自由人を操り、自由人に尽くす者は誰だ? 中編

「全然ふさわしい人間がいないじゃない。このオフィス街、ダメダメね」


 なんだかんだで探すこと約二時間。


 オフィス街のビルを全て周り、全て見定めたが魔法適性の高い人間は一人もいなかった。


 一時間も浮遊し続けたことがない翔太は途中で酔い、地面に横になって休憩。


 翔太はこれだけ探しても魔法適性の高い人間が見つからないことを知って、クイーンズの大変さと、自分がどれだけ貴重な逸材なのか身をもって体感した。


「シルクのいう通りこのオフィス街はダメダメだ。よし、移動するぞ!」


 そういってルイは別の場所に移動し始める。


 置いてかれないようにシルクは翔太を起こし、ルイを見失わないように高速で飛行。


「ぎぼぢわるい⋯⋯ジェットコースターにずっと拘束されっぱなしみたいな感覚⋯⋯遊園地で気持ち悪くなったトラウマが⋯⋯浮遊感⋯⋯うぷっ」


「ここで吐いてもいいけれど、魔法が解除されたときに見えなかった嘔吐物がいきなり見えるようになるから、できれば吐かないでほしいかしら」


「二回目だなそれ聞くの⋯⋯耐えろ俺ぇえ」


 休憩すれば少しはマシになると思っていた翔太だが、マシになることはなく。シルクの肩を借り、なんとか飛んでいる状況。


 それに比べ、ルイは元気いっぱいで二時間前と変わらない飛び方。

 抱えられた小豆は、また「ぶつかるー!」「落ちるー!」などと怖がっている。


「小豆は怖がるけど酔わないのか⋯⋯流石猫。三半規管がちゃんとしてるから⋯⋯うぷっ」


「吐きそうになるなら喋らないでほしいかしら⋯⋯」


 シルクは翔太の背中を撫でながら飛び、ルイの隣まで追いつく。


「翔太が吐きそうだからスピード落としなさい! あとどこ向かってるのか教えるかしら!」


 上下に大きく飛びながら猛スピードで飛んでいたルイはシルクの言葉を聞いて大人しくなる。

 シルクが若干心配していた小豆は、ルイの腕の中で「星が見えるー」と言っているので大丈夫そうだ。


「向かってる場所は高校だ! えーっとあれ! あの校舎!」


 ルイが片腕で小豆を抱え、もう片腕を校舎に向けて指を指す。


 シルクはルイが指すほうを見ると、校舎が小さく見えた。

 夏休みということもあって生徒全員は集まっていないがそれなりに人がいるはず。


 どうやら部活をしている高校生に狙いを定めたらしい。

 

「あの校舎ね、了解なのよ。それにしてもよく高校の場所なんて知ってるわね。この辺りに住んでいるの?」


 シルクにいわれたとおり黙っている翔太をよそに、シルクはルイに喋りかける。


「ルイが住んでるのはこの辺りじゃないぞ。まーちょっと訳あって知ってたってだけだよ」


「⋯⋯まさかストーカー?」


「ひ、人聞きの悪いこと言うなよ! ストーカーじゃないから!」


「じーっ⋯⋯」


「違うってば!」


 シルクは嫌悪感を丸出しにした表情でルイと距離をとる。


 というのも、ルイがストーカーという言葉に対して過剰に反応したことや、明らかに図星の表情をしていたからで――、


「変なことするのやめなさいよね。母様に怒られるわよ?」


「いや、怒られてないからセーフ!」


「セーフとか言ってる時点でストーカー認めてるようなもんじゃない、はぁ」


「あっ」


 見事に墓穴を掘ったところで高校の屋上に着地。

 いつもなら急降下して着地するところを、吐きそうな翔太をいたわってシゆっくり降りるシルク。


「ありがと。なんとなく介護されてる気分を味わったけど」


「介護とかごめんかしら。⋯⋯もし介護することになったら操り魔法でもかけて、自分で歩いてもらうわ」


「よかった、その歳になっても俺と暮らしてくれるんだな」


「け、契約があるから当たり前かしら、ふんっ」


「我も介護するのだ!」


 ツンデレが発動したシルク、可愛らしい。


 小豆も介護してくれるらしいが、「寿命を考えると小豆のほうが先に死んじゃうだろ」とはいえず。


「⋯⋯うぷっ、あ。回復系の魔法使えば治るんじゃ」


「吐き気なら癒し魔法で充分だと思うわ。早く治して契約者探しするわよ」


 なんでもっと早く気が付かなかったのかと思いながら、翔太は癒し魔法を発動。

 じんわりと吐き気が収まり頭がスッキリする。どうやら頭痛もあったようだ。


 翔太の体調も整ったところで、三人と一匹は校舎の中に侵入する。


「うっわ、暑っつ!」


「我が溶けるぅ⋯⋯」


 入った瞬間モワッとして、とてつもなく暑い。

 ずっと立っているだけで汗がダラダラ流れてきそうなサウナ状態だ。


「飛んでて涼しかったから気が付かなかったけど、暑いとか感じるんだなこの魔法」


「透明化魔法を使っていても暑いとか寒いとか、普通に感じるわね。例を出すなら、火の中に入っても燃えないけれど熱さは感じるってところかしら」


「地獄じゃねぇか⋯⋯」


 入った教室には誰もおらず、机の中は空っぽで、廊下の窓は全て閉まっている。


「これは暑すぎる。あっちのサッカー部からにしょうぜ」


 校舎は暑すぎるため外へ撤退。

 運動場でサッカーをしている生徒からにしようと、ルイは運動場に降りる。


 それに続いてシルクも運動場に降りようとしたが、翔太がシルクの腕を掴みそれを阻止した。


「どうしたの? 翔太も行きましょ」


 翔太はシルクの問いかけに対し、首を横に振って、シーっと人差し指を自分の口にあてる。


 ――翔太の表情がおかしい。


 なにか事件に巻き込まれているような、危機感を感じているような表情だった。


 シルクは翔太より鮮明に聞こえる高性能な耳に集中。

 音を選別し、翔太がなにを聞いているのか当てようとする。


(綺麗な楽器の音に、ボールが床に打ち付けられる音。吹奏楽部とバスケットボール部ね。ボールを蹴る音に、硬い地面を走る音。サッカー部と陸上部かしら。職員室で独り言を喋る教師の声――)


「っ、ルイ! こっちに戻ってきなさい! 翔太、行くわよ」


 翔太は気付き、シルクとルイは気付かなかったその


 そのは助けを求める気力を失い、とても危ない状況に晒されている。


 シルクはなんで気付かなかったのかと悔やみながら、翔太に掴まれている腕を引っ張り、その音が聞こえるほうへ向う。


 大きな声で呼ばれたルイは「なにかあったのか?」と言いながら高速で戻ってくる。


 シルクはその音がする場所に向かい、すぐ到着した。


 場所はサウナ状態になっている三階。男子トイレ。一番奥の個室だ。


 ――そこには頬に痣があり、痙攣しながら過呼吸になる少年がいた。


「だ、誰がこんなこと――」


「水源魔法開始! 冷凍魔法開始!」


 翔太は咄嗟に水を作り、その水を瞬時に凍らせる。

 白い煙を出して固まった氷は空気を冷やし、部屋の温度を下げていく。


 少年は換気扇も窓も開いていないトイレの個室に閉じ込められ、出られないように教室の机がドアの前に置いてある。


(どう見てもいじめだろ!)


 小さく割った氷を痣に当てて空中で固定。


 少年は肌に氷が当たっても目を開けなかった。


「どうしたんだ、って! 翔太なにしてんだ! 魔法がバレたら消されるぞ!」


「でもやらなきゃこの子が! 重度の熱中症で死ぬかもしれない!」


「ど、どうしたのだ!?」


 放心状態のシルクに、リスクをいとわず助けようとする翔太。


 ルイは冷静に通過魔法を解除し、出れない原因だった机を退かす。

 ドアを開け床に少年を寝かせてから睡眠魔法をかけた。


「睡眠魔法をかけたからしばらく寝たままのはずだが⋯⋯ちっ、なんでルイは回復魔法が使えないんだよ⋯⋯翔太は少年に治癒魔法を! シルクは小豆でも撫でてな!」


「了解だ」


「我を撫でるがよい!」


 翔太はルイにいわれた通り少年に触れ、治癒魔法を開始する。


 翔太から注がれた魔力によって痣が綺麗な皮膚へと変化し、痙攣していたのも治った。苦しそうな表情が和らいでいることを確認し、安堵する。


「命の危険は回避できる。けど、これじゃあ問題は解決しないぞ」


 少年の意識が戻ればトイレから出て寝ていることや、痣や熱中症の症状が治っていること。氷ができていてなぜか涼しいトイレに驚くだろう。


(このあとどうすればいい。なにをしたら⋯⋯!)


 翔太は額に大量の汗を浮かべ、その汗を床に垂らし、治癒魔法を解除させる。


「治癒魔法解除。シルク、ルイ、どうしたらいい!?」


 誰がどう見ても困っているだろうとわかる声と表情で、翔太は解決策を二人に委ねる。

 良くいえば「二人のほうがいい案を思い付くと思ったから」。悪くいえば「人任せ」。


 委ねられたルイは目を強く瞑り、頭を巡らせる。


(魔法の存在に気付かずにこの少年が助かる方法っつったって⋯⋯はっ!)


 パッと目を開き、閃いた表情でルイは翔太を見つめ。


「職員室にいる教師を操って、ルイがここまで連れてくるってのはどうだ! ルイたちが見つけた最初の状態に戻して、その教師がこの子を見つけたってことにすれば!」


「なるほど! あっ、でも治した痣はどうするんだ?」


「それは⋯⋯」


 痣に関しては殴った人や少年本人。それを見ていた人の記憶に残ってしまっている。


 教師を操り少年を発見させたところで、痣がないことや痛くないことに気が付けば怪しむだろう。


 それをカバーできる魔法は――、


「『洗脳魔法』が最善だと思うわ」


 シルクは小豆を床に下ろし、手早く小豆に指示をする。

 小豆はやっとシルクの役に立てると喜びながら駆けて行き、翔太とルイはやっとシルクが冷静になってくれたかと安堵する。


「洗脳魔法はまだ知らないし使えないな。特級魔法ってことか」


「洗脳魔法は相手を洗脳して操ったり、思い込ませたりする魔法だ。――で、具体的にどうすればいい?」


 シルクは二人から作戦の詳細を問われ、聞き取りやすい声を意識しながら早口で答える。


「ルイは教師に洗脳魔法をかけて操り、少年を発見させる。シルクは殴った犯人を探して、殴った記憶を殴っていないと洗脳させる。ついでに少年に二度とこんなことしないようにしておくわ。少年にも殴られてないと洗脳魔法を使うか、ルイが異例魔法で『記憶書き換え魔法』みたいな魔法をつくってかけてもいいわね」


 作戦を聞いた二人は内容を把握。


「とりあえずシルクは犯人探し頼んだ。翔太は少年を元の位置に戻してくれ。ルイは異例魔法をつくる」


「了解」「了解よ」


 翔太は心の中で通過魔法を解除。

 少年を引きずりながら元の位置に戻し、机も音を立てないようにしてドアの前に移動させる。


 シルクは移動された少年に触れ、「記憶覗き魔法」という特級魔法の魔法を使う。名の通り、記憶を覗くことができる魔法だ。


「記憶覗き魔法。――開始」


 少年には聞こえないその言葉を唱えた瞬間。シルクの脳に、膨大な少年の記憶が流れ込む。


 あたかも自分の記憶かのように、五感まで再現され、脳に流れてくる。


 その膨大な記憶の中から最も最近の記憶を引き出し、勝手ながら覗かせてもらう。


(これは⋯⋯っ! 記憶魔法、開始!)


 シルクの脳に映る少年の記憶を忘れないように、記憶魔法で記憶を記憶する。


 この記憶は少年をトイレに閉じ込めた犯人が映っている。


 三人の少年が自分を囲い、そのうち一人の少年が自分の頬を殴る。

 頬に当たる拳の重い衝撃。衝撃で舌を噛み、血の味がする。


(寄ってたかって一人をいじめるなんて。この頬の痛みを貴方たちにも味あわせてあげたいくらいだわ)


 勢いよく殴られ、ふらついて倒れる自分。


 それでもなんとか反抗しようと相手を見る。相手三人の服装は体操服とは違い、ユニフォームに見えた。


 服は青い生地に白のストライプが入っていて、やたら長い靴下に靴はスパイク。それ以上に目に焼き付いた自分を見下す獣の瞳――、


「――サッカー部にいるみたい。行ってくるわ」


 少年から手を離し、立ち上がったシルクは歯を噛み締め、拳を握り飛んでいく。


 翔太の瞳に映ったその姿は、睨まれたら死を悟るほど殺気立っていた。


「ルイー! 職員室はここだー!」


 微かな小豆の声が耳に聞こえ、ルイは大きな声で「今行く!」と返事をする。


「翔太は少年を見張っといてくれ! ルイは先生を洗脳してくる!」


「了解!」


 再び通過魔法をかけたルイは、床をすり抜け小豆の声がしたほうへ向かう。

 小豆はここだここだと騒ぎ続け、ピョンピョン飛び跳ねていた。


(通過魔法、開始)


 通過魔法でドアをすり抜け、少年が睡眠魔法から目を覚ましたときには、全て終わってほしいと願う。


「⋯⋯あー? あー換気換気。そーそう、俺ぁー換気するんだ。だから俺ぁークソ暑い三階まできたんだー」


 翔太が殺気立っていたシルクの元に行こうか迷っていると、男性の酔っ払ったような低い声と足音が耳に入る。


 どうやらシルクは小豆に対し、一階に行って職員室の場所を見つけ、大声でルイを呼ぶように指示をしていたようだ。


「あちーあちー。俺ぁーあちーぞー」


「翔太! 今からそっちに教師を向かわせる!」


 教師の酔っ払ったような声にルイの大声が被る。


「大丈夫だ! 俺は暴走するかもしれないシルクを見てきていいか!?」


「了解だ! 行ってこい!」


 翔太も教師の声に負けないように大声でルイに伝え、シルクが飛んで行った方向に向かっていった。


「ま、シルクが暴走なんてありえないけどな」


「そうなのか?」


 酔っぱらいのようになっている職員を操りながらルイは笑って言う。

 小豆はシルクが暴走したところを見たことがないが、情緒不安定になっているところは何回も見ている。


「ルイじゃあるまいし。シルクなら抑えられるはずだぜ。⋯⋯まぁ、前の契約者のときみたいなことじゃないし。このくらいなら、な」


 今は亡き優愛のことを思い出し、あれから成長しているはずだと、ルイは思っている。


 そして、自分がしてしまったシルクへのいじめを、深く反省していた――。

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