第2話

ピノを連れ、田舎町に来た私は、木工の工房を開き生計を立てる。時折来る修理の依頼は、家の扉から家具、雨漏りの修復まで様々だ。仕事を選ばずこなし、どうにか生活出来た。


ピノが5歳になる年、屋根の修復をする合間に、廃材で人形を作る。誕生日プレゼントと言うには粗末な物だが、一人で留守番をしているピノへのご褒美でもある。

修復を終え、工房に帰ると、ピノの姿が見当たらない。私は工房中を探した。

薄暗く、散らかった工房。だが普段とは明らかに違う。それは嘗て私が散々嗅いだことがある匂い…血の匂いだ。

目を凝らすと、床と壁に点々と跡がある。私はその跡を辿り、外へと出る。この先には、以前ピノを連れて釣りをした池がある。

私は走った。不安は募るばかり、ピノの名を叫び、可能な限りの全速力で、池の手前まで来た時…

「これでもう安心だわ。災厄は取り除かれた。悪魔の子は、悪魔の子は今、滅びたわぁ!」

頬はこけ、髪を振り乱し、目は赤く充血している。右手に鉈を持ち、最早幽鬼か鬼女の様な姿となった妻が、池の畔に立っている。ぐったりと血塗れで息絶えたピノの髪を掴み、左手でぶら下げるように持っている。

「ピノーっ!!!」

妻は私を見ると、ドサリとピノを落とし、悲しげな目で私を見ると、

「なんで?なぜ貴方は、私ではなくピノの名を呼ぶの?私は貴方との生活を守るために、悪魔の子を殺したのに!なぜ…」

妻は立っている気力を失い、ヨロヨロと数歩下がると、足を踏み外して池に落ち、二度と浮かんで来なかった…


この瞬間、私は全てを失った。その事を理解したのは、身体が朝露に濡れた時だった。



工房に戻ったのは、朝日が登り切った時間。椅子に腰掛け、自問自答を繰り返す。

『なぜ私が生き残ったのだ…罰を受けるなら、私が死ぬべきでは無かったのか…奪い続けた命の代償ならば、なぜ私の命を真っ先に奪わなかったのか…この罪を全て背負って生きよと言われるのか。神よ…』

思えば私は、神に祈る資格すら無いのかもしれない。人形に魂を宿らせ、人々の命を奪わせた。ただ無感情に…

テーブルには、ピノに渡すハズだった作りかけの人形。

『人形に魂を宿らせる?そうだ!私は人形使い《ゴーレムマスター》ではないか!この人形を作り上げ、ピノの魂を…』

禁忌とされる術であることは百も承知だ。神に対する冒涜だと言われるだろう。それがどうした、神は救いなどくれないではないか!私にも、私にだって活きる希望くらい、あってもいいだろうが!

私は持てる技術と秘術を駆使して、人形を完成させる。

「ピノ…私の希望。もう一度私に、微笑んでおくれ…さぁピノ!目を覚ませ!」

暖かい光が人形を包む。廃材で作られた人形に纏うそのオーラは、人のそれと見紛う程の肉体となり、生前のピノの姿へと形を変えて行く。魂の情報として、ピノの毛髪と血を使い、人形に宿るのを待つ。赤い珠と白い珠が螺旋状に交差し、胸の中へと吸い込まれて行った。

ピノはゆっくりと目を開け、ふらつきながら上体を起こす。

「おぉ、ピノ、わかるかい?」

「…パ……パ…………」

「そう、そうだ。パパだ。」

どうやら成功したようだ。人の魂を宿した人形、ピノはゆっくりと立ち上がった。

「ピノ、今までどおり、ここで穏やかに暮らそう。」

私は、冷たい身体のピノを抱きしめ、頭を撫でる。

「オ、おだやかニくらそウ…」

「そうだ。ピノ。私の愛しい息子…」


ピノの死は、町の住人には伝えなかった。死んではいない。目の前に居るじゃないか!人の温もりはないが、間違いなくこれはピノだ。

私は今までどおり仕事を受け、こなしている。ピノも新しい身体に慣れてきたので、たまに仕事についてくるようになった。

田舎町の子供達の、警戒心の無さには救われる思いだ。すぐに友達が出来て、一緒に遊んでいる。こういう普通のことが、何より嬉しい。私達は町に馴染み、町人の一人として受け入れられた。



三年後、普通の生活が当たり前になっていた私達に、転機が訪れる。

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