『天才と努力家は別物だと、

 静けさがあたりを包み、空気や風までもが止まる。


 シルクは翔太にも魔法がかからないよう、食べていたアイスを放って、咄嗟に手首を掴んだ。

 アイスは空中で停止し、翔太は掴まれたため動けるが、動ける体ではない。


「こんなに時を止めるのも久しぶりね⋯⋯翔太のとして、シルクがすごいってことを教えなくちゃ」


 大量の魔力を消費し、シルクも翔太のようにめまいがしてもおかしくない。

 が、至って平然。冷静でいる。


 ここまで普通にしていられるのはクイーンズだから――ではなく、シルクが天才で、いくつもの困難を乗り越えてきたからだ。


 空間停止魔法は「一定の時間、空間を停止できる魔法」であり、時間が長くなればなるほど、魔力が使われる。


 限界まで魔力があるとはいえ、長引かせるわけにはいかない。


「って思ったのだけれど、これくらいなら『タイムリープ魔法』で解決しちゃうのよね。しかも翔太寝始めてるし、見せびらかせないなんてつまらないわ」


 つまらないといいつつもシルクは集中力を高め、魔力をためる。


 タイムリープ魔法は上級魔法より上の「特級魔法」であり、「一定の時間まで時を巻き戻すことができる魔法」だ。これまた名の通りである。


 そしてシルクが声に出して唱えなければ使えない特級魔法の一つだ。


 ホワイト・クイーン、もといワインに聞いたところ、これ以上は頑張ってもできないから諦めろと言われた。


 その時の衝撃は今でも忘れられないと、シルクは語る。


「⋯⋯諦めろだなんて、母様からそんなこと言われたの初めてだったもの。衝撃的だったわ。だってそれまでは努力すればなんだってできるって言われて育ったんだから」


 ワインに聞く前も聞いた後も、ずっと練習していたがどう頑張っても成功しない。


 ――シルクは天才。だからできないことはできるようにならなきゃいけない。のままじゃ天才とはいえない。「」にならなきゃ。


 どうせ失敗すると思いながら、僅かな希望を信じて「心の中で」唱えてみる。


(タイムリープ魔法。――開始)


 透明で長いホースを空に伸ばし、下から魔力を汲み上げて噴水のように降り注ぐ。その噴水から魔力を地球全体に行き渡らせ、翔太が練習する前の十五分前に戻すイメージで――、


 それだけのイメージができていても、魔力を適量使っていても。


「成功、しない」


 ただ心の中で詠唱するだけ。声に出してするのとちょっとしか変わらないのに、できない。魔力が減らない。成功しない。


 まるで見えない壁があるような、上限があるような。


 もし、これ以上成長できないように造られているとしたら。

 ワインが諦めろと言ったのは、できないように造った本人だからわかるということだったら――?


「そんなことない。まだ練習が足りなかっただけ。もっと練習すれば今までみたいにできるようになるわ」


 シルクはその考えを首を横に振って否定する。


 母様は理不尽で意味不なことをする。でも、希望を消すような悪役じみたことはしない。


 もっともっと練習すれば。もっともっと努力すれば。

 もっともっともっともっと――、


「シルク⋯⋯?」


「――ぁ、な、なんでもないのよ。すぐに終わらせるわ」


 シルクの周囲で魔力が震えていることを感じた翔太は、寝かけていた意識を戻して名前を呼ぶ。

 まるで寝ていた子どもを起こしたときのような声で名前を呼ばれ、シルクは我に返った。


(一旦頭をリセットするのよ。さっきのイメージで、声に出して唱えれば大丈夫かしら。失敗するようなことはまずないんだし)


 先程のイメージをもう一度頭に浮かべ、集中。

 今度は声に出して詠唱をし、発動させるだけ。


「タイムリープ魔法。――開始」


 シルクが唱えた瞬間。視界が大きく歪み、変化をもたらす。

 視界の歪みはどこか機械のようで、電波の悪いテレビのように視界が変わっていった。


 徐々に歪みが収まり、タイムリープ魔法の効果が切れたことがわかる。


「タイムリープ魔法、空間停止魔法――解除」


 シルクはタイムリープ魔法と空間停止魔法を解除し時計を見る。

 丁度十五分前。成功だ。


 成功したということは十五分前をもう一度体験することになる。

 人々は同じことをし、同じ言葉を喋る。


 まるで攻略済みのゲームのように、テレビの再放送のように。相手の行動が分かってしまうのだ。


 勿論タイムリープ魔法を使えば必ずクイズに正解することができるし、イカサマをしたとバレずにカジノで勝てる。億万長者おくまんちょうじゃも夢じゃない。


 夢のような話が実現できるが、そんなことをすればワインが黙っていないだろう。


 魔法を悪事に使ったり世界のバランスを崩すようなことをすれば、すぐにお説教が始まる。

 ――お説教だけで終わればいいが、翔太のような人間の契約者はこの世から消されるだろう。その覚悟ができればやってみるといい。


「小豆が帰ってきたら練習再開ね。それまでおやすみなさい」


 名前を呼んでから寝てしまった翔太を見て言い、頭を撫でる。魔力が極端に減り、苦しそうだった顔が和らいだ。


 シルクは十五分前の世界をもう一度過ごすため、冷凍庫から同じアイスを出す。


 あと一口のところで魔法を使ったので、その分多く味わえる。また一から食べることができるのは少し嬉しかった。


 そして十五分ちょっと。


 小豆がベランダに到着。遮断魔法がかかっていて音では気付いてもらえないため、窓の前でぴょんぴょん跳ね、気付いてもらうようにしている。


 シルクは小豆の存在にすぐ気付いたが、あまりにも可愛かったので動画を撮ってから家に入れるのであった。

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