60.5 agonyⅡ

 束の間の平穏が壊されたのは、あれから一年と少しが経ち──リュード息子ルミアルミネの後ろを、一人でよちよちと、歩き始めたばかりの頃だった。




 災厄だった。いや、最悪だった。


 突然だった。ライルの里は襲われた。


 ルースブラス神力ミース使い、たった二人によって。


 木造の家々は焼き払われ、家畜は逃げ惑い、人々は武器を取った。幼子から屈強な男子までが皆、三日月型の刃の付いたライル族特有の武器「月欠つきかけ」を手にし、侵入者の攻撃を凪ぎ払った。


 ある者はジョース神力ミースを放ち、ブラスの神力使いを追い込むも、相性が悪かった。雷と地では地のほうが優位だった。


「あいつら、十年前の!」


 叫びながらリンネイが駆けた。飛び上がり月欠をルースの神力使いに振り下ろすも、相手はその攻撃を抜いた刀で容易く弾いた。

 フードを深く被った二人の顔は、俺のいる場所からでは全く見えなかった。


母様かあさまっ!」

「レイシャ、子供たちを!」

「ルミアとルミネなら、ローリャ伯母さんに預けてきたわ!」


 二人がかりで交戦するも、その攻撃は相手に届かない。

 俺も交戦しようと刀を抜き、駆け出そうとした時だった。


「ルーク! お願い、二人を連れて逃げて!」


 武器を持ちながらも俺の足にへばり付いたリヴェと、彼が腕に抱くリュードを目の端で捉えながら、リンネイが叫んだ。


「でも! お前たちはどうするんだ!」


 里にいる者たち──五十人近くの戦士達が懸命に戦っているのに、俺に逃げろとリンネイは叫ぶ。


「あなたは里の人間じゃないわ! 戦うことはないの! お願いだからその子達を連れて逃げて!」

「しかしっ!」

「お願い……私はもう、愛する人を失いたくないのよ!」


 夫に息子、娘のことなのだろう。彼女を残して先立っていった家族たち。


「行って! 生きて!」


 リンネイの叫びが俺の背を押した。リヴェとリュードを両脇に抱え、俺は飛行盤フービスを使い飛び上がる。


「レイシャぁぁぁぁあっ!」


 リンネイの声に俺は振り返る。ルースの神力使いに斬り倒されるレイシャが視界に入る。


「レイシャねえぇぇぇぇえっ!」

「リヴェ! 見るなっ!」

「いやだ! いやだ! レイシャ姉っ、レイシャ姉っ!」


 暴れるリヴェを強く抱き寄せ、俺は加速する。


「……リンネイ!」


 遠目に映るのは、全身が血塗れになり倒れ込む、愛しい彼女。


「リンネイ! リンネイぃぃぃぃいっ!」


 その声に、リンネイは振り返る。唇が僅かに動き言葉を紡ぐも、その声は俺に届かない。届くはずなどないはずなのに、耳元でそっと囁くように、彼女の声は俺の鼓膜を刺激した。


「さよなら──私が二番目に愛したあなた……」



 そう言ってリンネイが見せた笑顔は、今でも俺の記憶に鮮明に残っている。



 日没が迫っている。

 

 あれから必死に逃げて逃げて逃げて、俺達はようやく迷路のような森を抜け出した。

 食料も水もない状況だ。日が暮れるまでに、人里を目指さなければならなかった。リヴェは「僕は平気」と言い張るが、疲弊しているのは明らかだった。

 こんな森の中で幼子たちが夜を越えるのは、どう考えても厳しい。


 俺の腕の中ですやすやと寝息を立てるリュードの頭を優しく撫でる。


「誰だ!」


 俺は刀を抜き、リヴェは月欠を構える。がさがさと茂みから現れたのは、フードを被った二人組──ライルの里を襲撃した二人組だった。


「武器を下ろせよルーク・カートス。いや、ルーク・ライル・ユマと呼んだ方がいいか?」


 俺達から向かって右側の男がフードを取り距離を詰めてくる。


 赤銅色せきどうしょくの長い髪に、エメラルドグリーンの鋭い目元。


「俺はレンブランティウス・F(ファイアランス)・グランヴィ」


「グランヴィ……だと」


 グランヴィという姓……。あの女の身内ということなのか。顔立ちは何となく似ているような気もする。


「面倒だから簡潔に言う。ルーク、お前の願いを叶えたければ、俺達の仲間になれ」

「ふざけるな!」

「そうだ! 母様かあさま達を殺しておいて、何てことを言うんだ!」


 歯を剥き出してリヴェも叫んだ。その声に驚いたのか、俺の腕の中のリュードが目を覚まし、泣き出してしまった。


「ガキが泣き出しちまったじゃねえか。可哀想に」

「誰のせいだ!」

「まあ、そうカッカすんなよ、リヴェ・ライル・ユマ」


 レンブランティウス──レンは俺達から二メートル程手前で立ち止まると、リヴェの月欠の刃に触れた。


「お前の『願い』は俺達のボスが叶えてくれる」

「俺の願い、だと?」

「自分じゃわからないのなら、ボスに教えて貰うんだな」


 そう言ってレンは、後ろに控えるフードの相方を顎でしゃくった。


 フードを取り露になったその顔は、逆光ではっきりとは見えなかったが、美しく、儚げで、なんとも悲しそうな顔をしていた。

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