切れてしまうわ」

「構わない」

「まあ怖い」


 フッ、とベルリナの眼前に、黒いフードで顔を隠した人物が現れる。体格からして男なのだろうが、全く表情が伺えない。魔法であれば突破出来るがこれは明らかに──魔法の上位互換である魔術。



(魔術で顔を隠している……この魔術師こそが、無名のボス……!)



「ティファラ、ありがとう。さあ、行こう」


 血生臭いこの場に不似合いな、美しい声色だった。


「ええ」


 差し出されたその手を掴むと、ティファラはにやりと口許に嫌な笑みを湛えた。


「さようなら、御姉様」


「ま……ちなさい、ティファラッ!!」


「ふふ、嫌よ」


 ギルバートを抱えたティファラは、ボスと並んで歩き出す。


「アンナさんに……アンナさんに、手を……手を出すなああああぁぁぁッッ!!」


 徐々に小さくなってゆく背中に、ありったけの怒りを込めて、ベルリナは叫ぶ。


 望んでいたものに、もうすぐ手が届くと見つめ合うい哄笑する二人──それに怒りで我を失い、喚き散らす一人は──一瞬だけ、に対する反応が遅れた。



 頭上で渦巻く岩の礫や塊が──動きを止め、水渦に拐われていることに──





「「「──は?」」」





──一足遅れて、たった今気が付いたのだ。



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