ゼペットの憂鬱

菊RIN

第1話

また息子の夢を見た。

5歳の誕生日に人形を作ってやると、ピノは弟が出来たと大喜びした。


私がこの田舎町に移り住んだのは、妻から逃げるためだった。ピノを守るため…


ある日、私が仕事から帰ると、妻が笑顔で迎えた。

「あなた、授かったみたい…」

軍に所属して以来、同僚からは人形使い《ゴーレムマスター》と恐れられ、敵対する者からは忌み嫌われた私だったが、ようやく人間らしい生活が出来るかもしれない…その日から私は、軍に退役届けを出し、受理されるのを待った。

三ヶ月後、私は油断から左足を負傷し、軍人としての働きが出来なくなった。結果的には、良かったのかもしれない。そのとき、

思い出したように退役届けが受理されたのだった。

私は家で療養しながら、妻と産まれてくる子を楽しみに待つ生活に喜びを感じていた。今思えば、一番幸せな時間だったかもしれない。子供達に人形を作って喜んでもらい、いつか我が子に…と思っていたのに…


信心深い妻は、毎日のように教会へ通っている。その日も妻は、臨月になるお腹を抱えながら、丈夫な子が産まれますように…と礼拝堂で跪いていた。

「ご婦人、今日は良き日です。こちらに大司教がお見えになっています。一緒に祈りましょう!」

司祭が声を掛けてきた。後ろには、純白の法衣を纏い、白く長い髭をたくわえた穏やかな老人、しかし放たれるオーラは、神と見紛う程の神聖なものだった。

大司教は妻のお腹に手を翳すと、突然大量の汗を噴き出し、倒れ込むように後退る。

「な、なんと禍々しいオーラじゃ!呪いの子じゃ!悪魔の子じゃ!ワシの法力を持ってしても、抑えきれぬ…三賢者を呼べ!」


これを神罰と言わずして、なんと言えよう。私が今まで手に掛け、命を奪ってきた者達の怨念なのか…神よ!私の身体を切り刻んでも構わない!妻と子供には、なんの罪も無いではないか…


司祭に支えられながら、大司教が立ち上がる。程なく三賢者と呼ばれる司教達も駆けつけた。三賢者と言えば、時期大司教候補である。四人で結界を施し、全員の法力によって負のオーラを抑え込んだ。

「これで…大丈夫じゃろう…はぁ、はぁ…」

肩で息をする四人の司教、法力は枯渇寸前だ。これだけの術者の法力を持ってして、ようやく抑え込んだ負のオーラ、私の抱えている業は、これ程のものなのか…


それから三日、私は産まれた子にピノと名付けた。風を受け止める防風林の如く、どんな逆境にも耐え、人々に安心を齎す…この子は産まれる前から逆境に立たされてる。教会での一件を知るものは居ないが、私が守るにも現界がある。私が死んだ後、一人でも立ち上がれるだけの心の強さを 身に付けて欲しい…その願いを名前に込めた。


事件が起きたのは、それから半年のこと。

各地を巡っている大司教が、久しぶりにお戻りになられた。妻と子と三人で、御礼も兼ねて教会へ御挨拶に来ていた。

「大司教様、お陰様で無事に産まれました。是非祝福をお与えください。」

大司教がピノへと手を伸ばした時、突然ピノの口から蛇のようなどす黒いオーラが飛び出し、大司教の首に巻きついた!

必死に藻掻く大司教、どす黒いオーラに実態はなく、手で掴もうとしても掴めない!じわじわと締め付けるどす黒いオーラ、とうとう大司教は、泡を吹いて倒れた。

「だ、大司教様ぁー!」

「封じ込まれて無かったのか!悪魔の子だ!」

「悪魔の子よ!早々にこの場から立ち去れぃ!」

この事件をきっかけに、周囲から後ろ指を刺されることになり、最初はピノを庇っていた妻も、心に闇を抱え、次第に精神に異常をきたした。

床に伏す事が多くなり、家に引きこもり、人々から隠れるような生活。ピノが4歳になる時、妻の精神は、とうとう壊れてしまった…

「アァ…この子のせいよ!この子のせいで、私達の生活は…アァァァーーッッ!いなくなってしまえ!悪魔の子なんか…私が、私がころしてやるーっ!」

妻は突然刃物を振り回す!私は妻を取り押さえ、刃物を取り上げることしか出来なかった…


普段は普通の妻なのに、発作的にピノを殺す衝動にかられる。このまま一緒に住むことを断念した私は、ピノを連れ、田舎町に逃げることにした。

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