お祭り目指して魔法習得?
「本当にすまない! 今からすぐに練習しますんで!」
翔太は小豆から魔力を分け与えてもらい、お昼ご飯も食べて回復。手のひらを顔の前で合わせ、ごめんなさいのポーズで謝っている。
「シルクも油断してたのよ。もう大丈夫だと思って見守ってなかったのがダメだったかしら」
「ふむ、我がいない間にそんなことが起きていたとはな」
「小豆⋯⋯! 小豆が久しぶりに喋ってる気がする!」
「そうか? 我はおまけでずっと喋っておったぞ」
「メタな話はいいから、さっさと練習しなさい」
シルクは小豆の額にデコピンをしてそう言う。小豆は痛そうに「うぅ⋯⋯」と唸り、「翔太にもデコピンしないのか!? 暴力反対! 動物愛護!」とシルクに反発している。
が、シルクは小豆を無視して、翔太に完全治癒魔法のコツを教え始めた。
「いい? 『治してやる!』なんて意気込まないこと。確かに治すっていう意思は大事だけれど、その想いが強すぎて重要なことを忘れてちゃ元も子もないわ」
「ごもっともです⋯⋯」
「魔力を注ぐときもコツがあるわ。ただ流し込むだけじゃなくて、注射で魔力を注ぐイメージでやるといいかしら。あ、でも、本当の注射針だと細すぎるから、ちょっと太めの注射針。ストローくらいをイメージするといいわ」
「はへぇ、なるほど」
翔太は魔力を注ぐときにイメージをしていなかったから爆発しそうになったのかと納得。やはりシルクの教え方は上手だと感心した。
無視されてムッとしている小豆をよそに、翔太は早速練習を始める。
シルクジャスミンの枝を一本切り、ここに魔法がかかるようにする。
翔太の目標は一発成功。そろそろ成功させないとまずいというのが本音だ。
シルクから聞いたコツを意識し、イメージを膨らませていく。
(ここに元々枝があって、それを治すイメージ。細胞まで、葉の先まで考える。ちゃんと枝を触って、触ったところから魔力を細く注ぐ。注ぐ魔力は一定量で適量⋯⋯)
イメージは固まった。
あとは唱えるだけ。張り切り過ぎず、ちゃんと噛まないように。
「完全治癒魔法、開始――」
唱えるのと同時に魔力を注ぐ。
ストローのイメージも忘れず、ゆっくり一定のスピードを意識する。
翔太の体内から注がれた魔力はシルクジャスミンの中に入り、全体に行き渡る。
すると折れた枝が成長し、葉も元通りに治っていく。
なにも音が鳴らずただ枝や葉が生えてくるその光景は、まるで植物の成長を早送りで見ているようだった。
一定の魔力を注ぎ終わり、元通りに完治した。
「完全治癒魔法、解除」
翔太は手を離し、元通りになった枝や葉を触る。
さっき切り取った枝と元通りになった枝を見比べると、治したほうがみずみずしく、葉が青々として見えた。
これは――、
「せ、成功!?」
翔太は治った枝を触りながらシルクのほうを振り向き、「できた!」と表情で伝える。
シルクは犬っぽさを感じ、不意にもキュンする。
「んん⋯⋯そうね。魔法書もこの通り光ってるし、上級魔法は残り一つよ」
光る魔法書を翔太に渡し、翔太は上級魔法最後の魔法を見る。
「上級魔法最後は⋯⋯『人体操り魔法』か、って! 杖使うのかよ。『乗っ取り魔法』以来杖を使う魔法やってないし、大丈夫かなぁー⋯⋯」
翔太の嬉しそうな顔が、声のトーンが、一気に暗くなる。
魔法の習得スピードや難易度は人によるが、翔太にとって杖を使う魔法は難易度マックスの難題だ。これまでもいくつか乗り越えてきたが、どれも時間がかかっていい思い出がない。
杖を使う魔法は相手に悪意をもってかけなければ使えない。
その悪意をコントロールできないのが翔太の欠点だ。
これは翔太の精神的な問題。
ゆえにシルクは声をかけることしかできない。
「大丈夫、やってればいずれできるわ。今日は小豆から魔力を補充したんだし、今から練習すればいいじゃない」
シルクは翔太の隣に立ち、明るく励ますようにいった。
ムッとしていた小豆も、「分け与えてやるのだ!」と、励ましている。
そう励ますのには理由があって――、
「そうだよな。よし、今から練習だ!」
理由など知らない翔太は、それから夜ご飯まで練習を続けた。
――明日は大切な日だから、翔太には頑張ってもらわないとね。
明日のことなど忘れるように、翔太は夢中で練習し続けた――。
――――――――――――――――――
「できない! 無理! 俺もう無理!」
「諦めちゃダメなのだ! 翔太ならできるのだ!」
「そ、そうよ。大丈夫。なんとかなるわ!」
――次の日。
前日に練習したにも関わらず、一切成功する気配がない。
今日は八月二十一日。現在の時刻は午後二時二十五分。
今日になってから朝も練習し、成功せず。
お昼ご飯を食べて練習を再開するが、またしても失敗続き。
現在進行形で最長練習時間を更新し、現在に至る。
「俺はきっとここで挫折する運命なんだ。そういうことだと思う。だってこれだけやってできないんだから!」
翔太は悪意のコントロールができず、失敗続きでメンタルがズタボロ。
昨日の夜からこんな調子でシルクと小豆は参っている。
「百万回ダメでも、百万一回目に成功するかもしれないって歌詞があるじゃない。諦めちゃダメかしら」
「そうなのだ。百万回生き返った猫っていう絵本もあるくらい、いろんなところで諦めちゃダメだって教えてくれてるのに。翔太はここで諦めてしまうのか!?」
「シルクのはわかるけど、小豆のはちょっと違うぞ⋯⋯」
「小豆⋯⋯」
「むむぅ⋯⋯」
シルクと小豆が慰めてはボロが出て、翔太に突っ込まれる。
翔太にはまだ告げていないが、なんとしても今日中にこの魔法を習得させ、夕方には出かけたい。
そう、――祭りが今日なのだ。
よりによって今日習得する魔法が上級魔法最後で杖を使う魔法。
時間がかかるのは察しがついていたため、昨日から練習させたが全く習得できない。恐ろしい程に失敗続き。
これでは今日にした意味がなくなってしまう。
最悪魔法が習得できていなくても祭りには行く予定だが、
(もやもやしたまま祭りに行っても盛り上がりに欠けるじゃない! 今日がどういう日なのか忘れているうちにサプライズしたいのに⋯⋯)
今日が特別な日というのは祭りに出かける日だから、というわけではない。
――今日は翔太の誕生日であり、契約した日から丁度三十一日目なのだ。
一ヶ月記念日と称して祝うわけではないが、誕生日は素直に祝おうとしている。
サプライズしたいと考えていたシルクにとって、翔太が誕生日だと気が付いていないのは好都合だ。
このまま思い出させないように祭りに行くのが今日の目標である。
「魔力切れになったら補充できるし、いくらでも練習できる環境だけどさ。イメージが上手くいかないしやる気も尽きたんだよ」
翔太はソファに座り、背中を丸めて落ち込んでいる。
その背中を短い前足で必死に撫でる小豆。可愛い。
「小豆の優しさが身に染みる⋯⋯シルクはやってくれないのか」
「小豆がやってるならシルクの出番はないじゃない? シルクが優しくするのはもっと追い込まれたときね」
シルクは魔法書を翔太に渡す。翔太は「これ以上追い込まれたときってどれだけ辛いんだよ」と思いながらも魔法書を受け取った。
「小豆パワーでもうひと頑張り、だな! シルクに癒してもらったらもっと頑張れるけど!」
翔太は机に置いた銀色の杖を手に取り、立ち上がる。
手に取った杖のデザインや長さ、性能は全てシルクの杖と同じであり、触ると鉄でできているのかと思うほど冷たく、魔力を込めると暖かくなる。
杖の長さは約二十センチで、手首から肘くらいの長さ。杖の先端は鉛筆のようになっていて、細さも鉛筆程度。魔法を使うときは先端を相手に向けて使う。
杖の末端にはアクアマリンの色をした透明な水晶が埋め込まれていて、この水晶が杖の役割を果たしている。そのため水晶が割れたり、なくなったりすると杖は使えなくなってしまう。
大切な杖ではあるが、翔太にとってはあまり使いたくない道具。
杖の重みを感じ、はぁっとため息をついてシルクを見る。
人体操り魔法は人間が対象のため、練習相手はシルクなのだ――、
「えっ!?」
翔太の目に飛び込んできたのは、
白の生地に青や紫のアサガオが書かれていて、透明感があり、見ているだけで涼しい。その浴衣を締める帯は小豆色の生地に白色のボーダーが入っていて、大人っぽい印象を受ける。
シルクはいつも黒いパーカーを着ているため、明るい色の服を着ているギャップが凄い。
翔太はシルクから目が逸らせず心を奪われていると、シルクは口を開いた。
「その、人体操り魔法が習得できたらお祭りに行きたいのよ。息抜きも兼ねて行かないかしら⋯⋯?」
右手で浴衣の襟を触り、左手で腰あたりの生地を触る。
若干上目遣いのおねだりが翔太の心を撃ち抜いた。
「翔太⋯⋯?」
「っは、ごめん、見惚れてた」
「⋯⋯反応に困るかしら」
「むむ、シルクを困らせちゃダメなのだぞ」
「これはいい困り方なんだぞー! いい雰囲気だっただろー!?」
翔太は小豆の頬を手で挟んで交互に動かす。
シルクが少し頬を赤らめていて、少しでも意識してくれているのがわかる。出会ったばかりならばならなかっただろう。いい進展だ。
とはいえ一ヶ月も一緒に住んで、なにも手を出さない翔太もどうかと思うが――、
「こうなったら意地でも成功させるしかないな。よし、早速練習台になってくれ!」
「翔太こそ雰囲気ぶっ壊しなのだ⋯⋯」
「ふ、雰囲気とかどうでもいいのよ! さっさと習得するかしら、ふんっ」
「あれ? なんか間違えた!?」
シルクは左側に逸らしていた顔を右へ振る。
ふんっと言いながら首を振ったのがせかますのヒロインに見えて、いつもはハーフアップの髪型が、お団子になっているのがよく見えた。
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