ただの契約者、恋人ではない

 シルクの初キスを半ば強引に奪った翔太は、花火を見上げ、平然を装う。


 照れているシルクの顔を目に焼き付けたいが、今のシルクを見たら自分がなにをするかわからない。


(落ち着け落ち着け。一ヶ月一緒に暮らしてきて大丈夫だっただろ! 理性保て、俺!)


 気持ちを落ち着かせたいが落ち着かなくて。心拍数が収まらなくて。


 カッコつけてしまったからにはみっともない姿は見せられない。

 頼りがいがあって頼ってもいいんだと思ってくれるような男に見せろ。自分を騙せ。


 花火を見ているはずの翔太は、花火が花火に見えなくて。カラフルな線が出ては消える映像にしか認識できず、頭にも入ってこない。


 花火が咲いては大きな音が体に響き、咲いては散って。

 散っては煙を残して、そこに新しい花火が咲いて同じことが繰り返されていく。


 過ぎる時間はあっという間で、いつの間にか花火が終わっていた。


 翔太の左に座って見ていたルイが「綺麗だったな」と翔太に喋りかけ、まだぼうっとしながら返事をする。


「あ、あぁ。綺麗だった、な?」


「なんでハテナついてんだ?」


 さっきまで見ていた光景は花火だったのかと今になって気付く。やっと我に返ったようだ。


 花火が終わって心拍数も落ち着き、照れて止まらなかった汗も収まり、冷静になった。


 今なら喋りかけれると思った翔太は、右隣に座っているシルクのほうを見る。

 するとシルクは体育座りをして、腕と腕の間に顔をうずめていた。


 きっとまだ照れていて顔を見られたくないからしているのだろう。


 シルクの気持ちが落ち着くまでは喋りかけないでおこうと思った翔太はルイに喋りかける。


「えーっと? なんでここにルイがいるんだよ」


 しれっとルイが左隣に座っているのも聞きたいが、はぐらかれそうなので聞かない。


 片手に持っていたイカ焼きがなくなって、新しく焼き鳥を食べているところを見ると、買ってまた戻ってきていることがわかる。


 それと同時にルイが席を立って戻ってきたのに翔太はそれに気が付いていなかったこともわかった。


 ルイはペットボトルの緑茶を飲んで、ぷはぁと言ってから翔太の問いに答える。


「それに関してはこっちこそ聞きたいんだけどな。んーまぁ、シルクでいう翔太みたいな人間を探してるんだよ。母さんに色々急かされててさ」


 ルイはばつの悪い顔をしながら人差し指で頬をかく。


 翔太のような人間。

 遠回しに伝えたその言葉だけでも意味は通じる。


 つまり契約者を探しているということだ。


 翔太はなるほどと頷きながら。


「だから人が集まるお祭りに来てたってわけか。その割には満喫してるみたいだけど?」


 と、ルイが持っている焼き鳥や、ルイと翔太の間に置かれているみたらし団子のパックに目をやる。


 手に持つ焼き鳥はタレで、パックに入っているみたらし団子は三本入って輪ゴムで止めてある。相当甘辛い味付けが好きなんだろうなと思いながら、翔太は水風船を弾ませた。


「まぁ夜ご飯も兼ねて来てるからな。腹が減っては戦ができぬってやつだ」


「へぇ、それで見つかったのか? 俺みたいな人間」


「みふからないはらこうはってここにいるんはろ」


 ルイは焼き鳥を口いっぱいに入れてもぐもぐしながら喋る。

「見つからないからこうやってここにいるんだろ」と言っているようだ。


「食べながら喋るの行儀悪いぞ」


「ゴクッ、んん。行儀の悪さは姉妹クイーンズの中でも一位を誇るからな」


「それ自慢しちゃダメなやつだろ⋯⋯まぁいいや」


 なぜか誇らしげにいってくるルイが不思議だが、恐らくシルクのような性格の一部だろう。そう思って翔太は適当に受け流す。


 二十秒ほど沈黙が続き、翔太は助けて欲しいとシルクのほうを見るが、シルクはさっきと変わらぬ体勢で顔をあげない。


「あの」「なぁ」


 ルイのほうを見て何か喋ろうとした瞬間。

 翔太とルイは同じタイミングで喋り、声が被る。


「ぷっ、ははっ! はぁーおもしろ! そんなに気使わなくていいのにお互い気使ってさ。ルイが気使うなんてらしくないわー」


「ふっ、確かに気使わなさそうだな。空気読まなさそう」


「いやだって空気読むとかめんどくさくねー?」


 顔を見合わせた翔太とルイは思わず笑って、気まずい雰囲気はどこかに飛んでいく。

 それなりに失礼なことをいっている翔太だがルイは気にしていないようだ。


 翔太とルイが笑っていると、翔太の右側に座っていたシルクがむくっと顔を上げ――。


「なに二人で盛り上がってるのよ⋯⋯!」


「あ、シルク。ごめん喋りかけちゃだめか――」


「シルクが嫉妬してるとか珍しいもの見れたなぁ? もしかして省エネモード?」


 怒りに近い嫉妬を翔太に向け、ルイは翔太の声を遮りニヤニヤしながらシルクをからかう。


「なっ、省エネモードじゃないわよ! やっぱりまり⋯⋯じゃなくて、アレを吸い取ってやろうかしら」


 魔力といいそうになって言い直すシルク。


 言い直したのが恥ずかしいのか、省エネモードじゃなくて素で嫉妬していると墓穴を掘ってしまったことに気付いたのか、どちらかわからないが顔が赤くなる。


「ぷっ、シルクってば可愛いーねぇー?」


「うぅ、もう!」


「痛てぇ!?」


「痛い⋯⋯」


 シルクとルイに挟まれている時点で、翔太は嫌な予感がしていたが、案の定シルクから肩に頭突きされる。


 翔太は肩をさすって痛さを紛らわせ、シルクは頭を押さえて痛がっている。


 その姿が微笑ましいカップルに見えて――、


「――⋯⋯ふっ」


 二人を見たルイは、「自分にも契約者ができたらこうやって仲良くできるのか」という考えが頭をよぎり、一瞬笑えなくなる。


 だがすぐに「らしくない」と、自分自身を鼻で笑った。


「あーそういえば。初めて翔太に会ったとき、また会う時は覚えとけみたいなこと言ったよな。よし、あれを借りとして、ルイに協力してくれないか?」


 痛がる二人に、ルイは頭を掻きながら頼み事をする。


 ルイの要求などろくなことがないと思い、翔太は恐る恐る内容を聞くと。


「翔太みたいな立場の人間を探すのを手伝って欲しいんだ。頼む!」


 ルイは手のひらを顔の前で合わせ、チラッと二人を見る。


 翔太は「なんだそんなことか」と安堵し、シルクは「めんどくさいわね」と、嫌な顔をした。


「ま、練習も終盤だし、困ってるなら助けてあげたくなるのが俺の性分だから。頼まれたことはやるよ。――いいよな?」


 翔太は目が笑ってない笑みで「めんどくさいとか言わないの」と、シルクに圧力をかける。


 シルクは『シルバー・クイーンズは契約者に対して否定的になってはいけない』を思い出し、「こんな決まり事なくていいのに」と思う。


 シルクはため息をついて、顔を上げ――。


「まぁ、翔太がやるっていうならそれについていくだけかしら。シルクはダメなんて言わないし、好きにすればいいのよ」


 シルクは翔太の善意に呆れながら、手伝うことをオーケーした。


「本当に助かる、恩に着るってやつだな!」


 ルイは胸をなでおろし、ニカッと笑ってお礼をいう。


「んじゃ、明日の午後一時に二人の家に行くから待っててくれ!」


 そういって立ち上がり、荷物を持って去っていった。


 嵐のようなクイーンズだなと思いながら、翔太は辺りを見回す。

 近くに座っていた家族連れやカップルはいなくなっていて、遠目に見える屋台の数が減っている。


 どうやら花火が終わると祭りも終わるようだ。


「俺らも帰るか」


「⋯⋯そうね」


 名残惜しそうにシルクが俯く。


 その姿を見た翔太は、『家に帰らない』という選択肢が頭に浮かぶ。

 今のシルクなら、もしかすると帰りたくないなんて言い出すかもしれない。


(そうなったら――)


 翔太はどうするだろうか。

 なんて返事をして、どんな行動を起こすだろうか。


 浮かんだ選択肢に自問自答する。


 だが行き着く答えはやっぱりこれで。


「ま、ゆっくり行こう。急がなくていいから」


 答えをシルクに向けて喋り、手を差し伸べる。

 シルクは翔太の声を聞いて顔をあげ、手を掴み立ち上がる。


 立ち上がったときにふわっと香る石鹸の匂いが爽やかで手がひんやりしていて。翔太は涼しさを感じ、同時に心を揺さぶられた。


「じゃあ帰り道案内してくれ」


「頼りないわね」


「間違えた道を歩き続けるよりシルクに頼ったほうが早いだろ?」


「ゆっくり行こう、って言ったのは翔太じゃない」


「それとこれは別なんですー! 帰るぞ!」


「ふふっ、わかったわ」


 二人は仲良く手を繋いで、一緒に住む家まで帰る。


 繋いだ手はやっぱり恋人繋ぎではなくて。

 キスまでしたんだからそのくらいできるはずなのに、できない。


 きっとお互いの中に、「ではないから」という思考があるのだろう。


(なんでシルクはキスなんてしようとしたんだ⋯⋯)


 ――恋人になれたら。


 そのときはきっと恋人繋ぎができるようになるはずだと信じて、翔太はシルクの隣を歩く。


 こうして二人のお祭りデートはいい思い出となり、二人とも大胆な行動を起こす一日となった。

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