落とす人を間違えた

 翔太の両親が翔太の嘘に気付いて喋っているころ。

 翔太とシルクは家に帰るために駅へ歩いていた。


 日中に比べれば幾分いくぶん涼しくなっていて、風も心地よい。


 とはいえ真夏日だ。


 蝉の声がうるさく、蚊は暑すぎて案外いない。

 風鈴を鳴らしたり、打ち水をしたり。縁側えんがわでスイカを食べる、なんて風情ある家は今や絶滅危惧種だ。


 現代は家にこもって涼しい部屋でアイスを食べる。

 暑いなら冷房をつけて、熱中症にならないように水分を取る。


 どの建物に入ってもクーラーが効いていて寒いくらいだ。サッと羽織れる上着は必須だろう。


 この建物と外との温度差に体がやられる人が多い。

 それに加えて食中毒、注意されてもなってしまう熱中症。


 病院に行こうと思うがお盆休みで病院が閉まって行けない、なんてことが毎年起こっている。


「――病院って儲かってんのかな」


 翔太は色んなことを考えていたら、巡り巡って病院が儲かっているという思考に至る。


 連想ゲームのように最初と言葉と全く関連性のない言葉が出てくるのはよくあることだ。連想ゲームが得意な翔太は、よく突拍子もないことを言い出す。


「なにを言い出すのよ。今の生活に嫌気がさして医者にでもなりたくなったの?」


 演技をし続けお腹もいっぱい。疲れているのに外はこの暑さ。

 暑いのが苦手なシルクはイライラしているようで、いつも以上に声が鋭く冷たい。


 シルクの美しい銀髪は汗でベトベト――なんてことはにはならないのだが、そのくらい暑く感じている。


 水を弾き常に清潔な状態を保つようになっているシルクだが、暑く感じたり寒く感じたりするのは感情がある証拠だ。


「いや俺は医者にはなりたくない、血とか怖いし。そうじゃなくて、今って近眼が進んでメガネの人多くなったし、高齢者が多いだろ? しかも毎年来るインフルエンザ。花粉症も酷いよな、って考えたら医療関係は儲かってるのかなと」


 今の時代は低収入で若者がいない。若者の自殺数も問題になっていた少子高齢化社会だ。

 それを解決するためにあらゆる手段で子どもを増やそうとしているのが現在の日本。


 解決策には「個性を伸ばす教育と社会」や、「義務教育の見直し」。「成人年齢の引き上げ」などがある。


 解決策として実施されたものがどれも空回りで全く解決していないのは問題点だと思うが――。


 そんな中で医者になり、医療機関で働く若者がいる。


 人気の職業ランキング上位に入るようになった医者は、やはり潤っているのではないかというのが翔太の目論見だ。


「考え方が幼稚ね。確かに以前よりは潤ってるかもしれないけれど、医者も増えたことによって一人あたりの給料はさほど変わらないわ。変わっているのは勤務時間かしら。勤務時間に対する給料って考えれば潤ってる計算になるわね」


「淡々と喋るその姿と喋る内容。評論家っぽい⋯⋯!」


「ふん! 伊達に家でニュース番組見てないかしら。ずっと家にいる間見てればこのぐらい言えるようになるわ」


「遠回しに外出したいってのが伝わってくる⋯⋯意図して言ってるな?」


「翔太が感じたことが答えよ。わざわざ答え合わせまでしなくてもいいでしょう」


「その返事が答えだな。見事正解万々歳ってとこだ」


 シルクは「見事正解万々歳ってなんなのよ。地味に語呂がよくて腹が立つわね」と言って、早歩きで先を行く。


 最初はなんとかついていけたが、時間が経つにつれてどんどん差が開いていく。


 シルクのほうが脚が長く、翔太は短足なのでこの差は早歩きでは追いつかない。差が開くのは当然だろう。


「こっちは小豆もっててハンデあるんだから手加減しろよって、暑っついなぁもう!」


 暑そうな顔をしながら汗ひとつかかないシルクに対し、翔太は暑そうな顔をしてダラダラ汗をかく。


 似合わないスーツ姿の翔太が不格好に走って追いかけてくる姿がなんともおかしくて――。


「ふふっ、置いていったりしないわ。翔太がいなかったら小豆と帰れないもの」


「ぜぇ、ぜぇ。俺、より。小豆優先、かよ」


 シルクが翔太を待って止まってくれた。

 翔太はやっとシルクに追いつき、小豆が入っているキャリーバッグを置いて両膝に手を置く。


 翔太が下を向いて息を整えていると、シルクがしゃがんで翔太の顔を覗き込むような体勢をとる。


「――猫に負けるようじゃまだまだ、ね?」


 上目遣いで「ね?」と言ったときに首を傾げ、艶やかな目で誘うように言うシルク。


 追いつくために走ってうるさくなった心拍を整えたばかりなのに、シルクの仕草や言葉に反応するように心拍がまたうるさくなる。


 そして意味深なことを考えてしまった翔太は赤面し、日光の暑さとは違う暑さが翔太を襲った。


「――っ!? そ、それってどういう意味だ⋯⋯!?」


「そのままの意味よ。答え合わせしなくていいってさっき言ったじゃない」


 喋りながら立ち上がり、翔太に背を向ける。

 その行動に目が離せない翔太は自然とシルクのように立ち上がり、シルクの背を見る。


 さっきの言動や行動、声のトーンはまるで、「今のままじゃシルクは落とせないわよ」と、言っているようだった。


 背を向けたシルクは歩きだし、翔太は置いてかれないよう、キャリーバッグを持って追いかける。


 やっとの思いで追いつき、横顔を覗くと、


 ――シルクが頬を赤くし、照れているように見えた。


 ――――――――――――――――――


 予定よりも早く駅に着き、駅のホームで電車を待っている。


 ホームには家族連れやら友達やら、とにかく人が多く、様々な臭いと喋り声が行き交っている。


 なので電車を待っているだけで耳に入ってくる情報量が半端ではない。


 ヒールのコツコツという足音に、キャリーバッグやベビーカーのガタガタと鳴るタイヤの音。

 女同士の「久しぶりー!」という喋り声に、「えー、太ったんじゃない?」「うっさいわ!」と笑い合う声。

 何番線に電車が到着しますのアナウンスに、電車が通るから下ってと言う駅員さんの声。

 通過する電車の音や新幹線が通る騒音。


 どこかでお祭りでもあるのか、浴衣姿の人も多く、カップルも多い。

 現に二人の前もカップルが立っており、一番前で電車を待っていた。


 カップルの後ろに並んでいる翔太達にはカップルの会話が聞こえてきて――、


「屋台でなに食べよっか?」


 と、手を繋ぎながら長身の彼氏が聞く。


「唐揚げ焼き鳥ポテトフランクフルト、焼きそばたこ焼きみたらし団子りんご飴!」


 と、指で数えながら万遍の笑みで答える彼女。


 見た目では細く見えて少食に見えるのに、随分と食べるようだ。翔太は意外性と早口言葉のように言ったことに思わず笑いそうになる。


 呪文のように言った彼女に対し、彼氏は「めっちゃ食うじゃん、俺破産しちゃう!」と、笑っていた。


 声や見た目、会話からして高校生といったところだろう。

 初々しい雰囲気というよりは幼馴染みのような兄妹のような雰囲気で、ベタベタし過ぎず鼻につかないカップルだ。


 尊い会話を聞いていた翔太は、「俺もそんな青春したかったよ!」と、素直に羨ましがる。


 隣にいるシルクも、さっきから聞き耳を立ててカップルの会話を微笑ましそうに聞いているようだ。駅に着くまで自分が言ったことを思い出しては赤面していたシルクは何処へ行ったのだろうか。


 キャリーバッグの小豆はお腹いっぱいで眠っている。きっと電車に乗ってからも寝たままだろう。


 電車が来るまで翔太とシルクは前のカップルの会話を聞き、暑いのか寒いのかわからない外のホームで待つこと五分。


『まもなく○番線を列車が通過します。危ないですから黄色い線までお下がりください』


「そこの浴衣着てる人と、黒いジャケットを着ている人。黄色い線を踏まないでください」


 アナウンスと同時に口うるさく笛を鳴らしながら注意をする駅員。


 注意を受けた黒いジャケットを着ている人は分かるが、浴衣を着ている人とは誰のことだろうか。

 前のカップルも浴衣を着ているし、左に居る大学生位の女も着ている。辺りを見回せば浴衣の人だらけだ。


「それで今日の朝からずっと漫画読んでて、気が付いたらお昼過ぎてて! もうびっくりだよー!」


「だから電話に出なかったのか。てっきり忘れてるのかと思って焦った」


 浴衣を着ている人なんて沢山いる。

 そう思っているのか会話に夢中で周りが見えていないのか。


(黄色い線踏んでる人。⋯⋯あ、この二人が踏んでたのか。というか踏んでるどころか越えてるし)


 駅員に注意されていた浴衣の人物は前の二人だった。

 だが二人は、注意されたことに気付かない。


 近くで言われないとわからないのかと、遠くの駅員が近付いてくる。


 それを確認した翔太は、自分が注意したほうが早いと思い、男の子に声をかける。


「あの、黄色い線――」


 翔太に喋りかけられた彼は驚き、無意識に前へ進んでしまった。


「うわっ――っ!?」


 そして前に進むと同時に翔太のほうを振り向く。


 慣れない浴衣、慣れない下駄を履いている彼は、カコッと音を鳴らして更に向こうへ――、


「あっ、待って!」


 ずっと手を繋いでいた二人の手が離れる。


 ――ドサッ。


 彼女の悲鳴と共に、彼一人が、電車が来る前の線路に落ちた――。

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