人が集まるところには大抵知人がいる

 シルクが浴衣姿のまま人体操り魔法の練習台にされ、数時間が経った。


「魔法書の更新も終わったし、習得完了! 結局成功したのは午後四時。まぁ夜まで続かなかっただけマシだな」


 朝のやる気のなさはどこへやら。

 お祭りに行きたい一心で人体操り魔法を成功させ、やっとの思いで上級魔法をコンプリート。


「正直今日中に終わらないんじゃないかと思ってたのよ。よく頑張ったかしら」


 明日からは特級魔法の練習が始まる。


 その前のちょっとしたご褒美だと翔太は思っていた。


「じゃあ行ってくるわ」「お留守番頼んだぞ」


「いってらっしゃいなのだ!」


 翔太は部屋着から着替え、シルクは透明化魔法をかけてもらい、きちんと見える状態にしてから家を出る。


 シルクはそんなつもりないのだろうが、翔太は勝手にお祭りデートだと思っている。


「場所や行き方は事前に調べておいたから、シルクについて来てくれればオーケーなのよ」


 歩くたびにシルクの下駄がカランコロンと鳴り、扇子で涼みながら歩く風景はなんとも風情がある。どこからか風鈴の音が聞こえてきそうだ。


(なんかいつもより色気を感じる⋯⋯うなじ⋯⋯いやいや変なこと考えんなよ!)


 こなれ感のあるお団子ヘアは勿論似合っているし、淡い金魚柄の扇子も浴衣に合っている。浴衣の裾からちらっと見える足首や、正面から見た時の襟元、普段より少し控えめな胸。


 なにもかもが新鮮で、似合っている。


 その中でも特にうなじが見えるということが気になってドキドキして、つい目で追ってしまうのは――、


(もしや俺はうなじフェチだったのか? いっそのこと髪下ろしてくれれば気にならないんだけど⋯⋯いや勿体ないな、なにも言わないでおこう)


 翔太はシルクの浴衣姿を目に焼き付け、お祭りデートに心を踊らせる。

 シルクから誘ってくれたことがなによりも嬉しいらしい。


「そういえば、っと」


 一歩遅れて歩いていた翔太はシルクの隣に行き、顔を覗き込むようにして喋りかける。


「浴衣からなにまで随分と用意周到なんだな。元々もってたのか?」


 その行動に驚いたのか、シルクは肩をピクッと動かして。


「べ、別に楽しみで買ったとかそんなんじゃないのよ。勘違いしないでほしいかしら」


 と、言った。

 ふんっと首を振って、赤くなった頬を冷ますように扇子を扇ぐ。


「うっ、可愛い」


 翔太の心をグッと掴む百点満点のツンデレ発動。


「か、可愛いのは当たり前でしょ!? ⋯⋯いや、まぁ、ありがとうなのよ」


 一週間前はシルクにからかわれていたが、最近は翔太のほうが優勢。


 こうやって可愛いと言えるようになったのは、「ツンデレを落とすには押して押して押すべし」というネット記事を読んだのがきっかけだ。


 最初は恥ずかしかったが、徐々に慣れてくるものらしく。


 今ではシルクが照れる、イコール意識しているということで一歩前進。

 翔太は照れるシルクを見て眼福。


 まさに一石二鳥である。


(小豆には感謝しないとな。せっかく二人きりにしてくれたんだし、俺も頑張らないと)


 翔太は拳を握りしめ、出かける前のことを思い出す。


『我は祭りには行かぬ』


 本当は一緒に行くはずだった小豆が、突然行かないと言い始めたのだ。


『我が行っても二人の邪魔になるだろうしな。それに我は人混みが好かんのだ。⋯⋯翔太、頑張るのだぞ』


 最後の言葉は翔太の耳元で、シルクには聞こえないように言う。


 小豆なりの気遣いだろうと思ったシルクは『わかったわ』と言い、応援を受け取った翔太は、『ありがとな』といって家を出た。


 そして移動すること約三十分。


 行き着いた先はシルクと小豆が下見をしたあの河川敷。


 周りは住宅街で、駅に近付くと高い建物が目立つ。

 そんな場所にあるお祭り会場は、屋台の数がそれなりにあって人もいて、賑わっていた。


「おぉ、一回来てみたかったところだよここ! 俺の実家からだと微妙な距離で、なにより一緒に行く人もいなかったし。めっちゃ嬉しい!」


 駅からここまで歩いて約十分。


 少しばかり疲れた翔太は立ち止まり、カラフルな屋台を眺めていう。

 翔太に合わせてシルクも立ち止まり、左手に持っていた扇子をたたむと帯に差した。


「そう、ならよかったわ。なにがあるのか回ってみましょ!」


 シルクは空いた左手を埋めるように、翔太の右手を掴んで歩き出す。


「⋯⋯はぐれないように、ね?」


「え、あ、うん!?」


 翔太は積極的なシルクに思わず驚く。


 シルクの手は翔太よりも随分小さくて、細い指が翔太の手を握っている。その手はひんやり冷たく、当たり前のように手汗などない。


 一方翔太は嬉しさと恥ずかしさと照れで手汗がすごかった。


 翔太はその手汗を拭こうとするが――、


「は、離さないでほしいかしら。離したら、また繋ぎにいくのが恥ずかしいじゃない」


 シルクは翔太の手をぎゅっと掴んで離さない。


「わ、わわわかってる。でも俺がどうしても気になっちゃうから、手汗だけは拭かせてくれない? ⋯⋯今度は俺から繋ぐから」


「そう、なら⋯⋯」


 一度立ち止まって、シルクは翔太の手を離す。

 翔太はハンカチを取り出し、手汗を拭く。ついでにおでこや首の汗も拭いて、ポケットにしまった。


「ヘタレ翔太が発動しないでほしいわね」


 翔太の正面に立つシルクは、さっき繋いでいた左手を前に出す。


 翔太は震える手でシルクの手を掴み、繋ぐが――、


「これじゃ握手じゃない、ふふっ」


「あっ」


 間違えて左手で掴むというミスをして、再度繋ぎ直す。

 ミスのおかげで笑いが訪れ、緊張がほぐれたのか、手を繋いだまま屋台を見て回ることができた


 繋いだ手はまだ恋人繋ぎではない。でも、一歩前進したのは事実だ。


 シルクの心に小さく芽生えはじめた気持ちを、大切にしていきたい。焦りは禁物だ。


 いい歳した大人が、とか。子どもみたいな、とか。


 そんなのは気にしない。

 高校生みたいな、中学生みたいな恋愛をしてもいいだろう。


 ――翔太には青春がなかったのだから。

 遅れてやってきた青春を楽しんでも、誰も怒りはしない。


「翔太も焼き鳥食べるかしら?」


 しばらく手を繋いだまま屋台を回ってみた二人。

 二人の子ども心をくすぐる遊ぶ屋台にも興味を惹かれたが、まずは腹ごしらえで焼き鳥を食べることにした。


「んー食べる。二本ください」


「はいよ! ねぎまのタレ二本ね!」


 威勢のいい声で返事をしたおじさんは、ねぎまにタレを付けて焼いていく。


 肉の焼ける音と甘辛いタレの匂いが鼻に広がり、翔太はヨダレが垂れそうになった。


「はいどうぞ! お幸せにな」


「あ、ありがとうございます!」「ありがとうございますなのよ」


 にかっと笑って手渡ししてくれたおじさんにお礼をいって歩く。


(否定するのも面倒で否定してないだけだと思うけど。シルクはどう思ってんのかな⋯⋯)


 確かに手を繋いで男女が歩いていたらカップルに見える。翔太の歳ならば結婚していてもおかしくない歳だろう。


(嫌だと思ってたら手繋いできたりしないよな? かといってイチャついてくるわけじゃないし、って――)


「焼き鳥美味しっ!」


 ぐるぐる悩みながらふと焼き鳥を口に入れると、焼き鳥の美味しさに思考を全てもっていかれる。


「翔太、美味しすぎて一本じゃ足りないかもしれないわ」


「俺がお酒飲める体質なら何本でも買って飲んでた⋯⋯いや、飲めなくても何本でも食べれるな」


「激しく同意かしら」


 炭火で焼かれた香ばしい味に、トロっとしたタレの甘辛さ。鶏肉のジューシーさに、白ネギの甘みが相まって白米が欲しくなる。


 二人は顔を見合わせ、食べ終わったら二本目を買おうと決意した。


 賑わう祭り会場には仮設ステージや太鼓があるやぐらもあって、時間が経つにつれて人が増えてくる。


 仮設ステージでは子どもが菓子撒きをしていたり、バンドが披露されたりして観客を賑わせた。


「はぁー結構歩いたな。日頃の運動不足が身に染みる」


「もう六時半だもの。行きの時間も考えたらそれなりに運動してるわね」


 二人は祭り会場から少し離れた場所に腰を下ろし、カラフルな水風船をつつきながら喋る。


 周りには若いカップルや家族連れが腰を下ろしていて、焼きそばを食べていたり休んだりしていた。


「まぁ楽しいから全然苦じゃないんだけどな!」


 すっかり手を繋ぐことにも慣れて翔太は嬉しそうに笑う。

 最初は気にしていた手汗も、次第にかかなくなったようだ。


「そう、楽しんでもらえてなによりだわ」


 シルクははにかんで答える。


 その裏では誕生日について、いつ喋ろうかタイミングを見計らっていた。


「そういえばお祭りに来るっていつから計画してたんだ? 行き方とかスマホ見なくてもわかってたし、浴衣まで買ってただろ?」


 ナイスタイミングで話を振ってくる翔太。

 シルクはこのタイミングを逃さまいと誕生日の話題を切り出した。


「今日はなんの日か覚えてるかしら?」


「今日? うーん、上級ま⋯⋯じゃなくて、上級アレが習得し終わった日?」


 連想ゲームが得意な翔太がここまで忘れているのは珍しい。本格的に誕生日ということを忘れているようだ。


 シルクは繋いだ手に力を込めて翔太と目を合わせる。


 翔太はなにを言われるのか、ドキドキして待ち構えていると――、


「翔太、お誕生日おめでとうなのよ!」


 シルクは満面の笑みで翔太の誕生日を祝う。

 その姿は圧倒的ヒロインという言葉がふさわしい。


 翔太はシルクの笑みを脳裏に焼付けると同時に、自分の誕生日を忘れていたことに驚く。


「いつ言おうか迷っていたの。でもその驚く顔が見られてよかったわ」


「あぁー思いっきり忘れてた! 祝ってくれてありがとう。シルクと出会ってから色々ありすぎて誕生日なんて頭になかったわ。⋯⋯てことは俺、二十六かぁ」


 暗くなってきた空を見上げながら考える。

 翔太がニートになってから、誕生日を迎えたのはこれで二回目だ。


 正確にいえば収入があるのでニートではないのかもしれないが、世間から見ればニートのようなものだろう。


 早く大人になりたくて、誕生日が待ち遠しかった学生の頃を懐かしく思う。


 ――まだ二十六歳。されど二十六歳。


 シルクと契約してしまった限り就職はできない。世間から見れば一生ニートだ。


 それでもラノベのヒロインにそっくりでツンデレで。

 世界一可愛い同居人、好きな人がいる。


「それに、今日は出会って三十一日目! 一ヶ月記念日ってやつでしょう?」


「いや一ヶ月記念日ってのは、毎月の付き合った日に祝うやつだろ?」


「そうなの? じゃあ出会って三十一日記念日ね!」


「うーん面倒くさいから却下」


「ぐぬぬ⋯⋯」


 記念日と言えば喜ぶかなと思っていたシルクだが、面倒くさいと言われてしまった。


 だが誕生日を祝えたのは成功。後はプレゼントを『実行』するだけ。


 シルクは持っていた綿菓子を一口食べ、覚悟を決める。


「その、誕生日プレゼント。⋯⋯なにがいいのかシルクなりに考えたのだけれど、いいのが浮かばなくて、用意できなかったのよ」


「プレゼントなんて気使わなくていいぞ? 今日お祭りに行こうって行ってくれただけで充分充分。⋯⋯それに、その、手繋いでくれたし」


 翔太からすれば今日は最高に楽しい一日だった。


 午前中は人体操り魔法のことで悩んでいたが、シルクと祭りに行けると思えば頑張れたし、いざ祭りに行ったら楽しくてシルクは可愛くて。


 遅れてやってきた青春を楽しめて、翔太はシルクに感謝している。


「でも、シルクなりの気持ちを表現したいなと思って」


 再びシルクは繋いだ手に力を込める。

 隣に座る翔太の顔を見て、口元のほくろに目がいった。


「もらってばかりじゃ、不公平だと思うから――」


 二人の距離が縮まり、シルクは翔太の顔へ自分の顔を近付ける。


 周りの喋る人の声など聞こえない。盆踊りの太鼓の音も聞こえない。

 もうすぐ花火が打ち上がるアナウンスも、聞こえない。


 近付いてくるシルクがスローモーションのように見えて、翔太はシルクがしようとしていることを悟る。


 翔太は強く握ってくるシルクの手を握り返し、目をつむり口付けを――、


「――あれ、シルクじゃね? ⋯⋯あ、すまんすまん、お取り込み中だったかー!」


 突如二人の世界に土足で入り込まれ、シルクは声がする方を向く。


 唇の距離は僅か十センチ。

 あともう少し動けば唇が重なるところで声をかけられた。


 精一杯の勇気を振り絞ってキスをしようとしたのにも関わらず邪魔をされ、せっかくの雰囲気も台無しだ。


 そんなことをしてくる人物は――、


「ルイ⋯⋯! あぁもう!」


 ゴールド・クイーンズ。もといルイである。

 ルイはイカ焼きを片手に持ち、二人に近付いてくる。


 シルクはルイから逃げようとして翔太と繋いでいた手を解く。

 立ち上がろうとするが――、


「ぇ――」


 立ち上がれず、なにかに引き寄せられる。衝撃と背中の帯が腕に押される感覚。


 そしてシルクの唇になにか柔らかいものがあたり――状況を理解した。


 翔太はシルクに解かれた手で腕を掴み、強引に引き寄せたのだ。


 引き寄せられたシルクは翔太に抱きしめられる体勢になり、翔太はシルクの顔を覆い被さるようにしてキスをした。


 シルクが目を開けると翔太の顔が目の前にあって。そのあと唇が離れた。


「へぇ、やるじゃん」


 ルイはニヤニヤしながら、大胆な行動をとった翔太と、赤面するシルクを見る。


「一応大人の男ですし⋯⋯?」


 翔太はシルクとルイのほうを見て、照れくさそうにいう。


 河川敷の向こうで花火が上がった。


 ルイはその花火に目を奪われ、翔太も照れ隠しで花火を見る。


 シルクは花火を見ていられるほど気持ちが整理できていなくて、送れてやってくるドーンという音が体に響き、心を撃たれた気がした。


「っー!」


 シルクは声にならない声を出し、小さい手で小さい顔を覆う。


 翔太がシルクを強引に引き寄せる力は強くて、急に近付いたときに香る匂いは屋台の煙の匂いがして。


 ――初めてのキスは、綿菓子のような甘い味がして。


 唇の感触が忘れられず、耳まで真っ赤になるシルクだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る