自由人を操り、自由人に尽くす者は誰だ? 前編
翌日。
今日はルイの契約者を探す。
午後一時に来ると言っていたため、翔太とシルクは午前中に魔法を習得し、現在はシルクは昼ご飯を作っている。
「特級魔法めっちゃ魔力減るんだけど⋯⋯小豆ぇ〜」
「翔太に魔力を与えるからじっとしてるのだ。な、撫でるでない」
翔太にしゃわしゃと撫でられ、小豆は満更でもなさそうにのどをゴロゴロ鳴らしている。
「特級魔法一回に使う魔力は、初級魔法十五回に値するわ。特級魔法は魔力も使うし、イメージも詳細にしないといけないから難しいのよ。午前中で習得できたのは凄いかしら」
シルクは麺を茹で、タイマーをセットしてから卵を溶く。
カッカッカッと、箸が器に当たる音が心地いい。牛丼屋で卵を音を立てて混ぜる人に文句がある人もいるらしいが、この音が好きな翔太からするとその気持ちはわからないだろう。
「イメトレもだいぶ慣れてきたからな。まぁ、杖を使う魔法はまだ修行が必要だけど」
魔力が減って疲れている翔太は小豆を撫で続け、小豆もされるまま。撫で撫でられの時間が続き、それを見ながら昼ご飯を作っているシルクは、何度か小豆を撫でたい衝動にかられた。
シルクは衝動を抑え、薄焼き卵を作っていく。
焼けたら破れないようにまな板に移し、焼いては移し。
薄焼き卵を作り終えたら切っていくのだが、さっきまで熱々のフライパンで焼かれていた卵は激熱で触れない。
冷めるのを待っているとピピピーとタイマーが鳴り、シルクはタイマーを止める。
麺をザルにあげると湯気がシルクの視界を奪い、同時に中華麺のいい香りが漂う。
熱々の麺を冷水で冷やし、麺を冷たく締(し)める。
多少冷めた薄焼き卵を切って麺をお皿に盛り付けて。
具やタレを乗せれば――。
「冷やし中華、完成なのよ」
「めっちゃ食べたかったから嬉しい! 小豆もありがとな!」
「どういたしましてなのだ」
翔太は小豆を撫でることすら疲れてできなくなったため、小豆から魔力をわけてもらう。魔力回復だ。
翔太はこのくらい手伝わなきゃと思い、箸やコップを運ぶ。
コップに冷蔵庫で冷やした麦茶を注いで手を合わせ――、
「「いただきます」」
きちんと挨拶をして昼ご飯をいただく。
きゅうりと薄焼き卵、ハムが細く切られ麺に乗っていて、真ん中にはミニトマトがちょこんと乗っている。
翔太は早速マヨネーズを隅に出し、タレに混ぜて麺を食らう。
中華麺にタレがよく絡み、タレの酸っぱさとマヨネーズのまろやかさが絶妙にマッチして――。
「んー! やっぱり冷やし中華にはマヨネーズだな!」
「はいはい、美味しいわね」
もはや驚かなくなったシルク。
初めて見たときは、分離したそのビジュアルから翔太の行動まで全てが衝撃的だった。
シルクは「マヨネーズ?」という思考でいっぱいになり、「マヨネーズは酸っぱいんだから、すごく酸っぱくなるんじゃ」とも思った。
だが翔太に言われるがままやってみると、酸っぱさが軽減されまろやかになるのだ。不思議である。
それ以来何度か冷やし中華を食べたが、自ら皿にマヨネーズを出しているところを見ると完全に影響されている。
一度味わうともう一度食べてみたくなる。そういうものらしい。
「「ごちそうさまでした」」
食器を片付け、ルイが来るのを待つ。
小豆はお腹いっぱいでゴローンとしたまま動かない。
それから数十分後――、
「んんん! ぐ、苦しいのだぁ!」
「可愛い、可愛いすぎるこの猫! この赤いリボンが似合ってて可愛いな!」
ルイが家にやってきた。そして小豆を発見。
小豆の可愛さに心を射抜かれたルイは小豆を強く抱きしめ、離そうとしない。
「ちょっと小豆が嫌がってるからやめてもらえるかしら。ルイも言語魔法使うといいわ、小豆がなにを喋ってるかわかって驚くはずよ」
小豆の艶やかな毛に顔を埋めていたルイにシルクが注意する。
ルイは「小豆って名前なのか」といい、小豆を床に下ろして言語魔法をかける。
「言語魔法、開始! これで小豆と喋れるな!」
「む!? なんだこの声は? このルイとかいう奴の声か?」
「はっ!? シルク⋯⋯! この猫可愛いしちゃんと喋るし魔法適正高いし、完璧じゃねぇか!」
シルクはふふんと自慢そうに小豆を抱き、「あげないわよ」と言う。
ルイは羨ましそうに豊満な胸を物理的に弾ませ、「撫でさせてくれるぐらいいいじゃねぇかー」と頼んだ。
「ルイってこういう一面もあるんだな⋯⋯」
「ルイはこう見えても可愛いものに目がないのよ。お菓子作りが趣味で女子力も高いわ」
シルクはルイから小豆を遠ざけるように高い高いをする。
だがシルクとルイの身長差は僅か二センチ。
ルイは背伸びをして小豆を掴み、シルクから小豆を奪った。
「恥ずかしいからそういう一面は見せないようにしてるんだ。まぁ今回は小豆が可愛すぎたってことだな」
それを聞いた小豆は「私のために争わないでっ」と、いつもより高い声でいい、三人を笑わせる。
ルイはすっかり小豆を気に入ったようで、中々手放そうとしない。
シルクは「いつでも触れるから、今日はルイが触ってていいわ」と、諦めて出かける支度をはじめた。
「あー飛んだり透明人間になったり、壁すり抜けたりできるように魔法かけといてくれ。今回はオフィス街に行って契約者探しするから」
「んじゃ俺が魔法かけるからシルクそこに立っててくれ」
「了解よ」
翔太はシルクに通過魔法と飛行魔法をかける。
透明化魔法をかけるとシルクは逆に見えるようになってしまうため、魔法はかけないでおく。
そして自身にも魔法をかける。
特級魔法に比べると楽にかけることができ、すんなり成功。成長を感じた。
「じゃあ、行くか!」
――――――――――――――――――
翔太の家を出発して約二分。
「うぅ、やっぱり怖いのだ! 降ろすのだ! あ、やめて、ちゃんと抱っこしてくれねば、あ、落ちるー!!」
三人と一匹は人に見られることもなく、建物を貫通して空を飛び続けている。
三人と一匹。そう、三人と一(・)匹(・)。
「なんで小豆連れてきちゃったんだよ!」
普通ならば三人で契約者を探し、小豆は留守番か外で散歩してきなさいというところだろう。
だがルイは自由人。自分の好きなように行動して生きるのがモットーだ。
ということで小豆はルイに魔法をかけてもらい、ルイに抱っこされたまま空を飛んでいるわけだが――、
「シルクの抱っこは安定感があって心地いいがルイの抱っこは安定感なさすぎなのだ! しかも怖がらせようとして遊んでくる! 心臓に悪い!」
「ひー! 小豆面白い! ほれほれー」
「ああぶつかる、うわ、落ちるー!!」
と、こんな感じでルイは小豆をからかっては笑っている。
翔太やシルクがルイの行動を止めないのは、小豆を本当に落とす意思がないとわかっているからである。
そしてもし落としてしまっても、シルクには瞬時に小豆を助ける自信と実力をもっている。
翔太やルイも魔法が使えることを考えるとなにが起きても大抵のことは無事に終わるだろう。
目的地のオフィス街は電車で約三十分の場所だが、飛んで行けば三分で行ける。
この飛んで行けばというのはそれなりにスピードを出した場合のため、三人と一匹はそれなりのスピードで飛んでいることになる。
例を出すならば、上空を飛ぶ飛行機の時速と同じ速度。といったところだろう。
あのスピードで建物にぶつかれば即死待ったなしだが、通過魔法のおかげで死ぬ気配はない。
一匹を除いては、だが。
「なぜルイは好き好んで建物にぶつかりに行くのだ! 死んじゃう! うわああ!」
そんなこんなでオフィス街に到着。
ビルに潜入し、一階一階移動してルイの契約者にふさわしい人物を探す。
ルイの契約者探しで重要なのは、「魔法適性の高い人かどうか」。「男性であるか」。「ルイに振り回されず主導権を握れるか」の三つだ。
魔法適性に関しては特に縛りがないルイだが、低い人より高い人のほうがいいに決まっている。お金が少ない人より多い人と結婚したい世の女性と同じだ。
「⋯⋯そんで、俺と小豆は魔法適性が高いかどうかなんて見えないんだけど。小豆はルイにチヤホヤされるとして、俺は性別の確認でもしてればいいのか?」
翔太はイメージトレーニングや飛行魔法に慣れるため、そこら辺をうろうろ飛んで練習中。
シルクとルイはクイーンズに備わっている魔法適性を見分ける魔法を使い、オフィスの中にいる人を選別しているのだが――、
「魔法適性が高い人、全然いないわね。このビルはダメだわ、次のビルに行きましょ」
といった感じで全く見つからない。
妥協すればと思うが、妥協できるそこそこの人もいないのだ。このビルはハズレだったらしい。
三人と一匹はビルを飛んで抜け出し、隣のビルに移動。
さっきのビルには女性社員が多かったが、こちらは男性社員が多いようだ。
「ち、な、み、に。性別の確認は『人物魔法』でできるし、相手の行動パターンは『観察魔法』でできる。⋯⋯どっちとも初級魔法だけど、ちゃんと覚えてんのか? ちゃんと教えたか?」
人物魔法は「人物の名前や、性別などがわかる魔法」であり、観察魔法は「人物の行動が大体わかる魔法」だ。
シルクは「ちゃんと教えたに決まっているでしょう? ルイみたいにいい加減じゃないから安心するかしら」と自信満々だが、忘れかけていた翔太は苦笑い。なにも言い返せないようだ。
そんな翔太を見て、忘れてたのかと察したシルクはため息をつく。
「まぁそんな魔法あったな〜みたいな感じで忘れてただけで、使い方は覚えてるから!」
そういった翔太は人物魔法を心の中で唱え、追加で強化魔法も唱える。
強化魔法により、半径五メートルの範囲にしかかからない人物魔法をビル全体にかけることができる。これによって多くの人を把握できるようになった。
続いて観察魔法も心の中で唱える。
この魔法は対象者に接触しなければ使えない魔法のため、魔力を意識しながら唱えて準備をしておく。これによって対象者に触れれば魔法が発動するようになる。
(問題は透明化魔法をかけた状態で接触しても観察魔法が発動するのかどうかだよな)
ルイも観察魔法を使っていると考えれば使えるはずだが、クイーンズ限定という場合もある。
翔太は目の前から書類を持って歩いてくる男性に目を付け、正面に立つ。
そして翔太の存在が見えていない男性は翔太を物理的にすり抜け、通り過ぎていく。
「うっ⋯⋯なるほど、これは便利だな」
翔太の頭には男性の行動が映像として流れていた。
流れてきた映像は、男性が残業することなく家に帰り、家で待っている女。若干大きいお腹を見ると、恐らく奥さんだろう。その奥さんと一緒に夜ご飯を食べ、一緒に寝ている映像。
どうやら透明化魔法をかけた状態でも発動するようだ。
「お? 魔法使ったのか。ちなみにさっき通り過ぎた男は魔法適性低いから対象外だ」
ルイは魔法適性が分かる魔法によって、色がない魔力が金色に見え、その人の魔力がその人の周りに漂って見える。
そのおかげで翔太の周りに漂う魔力が減少したことに気付き、翔太が魔法を使ったと気付いたようだ。
「三人とも魔法が使える状況だと、なにもできない我が約立たずのようだな⋯⋯」
そしてルイの腕の中でしょんぼりしている黒猫が一匹。
しょんぼりしている黒猫を抱いているルイは、翔太に対し「初級魔法とはいえ心の中で唱えるとはねぇ⋯⋯流石シルクの契約者だな」と感心している。
が、それを喋るとシルクが調子に乗って自慢してくるのが容易に想像できるため、決して声には出さない。
「――あら、ルイってばそんなこと考えてくれてたの?」
声に出していないはずなのに、シルクは心を読んだようにそう言う。
「なっ、勝手に心覗くなよ!」
声に出さずとも、心の中で考えた時点でシルクにはわかってしまう。
それもそのはず。シルクは魔法を使えるのだからルイの心を覗くことだって造作もないこと――。
「ふふっ、ほかのクイーンズと黙っていたのだけれど、やっぱりルイは気付いてないのね」
そう思っていたルイはシルクの反応に疑問が浮かぶ。この様子だと魔法は使っていないようだ。
シルクは口元に手を当て、面白がるように笑い、言った。
「ルイは、感情が表情とか身振り手振りに出やすいのよ。だから意思覗き魔法を使わなくたってわかる。さっきは翔太を見て『よくやるなぁ』みたいな表情してたわ。ほんとわかりやすいのね」
「は、はっ!?」
シルクはずっと言っていなかったルイがわかりやすいということを言い、一つ上の階に移動。契約者探しを続行する。
「うぐっ、ぐるじい」
一方自分の知らない一面を知ったルイは、抱いていた小豆をさらに強く抱きしめ――、
「わ、わかりやすくない!」
と、顔を赤くして叫んだのであった。
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