60.5 agony
俺が故郷を離れたのは、十八歳になったばかりの時だった。
村を出て三ヶ月。俺は
果たして俺は父のようになれるのか、と。
*
あれは、たしか旧ブンニー王国の領土の、西の端っこあたりを
「あ、崖だな。気を付けないと──って、おわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
落ちた。
我ながら見事な転がりっぷりだった。かなり急な傾斜面から、恐らく三十メートル近く転がり落ちた俺は、当然のように骨折した。それも両足と右腕。ああ、あと肋骨も折れていた。
途方に暮れていた、というよりも、己の無様な姿に呆れていた、そんな時だった。
「君、大丈夫かい?」
薬草でも摘んでいたのか、背中に大きな籠を背負った彼女は、うつ伏せに突っ伏した俺に手を差し伸べながら言った。
「大丈夫ではないです……」
顔と左腕しか動かなかった俺は、その手を掴もうと腕を伸ばし、顔を上げた。
「……なっ!」
上げた。
そして、彼女に心を奪われた。一目惚れと言うやつだった。
派手な橙色のショートヘアーに
胸の部分だけを覆った、シンプルなチューブトップに、裾の締まったロングパンツ。それに大きな耳飾り。
目を引くのは、左胸の上に彫られた、花のような刺青。同じものは両手首と両足首にもあった。
二十代後半のように見えるが、きっともっと年上だ。何故って、俺は
知っていた。この特徴的な容姿、それに刺青は母と同じ、戦闘民族ライル族の証だということを。
そしてライル族は、見た目はかなり若い者が多いが、実際の年齢はもっと上だということを。
「しかし派手に落ちたね。骨も折れているじゃないか!」
彼女は背中の籠を腹側で抱え、俺を背に担ぎ歩き出す。
「手当てをするから連れていくよ」
連れて行かれたのは、ライル族の隠れ里だった。外からでは全くわからない、鬱蒼とした森を進み、開けた所にそれはあった。
背の低い簡素な木造建築が乱雑に立ち並び、その間を縫うようにして未舗装の道が延びる。
「あら、
「おかえりー」
「だだいま、レイシャ、リヴェ」
「その背中の子は?」
「急に崖から落ちてきて。怪我をしているのよ」
二十代前半くらいの、かなり鋭い目付きの女が、幼子達と手を繋ぎながら俺達を出迎えた。
俺はその時気がつかなかったのだが、レイシャと呼ばれた女は、どうやら妊娠しているようだった。助けてくれた彼女の家に着くと、息を吐き椅子に腰掛けながら、レイシャはその大きな腹を擦った。もうすぐ産まれるのだと言う。
「外で作った子供だから、あれこれいう人も多いけど、あたしは族長だし、相手もライル族だからね。みんな文句を言えないって感じみたい」
「族長? その若さで?」
おぶってくれた彼女による怪我の治療を受けながら、俺はレイシャの話を聞いた。
それによると、以前の族長だった彼女の父、それに兄が戦死した為、長女だった彼女が族長を継いだのだという。
「レイシャ
そう言いながら姉──レイシャの腹を擦るリヴェと呼ばれた男児は、聞くと今年で七歳だと言う。
「ところで君、名前は? 私はリンネイ。リンネイ・ライル・ユマ。この子達は私の娘と息子でレイシャとリヴェ」
「俺はルーク。助けてくれてありがとう、リンネイさん」
「どうってことないよ。怪我が治るまで、ゆっくりしていきな」
*
「リンネイ……さん。俺はどうやら、あなたに惚れてしまったようだ」
「はい?」
それを告げたのは、その日の晩だった。怪我の治療をしてもらっている間じゅう、俺はずっと彼女の動きを目で追い、その柔らかな声に耳を傾けていたのだ。
それから俺は、毎日同じ言葉を彼女に掛けた。初めの頃は「冗談はよして」と軽くあしらっていたリンネイだったが、次第に──そう、少しずつ彼女は、俺に惹かれていった。
おかしな言い回しだが、俺の腕の中で本人がそう言ったのだから仕方がない。
レイシャが可愛らしい双子を出産して、生活が落ち着いてきた頃、リンネイは俺の──いや、俺達の子を出産した。名はリュード。
幸せだった。本当に、心の底からそう思えた。大変なことも多かったが、それ以上に得たこの幸福という名の甘露な海に、いつまで浸っていたかった。
しかしそれは、無理な話だった。
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