知らない。』

 ――シルクが自分を変えると決めてから二ヶ月が過ぎた。


 二ヶ月も経てば口調も身につき、立ち居振る舞いも変わる。心の中で詠唱すると使える魔法を中級魔法にまで引き上げ、性格も随分変わった。


 いや、変えたのだ。


「さぁ、今までの『私』はもういない。今日から『シルク』として生きていくわ」


 その日の朝。いつものように自由時間がやってくる。

 大抵この時間、五人のクイーンズは中庭で遊んでいるのだ。


 この時間をどれだけ待ち望んでいたことか。今までやられっぱなしだった自分はもういない。これからは新しいシルクとして生きていくのだから。


「ねぇみんな。私、いや、シルクと対決してくれないかしら。シルク一人対あなたたち五人でいいわ」


 唐突な宣戦布告だった。


 五人はシルクの雰囲気が違うことに違和感を感じる。が、無謀な戦いを挑んできたシルクに笑いが起こる。


「っぷ、ははっ! いいよいいよ、別にルイは構わない。他のやつらがいいって言えばだけどな」


「あららぁ、ついに頭がおかしくなったのかしらぁ? ローズもいいわ、受けて立ちましょう」


 他のクイーンズも戦いに同意し、一人対五人の戦いが始まろうとしていた。


「ルールは特にないわ。魔法は使っていいし、なにをしてもいい。勝つ方法は相手を認めるようなこと、認めさせることをしたら勝ちとするわ」


 勝利は相手を認めさせること。


「はじめっ!」


 シルクがそう言ったことにより、戦いが始まる。


 認めさせるには圧倒的な実力差を見せつけるのが手っ取り早く――、


「――っ!」


 杖を即座に出し、先手をかけたのはシルク。


 使った魔法は初級魔法の飛行魔法に操り魔法。


 シルクは勢いよく地面を蹴り、砂埃を巻き上げながら地上を離れる。

 空を飛び、杖を向けた相手は――、


「なっ! う、動けねぇ」


 シルクは運動神経的にも魔力の量的にも、ルイが一番厄介だと事前に考えていた。まずは動けないように操り魔法で拘束。


 だが拘束したところで魔法は使えてしまう。


 これだけでは行動不能にすることはできない。


 どれならばと次の魔法を発動させる。


「遮断魔法、開始――」


 冷静な声で新たな魔法を展開するシルク。使ったのは上級魔法の遮断魔法だ。


 まとまって立っている五人を囲むように壁をつくり、浮かぶシルクと地面にいる五人の間に壁をつくる。これで相手はこちらにくることはできない。


 五人は透明な箱に閉じ込められたのだ。

 こうなれば魔法で戦うしかない。


 だが魔法の練習を怠っている五人のクイーンズには、使える魔法が限られている。


「えっと、えぇと。遠距離でシルクの動きを止められる魔法は――」


「遅い」


 もたもたしているレイや他のクイーンズに対してシルクは次の魔法を発動。


「「「「「え――」」」」」


 五人を閉じ込めた箱に、初級魔法の「明暗魔法」を使う。


 この魔法は視界を暗くしたり明るくしたりする魔法であり、煙のようなもので見えなくなっているわけではない。つまり視界が真っ暗になっただけ。


 これで五人はシルクの姿を捉えられず、シルクは五人を見ることができる。


 一方的に魔法を浴びせられ、五人のクイーンズはなにが起きたのかわからずにいた。


「ちっ、誰か明るくする魔法を!」


「明るくする魔法ってなにがあるのー? 真っ暗すごーい!」


「これだからルーズは⋯⋯リンが魔法を使うから、みんなは策を考えなさい!」


 リンは明暗魔法を使うが、自分の視界が明るくなっただけでほかの四人は見えないまま。これでみんなも見えるようになったと勘違いしている。魔法の知識が乏しい結果だ。


「ねぇまだー? 見えないままだよ?」


「なっ、みんなは見えないままなの!?」


「ったく、こうなったら適当に上に向かって火でも投げとけばいいんじゃね? でもルイは拘束されてるから顔を上にむけることすらできねぇ」


 策がまとまらずうまく魔法も使えず。チームワークもない五人のクイーンズは、シルクに攻撃を当てることすらできない。


「はぁ⋯⋯」


 シルクは攻撃がくるのを待っているが中々こなくて落胆している。


 遮断魔法で音は聞こえなくとも、クイーンズの表情やなにをしているかはわかる。


 動けずただ立ち尽くすルイに、ゆういつシルクを見てなにか策を考えているリン。前が見えずフラフラ歩くルーズに、地面に座り込んで震えるレイ。


 ――いつもの笑顔が消え去り、目を見開いて唇を噛むローズ。


「もっと面白くしたいわね⋯⋯そうだ」


 シルクは杖を再び出し、ルイに向ける。


 本来操り魔法とは人を操る魔法であって、拘束させる魔法ではない。

 ならばと本来の使いかたで、状況をさらに有利にする。


「なっ! か、体が勝手に――」


「ひゃあ!」


 ルイを操って、リンを透明な壁まで追いやる。そのままルイはリンの手を掴んで固定。これで二人が動けなくなった。


「は、離して!」


「この声はリンか。シルクのやつ、魔法が使えるやつを重点的に拘束してるのか!? くっ、ダメだ、全然動かせない! 口が塞がれてないから詠唱はできるけど⋯⋯」


 操り魔法で操られたルイはこの魔法をどうにかする解決法を考える。


 が、使用人に見つかってワインを呼ばれてしまう前に決着をつけたいシルクは、足早に最後の魔法を発動させた――、


(水源魔法、開始――)


 水源魔法は初級魔法であり、ただ水が発生するだけの魔法。

 だが、五人を閉じ込めた箱の中で水を発生させれば状況が変わってくる。


「こ、これは水か? シルクはルイたちを溺死させるつもりか!」


「溺死ってなーに? 水が冷たくて気持ちいよー!」


「ルーズってばなんにも考えてないんだから⋯⋯とにかく、リンが発火魔法で水を打ち消すからみんなこっちに!」


 リンの声がするほうへ集まるクイーンズたち。

 まだ視界は真っ暗でなにも見えないが、五感が優れているクイーンズには、ルイの居場所がわかったようだ。


 クイーンズがかたまったことを確認したリンは、発火魔法で水を蒸発させようとする。が、表面にいくら火を近付けたところで打ち消すことはできない。

 火力不足に練習不足が原因だろう。


 この水を消すには中級魔法の「収納魔法」を使い、異空間に収納してから捨てるのが有効だが――、


「み、水がどんどん迫ってくるよぉ! う、うぅ。⋯⋯あ、そうだ! 明暗魔法、開始!」


 レイはなんとか明暗魔法を思い出し、詠唱。

 やっと状況が見えるようになった。


「リン! 水位減ってるか!? くっ、一か八か。拘束解除魔法、開始!」


 動けないルイは拘束を解くために、想像力を膨らませ、とっさにつくった異例魔法、「拘束解除魔法」を発動。


 成功し拘束が解除され、やっと自由になったレイとリン。

 レイはほかのクイーンズにも明暗魔法をかけ、ルイは、この水を吸い込む別の魔法を考えはじめる。


「っ、シルク! そこで浮かんでいられるのも今のうちよ!」


 やっと見えるようになったローズは、シルクに向かって初級魔法の「土砂魔法」を使う。中庭の砂を宙に浮かせ、砂粒をシルクに向かって発射。


 ローズはクイーンズの中でも土に関する魔法の威力が高い。そんなローズの魔法を受けたシルクは――、


「こんな程度のスピードで、なにができると思ったのかしら」


 シルクは砂粒を跳ね返すように腕を振る。


 このときシルクは中級魔法の「突風魔法」を使っていたため、腕の一振は凄まじい風を起こした。


 突風魔法の効果で砂粒は跳ね返され、五人の壁に刺さるように当たる。


「なっ、なんでっ!」


 いつもの雰囲気じゃないローズに、ほかののクイーンズは驚いていた。

 ローズが笑顔じゃなくて怒りに燃えている。怒るその姿は逆ギレする子どもに見えて、


「ひぃ、ローズ怖いよ⋯⋯」


「そうね、初めて見たわ⋯⋯」


「こんな怖い顔すんだな⋯⋯」


「え? ローズが怒った顔!? ローズこっち向いてー!」


「見せもんじゃないわ、さっさとどうにかする方法を考えなさいよね」


 ルーズは一人だけ楽観的で雰囲気をぶち壊しに来る。さすがといったところだ。


 一方空からローズの顔を見ていたシルクは、


「ふふっ。シルクの手で化けの皮が剥がれるなんて、いい気分だわ。なに言ってるのか聞けたらもっとよかったのだけれど」


 シルクはローズに怒りを向けられても恐れることはなく、まさに高みの見物をしていた。


 その間にも水位は着々と増え、クイーンズたちの腰あたりまで上昇する。


「こんな程度の実力しかなかったのね。あんなやつらに怖がっていたのが馬鹿みたいだわ」


 用心深く作戦を練り、魔法の練習も積み重ねてきたのに、その苦労をしなくても勝てたかもしれない。そう思うほどに、戦力差が開いていた。


 シルクは地上に降りて五人のクイーンズが入った透明な壁を触る。

 透明な箱に入っているクイーンズたちはシルクに気付き、中から訴えるように口をパクパクさせて叩く。ここから出してくれと言っているのだろう。


 水位はシルクの肩あたりまで上昇していて、ルーズは頭まですっぽり水に浸かっている。

 もうすぐこの箱は水でいっぱいになり、時期に溺死してしまうだろう。


 普通の人間ならば、の話だが。


「――っ! ホワイト様! ホワイト・クイーン様!!」


 使用人の声がシルクの耳に入る。

 声のする方に顔を向けると、毎日会釈をしているあの使用人だった。


 使用人はシルクに近付く。歩くよりは早く、走るよりは遅いスピードで、気が付けば目の前にまで来ていた。


 この屋敷に住み込みで働いている使用人は魔法が使える。そう、数少ない魔法を使える人間だ。


 威力はクイーンズたちには劣るが、最大限の力を引き出せることができるとなると別。


 実力がわからない使用人に対し、シルクは警戒した。


「⋯⋯これはどういうおつもりですか。いつもの腹いせに殺そうと?」


 シルクは中級魔法の意思覗き魔法を発動。

 使用人の心を覗き、魔法のタイミングを掴む。


「いつもの腹いせって⋯⋯シルクが色々言われたりしていること、やっぱり知ってたのね。殺そうなんて思ってないわ。だって、貴方も知っているでしょう?」


 悲しいほど綺麗な銀髪をもつ少女は、含みのある言い方で、口角をあげて言う。


「クイーンズは『死なない』って」


 使用人は一瞬目を見開くが、すぐに目を閉じ、開けるとすぐに普段の表情に戻っていた。


 心の中を覗いたつもりが、思考が頭に流れてこない。

 魔法が失敗したのか、なにかしら対策をとってきているのか。


 どちらにせよ、魔法でどうにかなる相手ではないと悟る。


「シルクは貴方に会うこと、結構楽しみだったのよ? 毎日すれ違う、けど名前は知らない。でもね、あの日、本を読んだの。そこには貴方の写真と名前が書いてあったわ。――ブラッド・アリスさん」


「私の名前、あぁ。あのときに、ですか。はは、そうでしたか⋯⋯」


 ブラッド・アリスと呼ばれたオレンジ髪の使用人は下を向く。


「シルクのしたいことはまだあるの」


 魔法でどうにもならないのならと、シルクはブラッドと体が触れる距離まで近付き、


「――邪魔しないでほしいかしら」


 と言いながら、ブラッドが『シルクの監視役』だと書かれたメモを見せる。


 ブラッドがいつも書斎付近で掃除をしていたのは、シルクがあの本を読まないように監視するため。


 だがブラッドはそれをしなかった。あえてシルクに読ませようとした。そしてシルクに行動させようとした。


 いつも避けられているシルクに同情したのか、もう真実を知ってもいいと判断したのか。


 あれはブラッドなりの回りくどい助け舟だった。


 そしてそれを、シルクは知っていた。


「⋯⋯もうすぐホワイト様がいらっしゃいます。わたくしのお仕事は別にもありますので、これで失礼しますね」


「⋯⋯ありがとうなのよ」


 ブラッドはワインに見られたらクビになるであろうメモを受け取り、去っていく。


 ちょうどブラッドが屋敷に入るとき、ワインと入れ違いになる。


 太陽の下に出ていいのかと疑うほど肌の白いワインは、状況を察して固まっている。


「――母様。シルクは母様の書斎であの本を見てしまいました。読んでしまいました。『蘇生魔法』のことも、クイーンズが『不老不死』だってことも」


 シルクはワインに近付いていく。


「ねぇ母様。この状況でクイーンズが死なないのは、不老不死だって認めるでしょう?」


 シルクは水中で壁を叩いているクイーンズを見ながら、悪戯いたずらに笑ってみせた。私は知ってしまったんだとワインに知らしめるように。


 その顔を見て、ワインは「そう⋯⋯」と、呟いて、


「最後までは読んでないのね?」


「そっ、それは⋯⋯」


 ワインは、シルクを怒ることも否定することもなく、本について質問を問いかける。


 確かにシルクは本を最後まで読まず閉じた。ドキリとして目を逸らす。


「クイーンズが不老不死なのも、シルクに蘇生魔法がないのも。全部本当。あの本に書いてあることは全部事実。だから五人を解放してあげて?」


 ワインは微笑んでシルクに声をかける。


 解放してあげてというのはシルクに任せるということ。ワインならばこの魔法を解くことだって容易いだろうに。


 判断を委ねられたシルクは、ワインが怒ってくれないことに、怒っていた。


「っ、やだ、嫌よ! なんで母様は怒ってくれないの! こんなことして、普通なら怒るじゃない! なんでシルクは銀髪なの! なんでシルクには蘇生魔法がないの!? なんで、なんでだけっ!」


 乱暴に銀髪を掴み、ハーフアップに結んでいた髪を解く。

 この二ヶ月抱えていた秘密を、誰かにぶつけたかった鬱憤を、今までの苦しみを、叫んで、嘆く。


「母様が、私を造ったときにはもう五人のクイーンズがいた。最初は優しくしてくれたのに、次第に省かれるようになってっ、⋯⋯嫌だった、辛かった! 母様も使用人も気付いてたでしょう!? なんで助けてくれないのっ、蘇生魔法が私だけないなんて、母様まで私を省いて!」


 せっかくつくったキャラも曖昧になるほど、泣きじゃくりながら顔を濡らしながら。シルクは自分の思いをありのままぶちまけた。


 その影響で体内の魔力が暴走。銀色に煌めく魔力がシルクの周りに漂う。


 漂う魔力はシルクの感情の変化によって光が変わり、怒りや悲しみがよりワインに伝わる。


 泣きじゃくるシルクをワインは抱きしめ、頭を撫でた。


「そうよね、ごめんなさい。ワインからいうべきだったわ。色々忙しくて、貴方たちに時間がとれなかった。シルクはなにも悪くないの。全部ワインが悪かったわ。本当にごめんなさい」


 これだけシルクが感情をぶつけても、ワインは怒らず謝った。これが大人の余裕なのだろうか。


 その余裕を見て、漂っていた魔力が消える。昂る感情がすうっと引いていった。


 それは、ある種の『諦め』だったのかもしれない。


 ワインはシルクを抱きしめたまま、シルクに声をかける。


「シルクは銀色の髪が嫌だっていうかもしれないけどね? シルクの髪はとても美しく綺麗なの。ワインはシルクの髪が好きよ。とーっても好き! だからもっと自信をもって? 可愛くて、一対五でも勝てちゃう強いシルクはよ」


 シルクが乱暴にした髪を丁寧に指で解き、優しく優しく頭を撫でる。


「ひぅ、うっ」


 泣いて泣いて涙が出てしまう。声も出るし、目は熱い。心臓の奥の奥がぐわぐわと揺れる。


 シルクは確かに可愛くて強い。が、強さの裏にはひたむきな努力がある。


 それをしなくてもできるワインは、シルクの努力に気付かない。気付けない。


 しばらくしてシルクは魔法を解除し、五人のクイーンズは自分が溺死しなかったことに気付く。五人はワインから全てを聞き、シルクに謝るよう注意を受ける。


 それからルーズを筆頭に打ち解け、シルクも過去のことは水に流すつもりで接している。


「でも蘇生魔法についてははぐらかされたまま。あの本にも書いてなかった」


 ワインに言われ、最後まで本を読んだが、特に有益な情報はなかった。ワインの言葉の意図はわからないまま月日が経つ。


 シルクはどうにか異例魔法で蘇生魔法がつくれないか練習したが、やはりできない。


 ほかのクイーンズもまだ授かっていないという蘇生魔法は、いつになったら使えるのだろうか。


 シルクにはないままなのだろうか。


 天才と努力家は別物だと、彼女シルクはまだ、知らない――。

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