負の連鎖は止まらない
「さーて魔法習得していくか!」
翔太の実家に行ってシルクを紹介し、帰りに線路から人を救出したあの日から一週間が経過した。
あの日から今日に至るまで、家に記者が訪れたり使っていたSNSが荒らされていたり。当たり前のように翔太の両親の家にも記者が訪れたり。
実家から電話がきて、「ニュース見たよ! 帰りにとんでもないことになってるじゃない」と言われたり。
一分おきにしつこく電話をかけてくる○○テレビは、流石にやり過ぎじゃないかと、心優しい翔太でも印象が悪くなった。
だが一週間経てば報道も静まり始める。
そして別の話題に切り替えて、盛り上げるだけ盛り上げるのだ。それがテレビのやり方。
マスコミなど気にせず朝ご飯を食べ、今日も魔法の練習に勤しんでいる。
「えーっと、今日は『完全治癒魔法』か」
「やっとここまできたって感じね。ちなみに上級魔法は明日習得する魔法で終わりよ」
「ってことは明日の魔法でコンプリート!?」
「上級魔法が終わったら特級魔法よ。コンプリートじゃないわ」
もう少しの辛抱ねというような表情でシルクは言う。
翔太は特級魔法かぁとげんなりし、小豆に癒しを求めるが小豆は出かけていていない。
翔太いわく、「白紙だったページが徐々に埋まるのは目に見えていい。魔法が使えるようになるのもめっちゃ楽しい。けど、階級が上がるにつれて魔力の減りが多くなる。それが疲れる」とのこと。
疲れるというのは精神面よりも肉体面。
毎日重労働をしたような疲労感に襲われているという。
それもそのはず、魔力を多く消費すればするほど疲労感も増すのは当然。
魔力を消費することと疲労感は反比例しているのだから当たり前である。
「こうなったらシルクに癒してもらうしか!」
「シルクの顔を拝めているだけでも充分癒しでしょう。それ以上を求めるのは傲慢だわ」
呆れた表情で突き放すシルク。そしてしょんぼりする翔太。
毎日こんな調子で過ごしているのだが、シルクは中々甘やかしてくれない。
「確かにシルクの顔は整ってて綺麗だし可愛いけどさ、その性格がな。うん」
翔太はシルクに対し可愛いだのなんだのというが、「好き」という言葉はいったことがない。
翔太自身、シルクに対する気持ちが恋愛感情なのか推しを好きだという感情なのか、あまりよくわからないのだ。
――というのは建前で、実際のところはほぼ恋愛感情だと気付いている。
「この性格含めてシルクだもの。⋯⋯そう簡単に変えられないわ」
そう簡単に変えられない。その言葉だけ、翔太に聞こえないような声量で呟く。
「――あ。ごめんぼーっとしてて聞きいてなかった。なんていった?」
「二度は言わないわ。わからないまま一生を過ごすことね」
「
久しぶりにツンツン度が高いシルク。こういうときは大体なにかしらある。
翔太はシルクの行動パターンによって大体の心情がわかるようになっていた。
(なにかあったっぽいけど、詳しいことまではわからない⋯⋯とりあえずスルーするのが一番だな)
翔太はふーっと長い深呼吸をして気持ちを切り替える。
魔法を使うときに雑念があると成功しにくいからだ。
そのまま魔法書に目を落とす。
「この完全治癒魔法は、今まで出てきた治癒系の魔法の中で一番治癒できるんだな。説明のとこに『細胞レベルで完全に治癒できる魔法』って書いてあるし」
「一番治癒力の高い魔法は完全治癒魔法ね。でも
シルクが主張していう「完璧」と「完全」の違い。
その違いがよくわからず、妙に引っかかったが、スルーするのが一番だと言い聞かせ、翔太は適当に受け流す。
「ま、とりあえずちゃんと読みますか」
――――――――――――――――――
『完全治癒魔法』細胞レベルで完全に治癒できる魔法。
・触れずに使った場合→半径十五メートル以内にいる怪我人を治すことができる。
・触れて使った場合→触れた人のみ治すことができる。
・杖を使わない魔法。
〈魔法の使い方〉対象の生物に魔力を放ち、治癒したい箇所に魔力を集中させる。
〈詳しい説明〉対象の生物が複数の場合は胸の前などで魔力を集め、一気に空間に放つと同時に詠唱をする。対象の生物が単体の場合は対象の生物に触れて、魔力を注ぎ込みながら詠唱をする。自分にかける場合は体内の魔力に語りかけるようにして詠唱をする。
〈対象にできるもの〉生きている
〈練習に最適なもの〉植物。
〈練習に最適な場所〉森。
〈使えるようになるまでの平均時間〉約二時間。
〈できるようになるコツ〉魔力を多く注げば早く治るわけではありません。適度な魔力を注ぎ、治れという意思をもって使いましょう。この魔法は生物ならば治癒できる魔法なので、自分を傷つけて治してもよいですが、森へ行って傷ついた木を治すのが最適でしょう。
――――――――――――――――――
「ほぉ、今までの治癒系とは随分規模が違うな。生物ならなんでも治癒できるところとか」
大きな病院でこの魔法を使えば、一気に怪我が治ったり病気が治ったりするのだろうか。
そんなことを考えた翔太だったが、できる範囲は半径十五メートルだ。たかがしれている。
それに実践すれば「病院で謎の現象! 一部の患者が全回復!?」などと連日報道されるだろう。
誰がやったのか分からない現象にあたふたする人々。神が救ってくださったという人たち。
そんな人間観察をするのも悪くないかなと思ったが、病院に報道陣が集まるなら迷惑になる。
翔太は、今度人助けをするなら目立たない程度のことをしようと誓ったばかりだ。自分から目立ちにいくのは自分の意志に反する。
「この魔法の練習には植物が最適ね。それなら『植物魔法』のときに買ったこのシルクなんとかっていう木で練習するかしら」
「シルクジャスミンな」
シルクはいつの間にかサイダー味のアイスを右手に持っていて、左手で「シルクジャスミン」の葉を触る。
シルクジャスミンは別名「
シルクジャスミンはこの時期に白い小さい花をつけ、じきに赤い実が実る。
二人は植物魔法で植物の成長を変化させ、赤い実を食べてみたのだが、レモンのような酸味があり酸っぱかった。ネットで調べてみるとジャムにすること美味しいそうだ。結局試していないが――。
「んじゃこの枝を切って練習するか」
「土が乾いてるからついでに水やりしてほしいかしら」
「はいはい」
翔太はジョウロに水を入れ、窓際に置かれているシルクジャスミンの土に水をやる。そのあと伸びすぎた枝を三本切り、ここを魔法で治癒することにした。
いよいよ練習に取り掛かる。使えるようになるまでの平均時間は約二時間と書いてあるので、一時間はかかると思ったほうがいいだろう。
シルクはアイスを食べながらスマホでなにか検索している。それを横目に見ながら翔太は魔法書通りに魔法を使う。
(適当に枝に触れて、あの折れた枝が治るようにイメージして)
「完全治癒魔法。――開始」
翔太は詠唱とともに魔力を注ぎ込む。
体内にある魔力が減っていく嫌な感覚がして、ふと採血を思い出した。
イメージがズレた結果、成功しない。失敗である。
「集中集中。治すことだけを考えろ」
目を閉じて視界の情報をシャットアウト。再び目を開けてシルクジャスミンの切った枝を見る。
(切る前のあのくらいの長さまで治して葉も治す! 植物の細胞に働きかけるようにして)
再びイメージを練り直す。
さっきは雑念が邪魔だったのと、イメージ不足が原因で失敗した。
今度は細胞まで意識して葉の感覚や枝の感覚まで思い出し、それを復元するイメージで詠唱をする。
「完全治癒魔法。――開始!」
詠唱とともに魔力を注いでいく。
すると一気に注ぐ魔力の量が多かったのか、切った枝が膨張して今にも破裂しそうになる。
「いや、え。待って待って、ええと、完全治癒魔法解除!」
慌てて解除の詠唱を唱え、注いでいた魔力も停止。
シルクジャスミンの枝はところどころ膨張して止まった。
翔太の慌てように、何事かとシルクがスマホから目を離した。
「あぁ、失敗したのね。こうなったら植物魔法を使って時間を巻き戻すか、枝をまた切るかのどっちかだけれど」
「なんだこんなことかみたいな呆れた目で見ないでくれ⋯⋯無駄に魔力消費しないためにも枝を切ることにするよ」
翔太は枝切りばさみを手に取り、枝を切りやすいように手で枝を支える。そしてはさみを開いて枝を切る――、
「待って」
すんでのところでシルクは翔太の腕を掴み、止める。
翔太は腕を掴まれたことやシルクの手が冷たいことに驚く。
「なになに怖いんだけど」
「別の方法があるじゃない。切らなくたってその膨張した枝を治せばいいのよ。完全治癒魔法で」
「あぁ! その方法があったか」
なるほどと納得。シルクに触られたことに反応してしまったのが恥ずかしい。
「よし、てことは成功させなきゃダメってことだな」
「今度また間違えたら植物魔法使うしかないわよ」
「それは破裂するってことですかね⋯⋯?」
「⋯⋯まぁ頑張ることね」
「突き放した! もう成功させるしかないじゃん!」
シルクになんとか頑張りなさいと言わんばかりの目で言われ、翔太は今度こそと意識を切り替える。
最初は切れた枝を治癒するだけだったのに、膨張した枝も治さなければならない。失敗したとはいえ余分な仕事を増やしてしまった。
(まずは膨張を治すためにどうするかだな。注いでしまった魔力を吸い込むイメージ⋯⋯いや、膨張した場所から細く枝を作っていくイメージかな。魔力の注ぎ方もさっきより緩やかに遅く。よし、オッケー)
イメージは固まった。あとは気持ちを落ち着かせて詠唱をするだけ。
「完全治癒魔法。――開始」
「――!?」
「あ――」
詠唱した
翔太はいつもより多い魔力を消費し、クラっと倒れそうになる。
シルクは咄嗟に翔太を支え、一つの魔法を発動させた。
「空間停止魔法開始」
上級魔法の「空間停止魔法」。この魔法は名の通り時空を止める魔法だ。
シルクはなぜこの魔法を使ったのか、翔太にもすぐわかることで――、
「やっちまった⋯⋯ど、どうしよう」
「落ち着きなさい。なにをしたかわかってるわね? 枝に触れていなかったから半径十五メートルの生物に魔法がかかったの」
半径十五メートル。
そう、半径十五メートル以内の生物「全て」に完全治癒魔法がかかったのだ。
治そうとしていたシルクジャスミンの木は治り、隣に住んでいる隣人の腰痛も治る。
翔太はシルクに支えられながら、
「俺にビンタしてくれ」
「なんでそうなるのよ」
負の連鎖を断ち切るためにビンタを要求したが、シルクはそれを受け入れない。
翔太は魔力の使いすぎで貧血のような状態になっている。
シルクは支えていた翔太をソファに座らせ、翔太はぐったりとソファにもたれかかった。
翔太は動けない。ならばシルクがなんとかするしかないだろう。
「さて、どうしたらいいかしら」
と、悩む素振りを見せながら、シルクは口元を緩ませた――。
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