彼女はまだ、
――今のシルクと昔のシルクは、明確な違いがある。
「や、やめてよ⋯⋯」
シルクは昔、自分のことを「私」と呼び、口数は少なく、自己肯定感の低いクイーンズだった。
今では考えられないが事実であり、周囲がそう思うのならば、それは彼女の努力の賜物と言ってもいいだろう。
今の喋りかたや「
今も昔も変わらないのは努力家ということと、ハーフアップの髪型くらいだろうか。
ハーフアップされているシルクの髪は銀髪だ。細く美しく。絹のような銀髪。
この銀髪をほかのクイーンズはよく思わなかった。
なぜならばクイーンズを造ったワインが
クイーンズは異常な程にワインを慕い、絶対的な存在として尊敬している。
そんなワインと同じに見える銀髪は、嫉妬の対象だった。
「末っ子だからってお母様に甘えるのはよくない。その髪だってお母様に比べたらちっとも似合ってないのだから。責められたくなければその髪を染めればいい」
一番造られたのが早い「グリーン・クイーンズ」。もとい「リン」。
クイーンズの中のリーダー的存在。正義感が強く、自分が正しいと思うことを信じる性格だが、正しいと思うことが間違っていることが多い。
「リンもそう言ってるし、染めたほうがいいと思うよ⋯⋯? シルクはお母さんと一緒がいいかもしれないけど、それじゃあ私たちが不公平だし⋯⋯」
二番目に造られた「レッド・クイーンズ」。もとい「レイ」。
クイーンズの中で一番大人しく、いつももじもじして誰かの後ろに隠れている。情熱的な赤の名前とは真逆な性格だ。
「二人ともそんな目付きで睨んでちゃダメよぉ。もっと『獲物を狙う目』で睨まなきゃねぇ?」
三番目に造られた「イエロー・クイーンズ」。もとい「ローズ」。
温厚なトーンで怖いことをいってくるのが特徴。いつもにこやかな笑みを保っていて、無の表情を見たクイーンズはいない。
「えー、ルーズはシルクのお母さんと似たその髪の毛好きだけどね!」
四番目に造られた「ブルー・クイーンズ」。もとい「ルーズ」。
圧倒的末っ子感があるがこれでも四女。昔からこの無邪気は変わっておらず、幼いのも変わっていない。
クイーンズの中でゆういつシルクの髪を悪く言わないが、シルクの髪がいいとは思っていない。ワインの髪に似ているから好きなだけであって、シルクの髪が好きな訳ではないようだ。
「ルーズはそう言うけどルイは嫌だね。母さんの髪は唯一無二じゃなきゃ許せない。シルクの髪は母さんの髪と同じじゃないけど、似てるから嫌。髪の色、異例魔法でもつくって変えたら?」
五番目に造られた「ゴールド・クイーンズ」。もとい「ルイ」。
自由人でカタにはまらない性格。昔は髪の色も相まってヤンキー感が強く、クイーンズの中でも好んで一人でいることが多かった。
「そんなこといわれたってどうしようもないよ⋯⋯私だってこの髪色になりたくてなったわけじゃない」
最後に造られた「シルバー・クイーンズ」。もとい「シルク」。
今では考えられない、似ても似つかない口調で話し、いつも下を向いて背を丸めるような少女だった。
シルクは壁に追いやられ、ほかのクイーンズが周りを囲むように立つ。
毎日のように仲間外れにされ、喋りかけられたと思えば嫌味を言われる。差別のようなそれが、毎日の苦痛だった。
――これが魔界で造られたシルクの日常。
「ふー。今日も魔法の練習できた。母様の書斎に行こっと」
クイーンズが造られ、魔法を習得するまでの期間は同じ城で暮らすのだが、そこではざっくりとした時間割が定められている。
とはいえ時間割に強制力はなく、あくまで一日の目安といった程度。
だがシルクはその時間割通りに生活をしていた。
その日もいつものように八時に朝食を済まし、九時から十一時まで自由時間。十二時に昼食を済まし、一時から三時まで魔法の練習をする。
魔法の練習をしたあとはクイーンズたちと離れ、屋敷の中を歩く。
途中で屋敷の使用人とすれ違い、シルクは軽く会釈をした。
この使用人は毎日この時間にこの廊下を歩いている。
会話は交わさないが、毎回会釈をするのが二人の中の決まりだった。
軽い足取りで目的の部屋まで向かい、重厚感のあるドアを押した。
古本とお日様の匂いがするこの部屋は、ワインの書斎だ。
ワインの書斎には大量の本が置いてあり、シルクは書斎の本を全て読むために毎日一冊以上読んでいる。
「今日は昨日読んだ本の続きを⋯⋯って。あれ?」
ワインの書斎に入り本棚から本を探していると、昨日はなかった本が本棚に入っていた。
シルクは思わずその本を手に取る。
表紙にはなにも文字が書かれておらず、著者もわからない。
シルクは好奇心に駆られ、表紙を開いた。
「これは――」
文字が流れるように繋がって書かれ、その文字一つ一つが大きい。
毎日見ている見慣れた文字を見て、シルクは確信する。
「母様が書いた本だ!」
そう。この本はワインが書いた本。
絶対的存在のホワイト・クイーンが書いた本を、尊敬する母様の書いた本を、シルクが読まないわけがない。
シルクは文字に目をやり、文章を読み始める。
読んでみると、そこには屋敷の警備体制や使用人の情報が書かれていた。
物語が書かれていると思っていたシルクはがっかりする。どうやら屋敷の情報をまとめただけのようだ。
「母様が書いた物語が読めると思ってワクワクしてたのに。まぁいいや、全部読んでみよう」
もっと読み進めていくと、クイーンズが造られた経緯やある魔法のことが書いてあった。
「――ぇ。『クイーンズはリバティと戦うための兵器』? 『クイーンズは不老不死に造られており、リバティとの戦いで優位に立てるだろう』って、私たちは不老不死だったの? 私は他のクイーンズと違って『蘇生魔法』がない⋯⋯?」
初めて見るリバティという敵惑星の存在。
その惑星と戦うための兵器としてクイーンズは造られたこと。普通の人間とは違い、老いず死なずの不老不死。
蘇生魔法という特別な魔法がシルクにはないという事実。
蘇生魔法という魔法は「死んだ人間を蘇らせる魔法」のことで、こう記されていた。
――――――――――――――――――
『グリーン・クイーンズ』顔のパーツや手足を治す魔法。
『レッド・クイーンズ』血管や筋肉を治す魔法。
『イエロー・クイーンズ』骨を治す魔法。
『ブルー・クイーンズ』臓器や脳を治す魔法。
『ゴールド・クイーンズ』体に命を吹き込む魔法。
――――――――――――――――――
クイーンズの名前とその役割。この『
だがそこにシルクの名前はない。ルイのあとに造られたシルクの名前と役割が書いてないのだ。
「な、なんで? 母様まで⋯⋯? なんで、なんでっ」
頭に浮かんだのは疑問ばかり。
シルクは過呼吸になりそうな呼吸を落ち着かせ本を戻す。
今日読むはずだった本も手に取らず、ワインの書斎をあとにした。
(私はどこまでも仲間はずれで特別じゃないんだ⋯⋯)
俯き、早歩きで廊下を歩いていく。
会釈を交わした使用人が本を持たずに書斎を出てきたシルクを見てなにかあったことを察する。
これは報告したほうがいいいと思い、手を止めてワインの元へ向かった。
シルクは自分の部屋に入り、バタンと音を立ててドアを閉める。
ベッドに潜り、大事にしている魔法書を抱えた。
(あの本は見ちゃダメな本だった。私たちクイーンズは兵器だったなんて。それに私には使えない魔法をあの五人はもってる。それが許せない。あの本には蘇生魔法は戦いにおいて重要だって書いてあった。つまり私は重要じゃないってことだ。母様にとって重要じゃないクイーンズなんだ)
ワインに意図的に造られ、クイーンズたちに仲間外れにされ。兵器だったことを知り、自分には使えない魔法の存在を知る。
この全ての元凶はワインなのだ。愛していて愛されているはずのワインに裏切られている、皮肉なものだった。
シルクが今まで抱いていたワインに対する絶対的信頼が崩れていく音がする。
「うぅ、うっ⋯⋯ひくっ」
魔法書を抱え、夜ご飯も食べずに泣く。
泣き続け、脱水症状がおきるんじゃないかというほど泣いた。
今まで嫌だったこと、今日知ってしまったこと。全部忘れたかった、新しい自分になりたいと思った。
シルクは一晩中泣き続け、いつしか寝ていた。
いつも間に寝てたんだろうと思いながらシルクは起きる。枕はほんのり水色に濡れていて、枕カバーを外して洗濯機に。枕本体もネットに入れて洗うことにする。
抱いていたはずの魔法書はベッドから落ちていて、幸いなことに濡れてはいない。
「よかった。あぁ、もうこんな時間」
シルクにとって一番大切な魔法書が無事で、本当によかったと安堵した。
シルクの目は腫れることはなく、頬がカピカピになることもない。汚れないクイーンズの体質は、自分の涙さえも弾いていた。
「昨日考えていたこと、実践するんだ。この生活を抜け出すにはこれしかない」
シルクが泣きながら考えていたこと。
それは今までの自分を捨て、新しい自分になることで――、
――――――――――――――――――
一つ、クイーンズを魔法で見返すこと。
二つ、キャラをつくり、毒舌で、自己肯定感の高い子になること。
三つ、母様に兵器について、蘇生魔法について問い詰めること。
――――――――――――――――――
これを実践するには、魔法を全て習得するのが必須だ。
だがこれはすぐに達成できる。残りの魔法は二つだけなので、今日一つ習得して明日習得すればコンプリートだ。
一番難しいのは性格を変えること。
今までのキャラは大人しい目立たない子。
これからは自分のことが一番だと思い、毒舌で人を見下すような性格になるのだ。真逆である。
参考にしたキャラは、シルクの好きな「私は魔法を使わない」という小説の主人公。
その物語は主人公が、ある日突然魔法を使わないで生きていくと宣言するところから始まる。
毒舌な主人公は仲間ができず、一人で生活していたが、親友ができて以来棘が抜けて優しくなるというもの。
シルクはその主人公が大好きで、毒舌な主人公も、棘が抜けた主人公も好きだった。性格を変えるならこのキャラになりたいと思い、その小説を読んで勉強するようになる。
「まずは口調から!」
練習をするのはいつも自分の部屋で、一人のときに
ブツブツと喋りながらキャラの口調を自身に刷り込んでいく。立ち居振る舞いや顔つきまでなりきり、まさに役者のようなことをしていた。
――性格が変わったときは、魔法でクイーンズを見返すときだ。
そう決めて魔法の練習も怠らなかった。
全て魔法を習得してからは心の中で詠唱する練習を。それができるようになったら威力を高める練習を。
毒舌な人はどんなときに毒を吐くのか、理想のキャラはどんな思考で喋っているのか。
「初級魔法はできてるけれど、中級魔法はまだできていない。もう一回!」
――シルクは努力家だ。今も昔も。できないことをできるように努力を重ね、できるようにしてきた。
「また失敗⋯⋯じゃなくて、また失敗だわ」
――だが天才は、努力をしなくてもできてしまう。
(母様が魔法を使うときはいつも心の中で詠唱してる。どれだけ練習したのかしら)
ワインは魔法書に書いてある魔法ならば全て心の中で詠唱するだけで魔法が使える。
体内でつくられる魔力もクイーンズに比べれば桁違い。いくらでも魔法を使うことができるのだ。
真の天才とはホワイト・クイーンのような人のことで――、
「母様。どしたら心の中で詠唱するだけで魔法が使えるようになるの?」
まだクイーンズたちを見返すには練習が足りない。
練習の参考になるような意見を聞きたくてワインに質問をしたことがある。
だがその質問に対し、ワインが放った言葉はシルクの心を容易く砕いた。
「ただ心の中で詠唱すればできることじゃない? シルクはそんなことを聞きに来たの?」
――そんなこと。
ワインにとっては心の中で詠唱することなんて、所詮そんなことなのだ。
(あぁ、母様は本当の天才なんだ)
心にヒビが入り、目頭が熱くなる。
――それでも涙は流さない。
あの夜に散々泣いた。あれ以来涙は流さないように制御している。
次に涙を流すのは、自分が生まれ変わったときだと決めているから――。
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